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番外編 シャワーの後で
3 神崎優の場合
しおりを挟む週1回のジム通い。曲がりなりにも一企業の長たるもの、健康であってしかるべく。とまあ、そんな堅苦しい祈念があるわけではない。体を動かすのは嫌いじゃないし、なにより一人で出来るのがジムの最大の利点だ。
私の行きつけ『フィットボディ』はセレブ御用達の、場所、設備、空間共に美しく贅沢なジムだ。トレーナーたちも勉強家だしみないい体をしてる。通うことが苦にならないのが続いてるワケだろう。ま、最近ちょっとマンネリ化してるけれど。
金曜日、私はいつもと同じ時間、地下の駐車場に車を入庫。ジムに続くエレベーターホールの玄関口に向かった。
――――おや? 見かけない子だな。
私の斜め向こうで水色のハイブリッド車を降りた彼。バックを右肩に掛け、ホールに向かってる。恰好や肌艶から私より幾分若そうか。天パーで少しタレ目っぽい顔がちらりと見えた。私は何かを予感して彼を追った。
まだジムに通って日にちが浅いのだろう。ほっそりとした体形、でもキュっと締まったお尻がキュートだ。
――――どうにかして声をかけたいな。顔をしっかり見たい。
しかし、いきなり同じエレベーターに乗り込むのもな。危険人物みたいだし。
思案しながら私は、カードを翳してエレベーターホールへと入った。彼も同様に翳したカードをお尻のポケットにねじ込もうとしている。
――――お、そうだ。
私は気配を消して彼の背後に忍び寄り、ポケットから覗いているカードを素早く抜き取った。考え事でもしてるのか、彼は全く気が付かない。
そんなことだと、すぐに魂抜かれちゃうよ? 私の頬は心を表すよう緩んでしまった。
「えっと、鮎川……さん?」
三歩ほど下がってから、私は声をかけた。カードには『MASAGO AYUKAWA』と書いてあった。
――――名前まで可愛いな。
「えっ!」
いきなり名前を呼ばれたんだ。そりゃ驚くよな。彼は声とともに慌てて振り向いた。ぱっちり二重の双眸を大きくして私を見ている。筋の通った鼻に可愛らしい唇。
――――これは、予想してた以上に可愛いっ!
私はときめく胸を押さえ、平静を装う。
「カード、落とされましたよ」
嘘だけど。
「はっ! あ、ありがとうございます」
そんなこと疑うなんて全くない鮎川さんは、頭をペコリと下げてカードを受け取った。
――――うんうん。このちょっとタレ目な感じがいいよね。いやあ、ジムでこんな可愛い子に出会うなんて、マジ僥倖だよっ!
今日初めて来たのかと思ったが、そうではなかった。半月前から火曜日に来ていて、金曜日に来たのは初めてだと。週二のジム通いにするのだそうだ。
では、これから毎週、鮎川さんに会えるというわけだ。これはもう、楽しみでしかない! マンネリなんか飛んでったよ。
私は自らの名前も伝え、握手を求める。おずおずと出してきた彼の手は、柔らかい、力仕事をしない手だ。ますます好み。
将棋指しのような手だと、ちょっと印象的なワードを使うと、彼はきょとんとした表情で私を見た。ううむ、この手を繋いまま、どこかに連れ込みたくなるような子だな。
――――でも、火曜日か……。
その1点、私は少し気になった。近いうちに、火曜日の彼の様子も見に行こうかな。多分、もっと私を燃え上がらせてくれるネタがあるような気がする。
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