上 下
5 / 93

第4話 1週間

しおりを挟む

「残念だけど今日は急ぐからな」

 一瞬の出来事だった。壁に埋め込まれたみたいな僕は、九条さんが体を翻してシャワー室から出て行くのを見送る。それからずるずると崩れ落ちた。

 ――――さっきのなに? もしかして、キスされた?

 軽く触れるだけのフレンチキス。九条さんは僕より10センチくらい高い。顎に右手が触れたと同時に風が吹いたみたいにキスしてくれた。
 僕は自分の唇に指を這わす。トレーニング後で汗だくのはずなのに、全然汗臭く感じなかった。というか、いい匂いしてたよ。

 ――――はっ。僕は大丈夫だったかな。汗くさくなかったかな。

 僕は慌てて自分の腕やなんかをクンクンした。間違いなく汗くさい。

 ――――で、でも。僕のことタイプだって言ってくれたし。それに来週はなんかあるのかも? 

 僕はのそのそと立ち上がり、トレーニングウェアを脱ぐ。シャワーの栓をひねると霧のような細かい温水が体を叩く。なんと気持ちがいいことかっ。

 ――――はああ、気持ちいい。編集長には感謝しかないな。

 初日から期待以上の成果があって僕はルンルンだ。それに、これには僕も驚いたんだけど、執筆にもいい影響がありそうだ。
 だって今僕は、猛烈に書きたいって思ってるんだ。あのアライジャをもっとカッコよく書ける気がする。さっさと汗を流して自分の仕事場に戻りたい。早くPCの前に座りたいなんて、デビューしてからなかったことだ。

 ――――九条さんの姿が僕の脳内をいっぱいにしてる。溢れそうなこの想いを文章にしたいっ!

 僕は髪を乾かすのももどかしく(天パーの自分の髪が絡んで乾かすのが大変なんだよ)、何かに追われるように駐車場に向かった。



 1週間は長いようで短い。いや、短いようで長い。早く火曜日来ないかなと指折り数えて待っていた。なかなかならなくて、やっと土曜日、日曜日、なんて。まるで夏休みを待つ小学生みたいだ。

『鮎川先生、凄く良くなったじゃないですか。アライジャの魅力が以前より数倍上がってますよっ!』

 月曜日、興奮気味の小泉さんから電話があった。あれからガンガン書き連ねた新作。まだ序盤だけど、小泉さんに見てもらったんだ。

「そうですか? いやあ、良かった。自分でも驚くくらい筆が進んで」
『へえ。まさかのジム効果ですか?』
「え? ああ、そうですね。体動かすと脳も動くみたいで」

 九条さんとの出会いは、さすがに言えない。

『ふううん。好みの方に会えたとか?』
「な、なに言ってんですか。いや、でもガチムチの方が多いので、参考にはなります」

 やばい。さすが小泉さん、急所を突かれて僕はしどろもどろに。

『そうですか。まあ、作品に好影響があるなら何よりですから。じゃあ、続きもお待ちしてますね』
「はい。お任せください」

 苦手な小泉さんとの電話を終え、僕は安堵のため息とともにソファーにどかりと座った。
 いよいよ明日が火曜日だ。もうワクワクが止まらない。多分、遠足の前だってこんなに心躍らなかったと思う。
 ジム通いのためにトレーニングウェアを準備したのだけど、この1週間のうちに新たにまた購入してしまった。しかも少しお高めの。

 ――――いや、これも投資だ。九条さんと仲良くなったら、きっともっと作品は良くなる。

 なんて明らかに取ってつけた言い訳をした。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

モニターに応募したら、系外惑星に来てしまった。~どうせ地球には帰れないし、ロボ娘と猫耳魔法少女を連れて、惑星侵略を企む帝国軍と戦います。

津嶋朋靖(つしまともやす)
SF
近未来、物体の原子レベルまでの三次元構造を読みとるスキャナーが開発された。 とある企業で、そのスキャナーを使って人間の三次元データを集めるプロジェクトがスタートする。 主人公、北村海斗は、高額の報酬につられてデータを取るモニターに応募した。 スキャナーの中に入れられた海斗は、いつの間にか眠ってしまう。 そして、目が覚めた時、彼は見知らぬ世界にいたのだ。 いったい、寝ている間に何が起きたのか? 彼の前に現れたメイド姿のアンドロイドから、驚愕の事実を聞かされる。 ここは、二百年後の太陽系外の地球類似惑星。 そして、海斗は海斗であって海斗ではない。 二百年前にスキャナーで読み取られたデータを元に、三次元プリンターで作られたコピー人間だったのだ。 この惑星で生きていかざるを得なくなった海斗は、次第にこの惑星での争いに巻き込まれていく。 (この作品は小説家になろうとマグネットにも投稿してます)

恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧
BL
「綺麗な息子が欲しい」という実母の無茶な要求で、ランバートは女人禁制、男性結婚可の騎士団に入団する。 そこで出会った騎兵府団長ファウストと、部下より少し深く、けれども恋人ではない微妙な距離感での心地よい関係を築いていく。 友人とも違う、部下としては近い、けれど恋人ほど踏み込めない。そんなもどかしい二人が、沢山の事件を通してゆっくりと信頼と気持ちを育て、やがて恋人になるまでの物語。 メインCP以外にも、個性的で楽しい仲間や上司達の複数CPの物語もあります。活き活きと生きるキャラ達も一緒に楽しんで頂けると嬉しいです。 ー!注意!ー *複数のCPがおります。メインCPだけを追いたい方には不向きな作品かと思います。

【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜

有島
BL
◆社会人+ドシリアス+ヒューマンドラマなアラサー社会人同士のリアル現代ドラマ風BL(MensLove)  甘いハーフのような顔で社内1のナンバーワン営業の美形、佐藤甘冶(さとうかんじ/31)と、純国産和風塩顔の開発部に所属する汐見潮(しおみうしお/33)は同じ会社の異なる部署に在籍している。  ある時をきっかけに【佐藤=砂糖】と【汐見=塩】のコンビ名を頂き、仲の良い同僚として、親友として交流しているが、社内一の独身美形モテ男・佐藤は汐見に長く片想いをしていた。  しかし、その汐見が一昨年、結婚してしまう。  佐藤は断ち切れない想いを胸に秘めたまま、ただの同僚として汐見と一緒にいられる道を選んだが、その矢先、汐見の妻に絡んだとある事件が起きて…… ※諸々は『表紙+注意書き』をご覧ください<(_ _)>

処理中です...