時をかける恋~抱かれたい僕と気付いて欲しい先輩の話~

紫紺

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第86話 琵琶の音色

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 香坂家を訪問した夜、僕らは東京の冬真の部屋に戻っていた。
 今年の夏は本当によく新幹線に乗る。しかもあと一往復、確実に利用する。けど、色々なことが明らかになって、充実感はあった。

「瀬那が名前で呼ばれなかった理由ははっきりしたな」
「え? なんで?」

 いつものようにソファーで並んで座り、食後の珈琲を頂いていた。となりでソファーの背に右腕を乗せた冬真が、前を見据えたまま口にした。

「名前だよ。香坂籐寿郎。ほら、秀好の一つ前の名前が藤十郎だろ?」
「あ、木内藤十郎か」

 彼を猿と呼んでいたのは信永だけだ。他のものは、木内殿とか藤十郎殿とか呼んでたはずだ。とすれば、名前が似てて区別がつきにくかったとか。

「ま、想像に過ぎないけど、推理としては成り立つだろう?」
「確かに。さすが、冬真」

 これで、様々なことの理由付けができてきた。でも、最大の謎はまだ……。

「どうして僕は、あんな夢を見るようになったんだろう。夢なのか、それとも過去、現実に起こったことなのか。そうなら不思議過ぎるよ」

 けど、実際調べれば調べるほど、僕が見た夢に近いことは起こっていたんだ。香坂家から小姓として信永に仕えていた『籐寿郎』(瀬那)の存在。茶碗を世話になった人(真豪さん)にもらったこと。そして本納寺の変に巻き込まれたこと。

「さあ……どうしてかな。やはり、茶碗が……『琵琶』が導いたんじゃないか? 琵琶が音を奏でるように、ケイに語り掛けた」

 本気で言ってるのか? 僕は冬真の表情を読み取ろうと上目遣いで見る。そこには、切れ長の双眸をまっすぐに、僕を捉えている彼がいた。

「冬真……あの……」

 めっちゃドギマギした。

「どうした?」

 冬真の大きな手が僕の頬に伸びてきて、ゆっくりと包み込む。ソファーの背にあった片方の腕も僕の肩に触れる。

「もう、謎は解けたんじゃないか……な」

 今回のことが片付くまで最後の線は超えない。冬真が言っていた謎のルール。そろそろ解禁なんじゃあ。
 僕は真摯な冬真の顔を見て、確認したくなったんだ。まるでプロポーズの前みたいな気配がしたから……。

「え?」

 唇から漏れた声、それからフフッと鼻で笑われた。

「な、なんで笑うのっ」
「いや、失敬。私の心の中を覗かれたのかと思って」

 そ、そうなの? じゃあ、やっぱり……。

「でも、もう少し待ってくれ」

 冬真はその言葉とともに、僕に口づけた。甘くて優しいキス。けど、僕の頭の中は『待ってくれ』がリフレインしてる。
 なんでって問いたかったけど、何度も繰り返されるキスに僕はただ翻弄されて……。ここまで来たら、もう少し待ってもいいや。って思ってしまった。



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