上 下
15 / 93

第14話 神崎さん

しおりを挟む

 僕のコアなファンは中高生から二十代前半、しかも女性が多い。大人の男性に声をかけられて、僕はしばし固まった。

「カード、落とされましたよ」
「は、あ、ありがとうございます」

 なんと……さっき翳したカード。お尻のポケットに入れたつもりだったのに落ちたらしい。このジムの会員だけに配布される駐車カード。これがないと入ることも出ることも出来ない。

 ――――自分のコアなファンとか……自意識過剰が過ぎて恥ずかしい。


「いつもこの時間ですか? 初めてお見掛けする気がしますが」

 結局同じエレベーターに乗って受付フロントまでご一緒する羽目に。人当たりのいい感じで好印象な人だけど、僕は自分の勘違いが後ろめたくて……。

「はい。いつも火曜日に来てるんですけど、これからは週二にしようかと思いまして」
「いいですね。私は金曜日と……たまに月曜日の夜に来たりしてます。あ、私だけお名前を知ってるのはフェアじゃないですね。神崎です。お互い頑張りましょうね」

 キラキラ光る瞳を細めて、彼は手を差し伸べた。握手しようというのだ。

「はい、よろしくお願いします」

 また僕は、スタッフでもない人に『よろしく』などと。何をお願いするつもりなのか。
 神崎さんか。日本語も普通だし名前からして日本人なのかな。

 ――――あれ、けど『神崎』さん? どこかで聞いたような。気のせいかな。

 七分袖のパーカーから覗く腕は張ってて堅そう。節がくっきりした男らしい手と握手した。

「柔らかくて綺麗な手ですね。将棋指しのような……重いものは持たないお仕事のようだ」
「えっ……」

 将棋指し? そりゃ、彼らは手も商売道具だろうけど。にしても重たいもの持たないとは、図星過ぎる。

「あ、失礼しました。じゃあ、また」

 チャッと額あたりに二本指を翳して、神崎さんはフロアの奥へと入っていった。金曜日に着た途端、色々あり過ぎてめまいがしそうだ。一体彼は何者なんだろう……。




「鮎川さん、鮎川さんっ」

 いつものマシンの前でストレッチをしてると舞原さんが小走りで近づいてきた。なんだか挙動が不審。

「なに、慌ててどうしたのさ」
「どうもこうも、またまたいつの間に神崎さんとお近づきになったんですか?」

 口調がやや詰問調。舞原さんは僕がお客様だと思ってないのかな。

「なに? なんか穏やかじゃないな」
「あ、いえすいません。つい。でも、鮎川さん、うちの双璧である九条さんと神崎さん、あっという間に仲良くなってるから……そもそも、金曜日にも来られると聞いて嫌な予感はしてたんですけど」
「はい? 話が見えないんだけど……神崎さんはさっき僕が落としたカードを拾ってくれただけだよ」

 ああ。でもそれで思い出した。神崎さん。舞原さんからその名前、聞いたことがあった。このジムで九条さんと同じくらい目立つ人だと。

「あー、そうなんだ。鮎川さん、そのカード、実はわざと落としたりしてません?」
「馬鹿言うなよっ! んなことしてないわっ」

 なんちゅう失礼なことを言いだすのか。今の僕にはそんなこと必要ない。周りに人がいるというのに、僕はついつい大声で叫んでしまった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

モニターに応募したら、系外惑星に来てしまった。~どうせ地球には帰れないし、ロボ娘と猫耳魔法少女を連れて、惑星侵略を企む帝国軍と戦います。

津嶋朋靖(つしまともやす)
SF
近未来、物体の原子レベルまでの三次元構造を読みとるスキャナーが開発された。 とある企業で、そのスキャナーを使って人間の三次元データを集めるプロジェクトがスタートする。 主人公、北村海斗は、高額の報酬につられてデータを取るモニターに応募した。 スキャナーの中に入れられた海斗は、いつの間にか眠ってしまう。 そして、目が覚めた時、彼は見知らぬ世界にいたのだ。 いったい、寝ている間に何が起きたのか? 彼の前に現れたメイド姿のアンドロイドから、驚愕の事実を聞かされる。 ここは、二百年後の太陽系外の地球類似惑星。 そして、海斗は海斗であって海斗ではない。 二百年前にスキャナーで読み取られたデータを元に、三次元プリンターで作られたコピー人間だったのだ。 この惑星で生きていかざるを得なくなった海斗は、次第にこの惑星での争いに巻き込まれていく。 (この作品は小説家になろうとマグネットにも投稿してます)

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました

葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー 最悪な展開からの運命的な出会い 年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。 そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。 人生最悪の展開、と思ったけれど。 思いがけずに運命的な出会いをしました。

処理中です...