シャワールームは甘い罠（R１８）番外編追加しました！

番外編 シャワーの後で

１ 小泉京香の場合

　月会費3,000円、２４時間オープンだが完全無人。初心者向けのマシンのみでもちろんシャワー室などない。これが今、私が毎夜通っている今話題のコンビニジムだ。
　３０分ほど汗を流すと即効家に戻り自宅シャワーを浴びる。そしてそのあとのビールが上手いっ！

　自分が担当しているラノベ作家である鮎川零が通っている超高級ジムとは雲泥の差だが、私にはこれがちょうどいい。人それぞれ求めるものは違う。

　そもそも、鮎川にジム行きを勧めたのはこの私だ。それも高級ジムに限る。おのずとそこにはセレブが集まるからだ（自分の通うジムだってちゃんとした大人が通ってる、と思う）。鮎川にはそういった条件が必須だった。

　５年前にわが社の新人賞を受賞した才能溢れる青年だった鮎川は、その後順調に伸びるかと思いきや、思わぬ壁があった。それは……ヤバイ性癖のために私生活が乱れ、執筆活動にも支障が出ていたからだ。
　彼がゲイであることは、早い段階で知った。私は観察力が高いのだ。それに鮎川は誰よりもわかりやすい。

　ゲイなのは別にいい。だが、巻き毛にちょっとタレ目なところが可愛い鮎川はやたらモテる。ファン読者には男も女もいるが、見た目から入った人も多いだろう。
　そしてヤバイのはあまりに惚れっぽいことだ。モテるうえに惚れっぽく、そして騙されやすかった。彼が４作目を執筆していた時は、なんと三股をかけていた（同じように相手にもかけられていた。要するに遊ばれていたのだ）。

『いいんです。僕はもう……誰も僕なんて本気に思ってくれてないんです』
『なに言ってんですか。そんなプライドのない作家にいいモノは書けませんよ！　本気でない恋なら即効打ち切りしてください！』

　私の剣幕に鮎川は相当ビビったようだったが、私は怯まなかった。この人はもっといい作品を書ける作家だ。ここで才能を曇らせちゃ駄目だ。これは私の使命だと信じた。

　結局、鮎川は私の言うことを素直に聞き、全ての関係を断ち切った。身ぎれいになったからか、ごみ箱のようだった部屋も綺麗に片付き、パソコンに向かう姿勢も良くなった。

　けれど……。

　――――結局は恋をしていないと駄目なんだな、こいつは。

　どこか覇気のない背中を見るにつけ、私はなにか妙案はないかと考えた。


『いやあ、今通ってるジムさ。すげえカッコいい人がいっぱいいるんだよ。男でも惚れ惚れするようなさあ』

　付き合いで仕方なく参加した職場の飲み会。上機嫌の編集長がガハハと笑いながら言う。

『いいですねえ。編集長。ガチムチの男性なら私も行きたいですー』

　同僚の女性編集者が相槌を打つ。まあこれもサラリーマンの仕事だ。

　――――しかし、ガチムチのイケメンか。

　私はどこか閃くことがあった。

『編集長の通ってるとこって、セレブ御用達のジムですよね。有名人とか社会的成功者が中心の。編集者にはちょっと荷が重い』
『な、なに言ってんだ。まあ、そうだよ。俺はさる偉い人の紹介で入れたんだ。あそこ、紹介でしか入会できないから』

　――――それだっ！

　酔っぱらってたのもあったけれど、私はこれしかないと思った。今、鮎川が手掛けているファンタジー小説には、肉体派の主人公が出てくる。これもあの男の好きなタイプなのだ。

　――――これはきっといい影響が出る。もし色恋沙汰になっても、由緒正しいセレブ相手なら滅多なことはないだろう。



『先生、いいじゃないですか。アライジャが凄くカッコいいです！』

　その結果はすぐに現れた。本当に分かりやすいわ、こいつ。ジムに通うようになってから書いたであろう文章は勢いもありキャラが生き生きと輝いていた。
　これで新作は上手くいくはずだ。もしかしたら、本当に連載化できるかもっ！　私の胸は躍った。

　ただ、最初の目論見は意外にもそうでもなかったのだと、後日思い知ることにはなったのだけれど。