シャワールームは甘い罠(R18)番外編追加しました!

紫紺

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第4話 1週間

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「残念だけど今日は急ぐからな」

 一瞬の出来事だった。壁に埋め込まれたみたいな僕は、九条さんが体を翻してシャワー室から出て行くのを見送る。それからずるずると崩れ落ちた。

 ――――さっきのなに? もしかして、キスされた?

 軽く触れるだけのフレンチキス。九条さんは僕より10センチくらい高い。顎に右手が触れたと同時に風が吹いたみたいにキスしてくれた。
 僕は自分の唇に指を這わす。トレーニング後で汗だくのはずなのに、全然汗臭く感じなかった。というか、いい匂いしてたよ。

 ――――はっ。僕は大丈夫だったかな。汗くさくなかったかな。

 僕は慌てて自分の腕やなんかをクンクンした。間違いなく汗くさい。

 ――――で、でも。僕のことタイプだって言ってくれたし。それに来週はなんかあるのかも? 

 僕はのそのそと立ち上がり、トレーニングウェアを脱ぐ。シャワーの栓をひねると霧のような細かい温水が体を叩く。なんと気持ちがいいことかっ。

 ――――はああ、気持ちいい。編集長には感謝しかないな。

 初日から期待以上の成果があって僕はルンルンだ。それに、これには僕も驚いたんだけど、執筆にもいい影響がありそうだ。
 だって今僕は、猛烈に書きたいって思ってるんだ。あのアライジャをもっとカッコよく書ける気がする。さっさと汗を流して自分の仕事場に戻りたい。早くPCの前に座りたいなんて、デビューしてからなかったことだ。

 ――――九条さんの姿が僕の脳内をいっぱいにしてる。溢れそうなこの想いを文章にしたいっ!

 僕は髪を乾かすのももどかしく(天パーの自分の髪が絡んで乾かすのが大変なんだよ)、何かに追われるように駐車場に向かった。



 1週間は長いようで短い。いや、短いようで長い。早く火曜日来ないかなと指折り数えて待っていた。なかなかならなくて、やっと土曜日、日曜日、なんて。まるで夏休みを待つ小学生みたいだ。

『鮎川先生、凄く良くなったじゃないですか。アライジャの魅力が以前より数倍上がってますよっ!』

 月曜日、興奮気味の小泉さんから電話があった。あれからガンガン書き連ねた新作。まだ序盤だけど、小泉さんに見てもらったんだ。

「そうですか? いやあ、良かった。自分でも驚くくらい筆が進んで」
『へえ。まさかのジム効果ですか?』
「え? ああ、そうですね。体動かすと脳も動くみたいで」

 九条さんとの出会いは、さすがに言えない。

『ふううん。好みの方に会えたとか?』
「な、なに言ってんですか。いや、でもガチムチの方が多いので、参考にはなります」

 やばい。さすが小泉さん、急所を突かれて僕はしどろもどろに。

『そうですか。まあ、作品に好影響があるなら何よりですから。じゃあ、続きもお待ちしてますね』
「はい。お任せください」

 苦手な小泉さんとの電話を終え、僕は安堵のため息とともにソファーにどかりと座った。
 いよいよ明日が火曜日だ。もうワクワクが止まらない。多分、遠足の前だってこんなに心躍らなかったと思う。
 ジム通いのためにトレーニングウェアを準備したのだけど、この1週間のうちに新たにまた購入してしまった。しかも少しお高めの。

 ――――いや、これも投資だ。九条さんと仲良くなったら、きっともっと作品は良くなる。

 なんて明らかに取ってつけた言い訳をした。


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