上 下
92 / 98

第91話 理想の人

しおりを挟む


 冬真が明朝師範の仕事があるというので、僕はそれに便乗して一緒に帰ることにした。
 体調を気にした母さんが止めたが、僕の決意は固かった(大袈裟)。だって、元気だし、とにかく冬真と二人きりになりたい。

 キャリーバックをころころ引いて、新幹線に乗り込んだのは4時前。これならラッシュ時よりも早く東京に着けそうだ。

 荷物棚にキャリーバックを置き、膝の上には風呂敷包みが入ったトートバックを乗せた。これはやっぱり、今はそばにおいておきたい。
 僕のアパートに保管するのはどうかとも思ったけど、もう盗みに入る人はいないだろうから。

「帰るとき、麻衣さんとなに話してたんだ?」

 スーツの上着を窓際のラックにかけ、ワイシャツを腕まくりをする。腕時計の下に、あの痣がちらりと見えた。

「え? ああー。まあ、元気でねって」

 と、曖昧な受け答え。実は、あいつ、帰り際の僕を掴まえてこう言ったんだ。

『お兄ちゃん、水無瀬さんとどういう関係?』
『は? 何言ってんだ。先輩後輩だよ』
『うそー。私の目を誤魔化せると思わないでよ。付き合ってんでしょっ』
『あ、あほか。おまえの脳みそなんか涌いてんじゃないかっ』

 僕はわかりやすくキョドりながら、否定した。疑いの目で見てたけど、知らん顔を貫く。いずれ話すときはくると思うけど、今じゃない。そう思ったんだよ。

「そうか。ならいいが」

 ちらりと盗み見るように冬真を窺うと、したり顔して僕を見てた。まあ、こっちにもバレてんのかな。
 でも、誤解しないで。僕は、この関係を恥じてないし、ちゃんと家族にはわかってもらうよう努力する。

 そんなことより……。

「冬真、冬真は僕と最初に会った時、『ようやく会えた』って言ってたよね」

 聞きたいことが山ほどあるんだ。

「あ、ああ。言ったな」
「なんか『理想の人』とか言ってたけど、あれ、ホント? 本当は、どこかで僕のこと、知ってたんじゃないの?」

 憶測でしかないけれど、冬真も僕をどこかで知ったはずだ。僕と同じように夢で見たのかはわからないけれど。
 僕と同じ顔をした、瀬那を知っていた。持田さんに言った『運命の人』。それが、瀬那だったんじゃないか。

「そうだね……話しておかないといけないな」

 冬真は僕の膝の上にあるトートバックを軽く触れると、そこに置いていた僕の右手を甲の上から握った。
 冬真の手のぬくもりが波のように僕の全身に伝わってくる。小さな衝撃が訪れ、僕は少し震えた。

「私が見たのは、最期の瞬間だ。その時も今のように、ケイの手を握っていた」

 車内アナウンスがなにかの情報を伝えている。車内販売は……次は新横浜……到着予定時間は……断片的に僕の耳に届いている。
 けど、僕の視界にあったのは、真摯な表情で僕を見つめる、冬真の切れ長の双眸だけだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

護国の鳥

凪子
ファンタジー
異世界×士官学校×サスペンス!! サイクロイド士官学校はエスペラント帝国北西にある、国内最高峰の名門校である。 周囲を海に囲われた孤島を学び舎とするのは、十五歳の選りすぐりの少年達だった。 首席の問題児と呼ばれる美貌の少年ルート、天真爛漫で無邪気な子供フィン、軽薄で余裕綽々のレッド、大貴族の令息ユリシス。 同じ班に編成された彼らは、教官のルベリエや医務官のラグランジュ達と共に、士官候補生としての苛酷な訓練生活を送っていた。 外の世界から厳重に隔離され、治外法権下に置かれているサイクロイドでは、生徒の死すら明るみに出ることはない。 ある日同級生の突然死を目の当たりにし、ユリシスは不審を抱く。 校内に潜む闇と秘められた事実に近づいた四人は、否応なしに事件に巻き込まれていく……!

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

今日も武器屋は閑古鳥

桜羽根ねね
BL
凡庸な町人、アルジュは武器屋の店主である。 代わり映えのない毎日を送っていた、そんなある日、艶やかな紅い髪に金色の瞳を持つ貴族が現れて──。 謎の美形貴族×平凡町人がメインで、脇カプも多数あります。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。 よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。 世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

処理中です...