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第14話 神崎さん
しおりを挟む僕のコアなファンは中高生から二十代前半、しかも女性が多い。大人の男性に声をかけられて、僕はしばし固まった。
「カード、落とされましたよ」
「は、あ、ありがとうございます」
なんと……さっき翳したカード。お尻のポケットに入れたつもりだったのに落ちたらしい。このジムの会員だけに配布される駐車カード。これがないと入ることも出ることも出来ない。
――――自分のコアなファンとか……自意識過剰が過ぎて恥ずかしい。
「いつもこの時間ですか? 初めてお見掛けする気がしますが」
結局同じエレベーターに乗って受付フロントまでご一緒する羽目に。人当たりのいい感じで好印象な人だけど、僕は自分の勘違いが後ろめたくて……。
「はい。いつも火曜日に来てるんですけど、これからは週二にしようかと思いまして」
「いいですね。私は金曜日と……たまに月曜日の夜に来たりしてます。あ、私だけお名前を知ってるのはフェアじゃないですね。神崎です。お互い頑張りましょうね」
キラキラ光る瞳を細めて、彼は手を差し伸べた。握手しようというのだ。
「はい、よろしくお願いします」
また僕は、スタッフでもない人に『よろしく』などと。何をお願いするつもりなのか。
神崎さんか。日本語も普通だし名前からして日本人なのかな。
――――あれ、けど『神崎』さん? どこかで聞いたような。気のせいかな。
七分袖のパーカーから覗く腕は張ってて堅そう。節がくっきりした男らしい手と握手した。
「柔らかくて綺麗な手ですね。将棋指しのような……重いものは持たないお仕事のようだ」
「えっ……」
将棋指し? そりゃ、彼らは手も商売道具だろうけど。にしても重たいもの持たないとは、図星過ぎる。
「あ、失礼しました。じゃあ、また」
チャッと額あたりに二本指を翳して、神崎さんはフロアの奥へと入っていった。金曜日に着た途端、色々あり過ぎてめまいがしそうだ。一体彼は何者なんだろう……。
「鮎川さん、鮎川さんっ」
いつものマシンの前でストレッチをしてると舞原さんが小走りで近づいてきた。なんだか挙動が不審。
「なに、慌ててどうしたのさ」
「どうもこうも、またまたいつの間に神崎さんとお近づきになったんですか?」
口調がやや詰問調。舞原さんは僕がお客様だと思ってないのかな。
「なに? なんか穏やかじゃないな」
「あ、いえすいません。つい。でも、鮎川さん、うちの双璧である九条さんと神崎さん、あっという間に仲良くなってるから……そもそも、金曜日にも来られると聞いて嫌な予感はしてたんですけど」
「はい? 話が見えないんだけど……神崎さんはさっき僕が落としたカードを拾ってくれただけだよ」
ああ。でもそれで思い出した。神崎さん。舞原さんからその名前、聞いたことがあった。このジムで九条さんと同じくらい目立つ人だと。
「あー、そうなんだ。鮎川さん、そのカード、実はわざと落としたりしてません?」
「馬鹿言うなよっ! んなことしてないわっ」
なんちゅう失礼なことを言いだすのか。今の僕にはそんなこと必要ない。周りに人がいるというのに、僕はついつい大声で叫んでしまった。
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