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第67話 不審者?
しおりを挟む書店にはサイン会のための場所が作られていた。テーブルの上には僕の新刊、『砂漠の月 ~旅立ち編』がカッコよく山積みにされている。
アライジャとナギの大型パネルや何枚ものポスターがそこかしこに貼られ、この間訪れた時とは全くの別世界だ。
「すごい……」
「でしょう? 昨夜、遅くまで頑張ったんですから。あのパネルの前で写真も撮れるんです」
「あ、ありがとうございます。本当に」
僕は小泉さんと店長はじめ、店員の皆様に深々と頭を下げた。
店前が騒がしくなったため、開店時間を少し早めてくれた。僕はバックヤードで淹れてもらった珈琲を飲みながら、まだドキドキが止まらないでいる。緊張してるんだ。整理券を受け取ったお客様は店内で僕を待ってるとか、信じられない。
「先生、お時間です。一言挨拶、お願いしますね」
「は、はいっ!」
挨拶は簡単でいいと言われたし、小泉さんにも見てもらってる。けど、これもまた僕が眠れなかった原因だ。人前で話すなんて、とっても無理だよ。
バックヤードから出ると、そこには予想以上に多くの人が待っていた。僕の姿が見えるとすぐ、拍手が起こる。いや、なにこれ。まるでライブハウスのバンドメンみたい。
サイン会のためのスペースに行き、マイクを渡される。顔を上げると一斉に僕を見るたくさんの目がっ。
覚えていた挨拶も一瞬で飛んでしまった。
「先生っ」
小泉さんが僕を肘で突く。すでに僕の紹介はしてもらってる。なにか言わなきゃ。
「あ、あの……。今日は寒いところ、鮎川零のサイン会に来てくださりありがとうございました」
なんとか思い出した台詞を口にする。書店は暖房が効いて温かいからか、みんなの頬が朱に染まっている。
「『砂漠の月』は、僕にとって初めての大長編小説になる予定です。それは、皆さまからの支持にかかってるというか。いや、全て僕の熱量如何ですね。
ただ、僕はこの物語の登場人物が大好きで……まだまだ彼らのことで描きたいこと、たくさんあります。どうか彼らの物語をともに楽しんでいただければと切に願っています。頑張ります」
ぺこりと頭を下げる。支離滅裂な挨拶になった気がする。けど、再び、温かい拍手が沸き起こった。
先着100名の整理券は既に配り終わったとのこと。今この場に全員がいたわけじゃないかもだけど、心のこもった拍手だと感じた
次から次へと開かれる新刊の裏表紙に、僕は自分のサインを走り書く。あんまり上手じゃないけど、練習して早く書けるようにはなった。
読者様には目を見て笑顔でお礼を言う。それは小泉さんに言われた最低限の礼儀だ。ほとんどが女性。若い方から年配の方までいらっしゃる。
――――あれ、珍しい。男性がいる。
ようやく列が短くなってきた11時過ぎ。列の後ろにガタイのいい男性が並んだ。
――――ニット帽にマスクと眼鏡。やっぱり身バレするのが恥ずかしいのかな。
男性読者そのものは珍しくはない。だが、サインまでもらいに並ぶというのは圧倒的に女性が多い。今日もそれは当てはまっていた。
ともすれば不審者にも見える彼の存在。なんだか気になってしまった。
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