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第38話 単なる興味
しおりを挟むカウンターに並んで座ると、威勢のいい大将が『今日はいい平目が入ってますよ』と神崎さんに声をかけた。どうやら常連らしい。
半分外国の血が流れていても(いやだからか)お寿司が好きなんだな。僕? 僕は大好物だよ。こんな回らない寿司屋には、新人賞のお祝いに姉に連れて来てもらって以来だけど。
「好きなもの頼んで。今日は強引に誘ったから私が奢ります」
「大丈夫です。割り勘で」
「いいんだ。ここ、経費で落ちるから。遠慮することない」
そうまで言われると、まあいっかなんて思ってしまった。だからってこれで気も身も許したりはしない。
結局僕は、神崎さんの誘いに乗ってしまった。だってこの人、僕よりもずっと九条さんの事詳しそうなんだもの。どうしてなのか、知りたかった。
「彼からは連絡来てるんだよね?」
さすが回ってない高級寿司店。白身や赤身、何もかも感動するほど美味しかった。店は住宅街の中にポツンとあって穴場な感じ。こういう店を知ってるのが通なんだろうな。と勝手に思う。
「それは、もちろん」
でも、世間話して舌つづみ打ってるだけでは終わらない。お腹が落ち着いた頃、神崎さんから本命の質問が降って来た。
「楽しいこともしてそうだ」
ギクッ! 一瞬、赤貝を飲み込みそうに。ここで慌ててはいけない。僕は深呼吸しながら落ち着いて咀嚼した。
「楽しいですよ。今は顔見ながら話せますから」
こうなったら、惚気てやる。奢るの止めたって言っても無視してやるからな。
「そうだねえ。ふふっ。鮎川さんとなら、ビデオ通話も楽しそうだ」
『特に恥ずかしいのは』
周りに聞こえないよう、耳もとで囁く。僕は暑くもないのに変な汗を掻く羽目になった。
「じゃあ、彼、向こうでは元気にしてるんだ」
「元気ですよ。もちろん」
「それで……」
お茶を美味しそうにごくりと飲み、ゆっくりと卓の上に置いた。何言われるんだろう。チキンな僕はびくついてしまう。惚気るんじゃなかったのか。
「何が鮎川さんの可愛い顔を、悩ましくさせてるのかな?」
なにって……。思い当たるのは一つしかない。あの画像だ。画像に映ってた美しい青年。九条さんの一番そばにいて……。
「あ、心当たりありそうだね」
「な、ないですよっ」
ポーカーフェイスは苦手だ。僕は自分の脳裏に浮かんだ画像を消す勢いで片手を顔の前で振る。そんな怪しい仕草を見逃す神崎さんではないと知りながら。
「単なる興味で聞いてるだけです。そんな大したことじゃないよ。モヤモヤしてるなら言っちゃえば意外に楽になるよ」
大好きなイクラを味わいながら、奢ってもらってるし教えてやろうかな、なんて感情が頭をもたげてくる。神崎さんの言う通り、こんなの大したことないんだ。
何故僕の頑なだったはずの心があっさり懐柔されたのか。本当は、誰かに言ってもらいたかったんだ。
『なんでこんなの心配してるんだ』って。
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