87 / 98
第86話 琵琶の音色
しおりを挟む香坂家を訪問した夜、僕らは東京の冬真の部屋に戻っていた。
今年の夏は本当によく新幹線に乗る。しかもあと一往復、確実に利用する。けど、色々なことが明らかになって、充実感はあった。
「瀬那が名前で呼ばれなかった理由ははっきりしたな」
「え? なんで?」
いつものようにソファーで並んで座り、食後の珈琲を頂いていた。となりでソファーの背に右腕を乗せた冬真が、前を見据えたまま口にした。
「名前だよ。香坂籐寿郎。ほら、秀好の一つ前の名前が藤十郎だろ?」
「あ、木内藤十郎か」
彼を猿と呼んでいたのは信永だけだ。他のものは、木内殿とか藤十郎殿とか呼んでたはずだ。とすれば、名前が似てて区別がつきにくかったとか。
「ま、想像に過ぎないけど、推理としては成り立つだろう?」
「確かに。さすが、冬真」
これで、様々なことの理由付けができてきた。でも、最大の謎はまだ……。
「どうして僕は、あんな夢を見るようになったんだろう。夢なのか、それとも過去、現実に起こったことなのか。そうなら不思議過ぎるよ」
けど、実際調べれば調べるほど、僕が見た夢に近いことは起こっていたんだ。香坂家から小姓として信永に仕えていた『籐寿郎』(瀬那)の存在。茶碗を世話になった人(真豪さん)にもらったこと。そして本納寺の変に巻き込まれたこと。
「さあ……どうしてかな。やはり、茶碗が……『琵琶』が導いたんじゃないか? 琵琶が音を奏でるように、ケイに語り掛けた」
本気で言ってるのか? 僕は冬真の表情を読み取ろうと上目遣いで見る。そこには、切れ長の双眸をまっすぐに、僕を捉えている彼がいた。
「冬真……あの……」
めっちゃドギマギした。
「どうした?」
冬真の大きな手が僕の頬に伸びてきて、ゆっくりと包み込む。ソファーの背にあった片方の腕も僕の肩に触れる。
「もう、謎は解けたんじゃないか……な」
今回のことが片付くまで最後の線は超えない。冬真が言っていた謎のルール。そろそろ解禁なんじゃあ。
僕は真摯な冬真の顔を見て、確認したくなったんだ。まるでプロポーズの前みたいな気配がしたから……。
「え?」
唇から漏れた声、それからフフッと鼻で笑われた。
「な、なんで笑うのっ」
「いや、失敬。私の心の中を覗かれたのかと思って」
そ、そうなの? じゃあ、やっぱり……。
「でも、もう少し待ってくれ」
冬真はその言葉とともに、僕に口づけた。甘くて優しいキス。けど、僕の頭の中は『待ってくれ』がリフレインしてる。
なんでって問いたかったけど、何度も繰り返されるキスに僕はただ翻弄されて……。ここまで来たら、もう少し待ってもいいや。って思ってしまった。
3
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。

思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

紅(くれない)の深染(こそ)めの心、色深く
やしろ
BL
「ならば、私を野に放ってください。国の情勢上無理だというのであれば、どこかの山奥に蟄居でもいい」
広大な秋津豊島を征服した瑞穂の国では、最後の戦の論功行賞の打ち合わせが行われていた。
その席で何と、「氷の美貌」と謳われる美しい顔で、しれっと国王の次男・紅緒(べにお)がそんな事を言い出した。
打ち合わせは阿鼻叫喚。そんななか、紅緒の副官を長年務めてきた出穂(いずほ)は、もう少し複雑な彼の本音を知っていた。
十三年前、敵襲で窮地に落ちった基地で死地に向かう紅緒を追いかけた出穂。
足を引き摺って敵中を行く紅緒を放っておけなくて、出穂は彼と共に敵に向かう。
「物好きだな、なんで付いてきたの?」
「なんでって言われても……解んねぇっす」
判んねぇけど、アンタを独りにしたくなかったっす。
告げた出穂に、紅緒は唐紅の瞳を見開き、それからくすくすと笑った。
交わした会話は
「私が死んでも代りはいるのに、変わったやつだなぁ」
「代りとかそんなんしらねっすけど、アンタが死ぬのは何か嫌っす。俺も死にたかねぇっすけど」
「そうか。君、名前は?」
「出穂っす」
「いづほ、か。うん、覚えた」
ただそれだけ。
なのに窮地を二人で脱した後、出穂は何故か紅緒の副官に任じられて……。
感情を表に出すのが不得意で、その天才的な頭脳とは裏腹にどこか危うい紅緒。その柔らかな人柄に惹かれ、出穂は彼に従う。
出穂の生活、人生、幸せは全て紅緒との日々の中にあった。
半年、二年後、更にそこからの歳月、緩やかに心を通わせていった二人の十三年は、いったい何処に行きつくのか──


王様のナミダ
白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。
端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。
驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。
※会長受けです。
駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる