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終章 一
しおりを挟む晩秋の頃。山にはもう冬の便りが届いているだろうか。この日も風見壮真は離れの縁側で寝ころび、母屋の中庭を借景しての一人酒。真っ赤に燃える椛は既に葉を少しずつ落とし、木の下や鯉の泳ぐ池を赤く染めていた。
「あ、動かないで」
「いてっ」
酒は一人で飲んでるが、縁側には二人でいる。翔一郎の膝枕で、耳掃除をしてもらっているのだ。
「綺麗になったよ」
「んん、ありがとう。すっきりした……」
「それはなにより」
「おまえも飲めよ、ほら」
酒を注いだ盃を無造作に渡す。翔一郎は笑みを浮かべて受け取ると、くいっと飲み干した。
「ああ、昼間酒も悪くないね」
「だろ?」
あれから、善太郎は市邨屋に戻り、秋晴れの日、御城将棋の場に登場した。二人の熱戦は陽が落ちたところで千日手となり指し直しとなる。将軍家勝は、お互い一歩も引かない、その激しくも奥深い知の勝負に感動し、二人ともに褒美を与えた。
指し直し局は正月二日、将軍家ゆかりの寺、東照寺に奉納されることとなった。その際、宗亰が幼い善太郎の体を考慮して、勝負は日没で差し掛けにすると提案し了承される。その対局を待たず、善太郎は宗亰に弟子入り、市邨屋を去った。
「善太郎は、大橋家本家を継ぐのかなあ」
思い出したように、翔一郎が誰にでもなく呟く。善太郎が市邨屋を出たのはつい三日前のことだ。
「そうだな……。指し直し局で勝てば、有無もないだろう」
「壮真、あの根付のこと、善太郎に聞かれてたね」
膝の上にいる壮真の顎あたりをさすりながら、翔一郎が言う。あの根付。帯の上で揺れた将棋の駒だ。市邨屋の蔵の中、涙が落ち着いた善太郎が壮真に尋ねていた。
翔一郎のやつ、聞いていたのか。柔らかいはずの膝枕が少し硬くなったように感じた。
「ああ……この根付の伝説を聞いたことがあるって言われたよ」
歩駒の根付を指で回しながら手を読む少年。繰り出される一手は常に斬新で鬼手であった。家哉の治世、将棋流行の黎明期に江戸の街を騒がせた逸話だ。
だが、その少年は重い病を患い、戦いの場から忽然と消えてしまう。彼が残した才能溢れる棋譜は伝説となった。
「そうなんだ」
――――将棋家の宗亰にも言われた。それを持っていた少年も、鬼のように将棋が強かったと。あいつは、まだ名人を継ぐ前の宗亰と、将棋を指したことがあったんだな……。
壮真は行方不明だった善太郎が戻ったことを、自ら宗亰へ伝えにいった。宗亰は善太郎が無事であったことを殊の外喜んだ。
『善太郎殿は将棋の神に愛された棋士。なにかあっては取り返しがつかないと心配しておりました』
その言葉に嘘はないと壮真は見た。
『宗亰殿。その大切な棋士との一局なんだが……。将棋指しは短命、また幼くして天の才に恵まれたものが夭折してしまうのをなんと思われるか?』
宗亰は渋い表情を見せた。だが、彼自身その逃れようもない運命を憂いている。
『将棋の道も剣の道同様、険しく厳しいもの。命を賭すことは至極当然と思われてきましたが。確かに、長く広く伝えていくために、なにか良案を探る時が来ているのかもしれません。私も子を持つ親ですから……』
そのとき宗亰は、ふと壮真の帯から覗く駒の根付に気が付いた。
『ああ……そうでしたか。この根付を持っていた少年は、鬼のように強かった』
壮真がなぜこんなことを言いだしたのか、宗亰は理解した。明言は避けたが、胸に秘めた策があるようなそぶりだった。
――――日の入りを以って差し掛けにする。そんな当たり前のことが、ようやく可能になった。ま、一歩、一歩だな。
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