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第66話 男の嫉妬

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 動くたびに汗が首から胸へと伝い、腕からも細かい汗が飛び散っている。
 朝とはいえ、雨が近いのか蒸し暑さから空気まで重い。それを厭いもせず、懸命に剣を奮っていた。

「瀬那殿。一本、御手合せ願えませんか」

 背後に人の気配があるのを気づいてはいた。それが誰のものかも、当然。ここには限られた者しか出入りできない。

「それは構いませんが……。蘭丸殿が刀を手にするのは珍しいですね」

 振り向いた先には予想通り、眉目秀麗の若者が姿勢よく立っていた。
 瀬那と同様、薄手の長着、袴姿だ。瀬那は既に片肌を脱ぎ、細いながらも均整のとれた筋肉を見せていたが。

「槍はそれなりに自信はございますが、刀はまだまだ。狭い城内では、やはり刀が勝りますゆえ」
「使い方にもよりますがそれは一理ありますね。私でよければ」
「あなたでなければ務まりません。小姓のなかで随一の使い手の」

  ――――蘭丸殿。宴の夜以来、私を避けていたように思えたが。これは心してかからねば。

 二人は礼をして、刀を合わせる。カツンと乾いた音を聞くや否や、鋭い剣先が瀬那を襲ってきた。まさに鬼気迫る。
 重く早い刀捌きを瀬那はいなすように躱し、撥ね退ける。徐々に後ろに下がっていくのを円を描くようにして防いだ。剣先はいつしか彼が得意とする槍のように、びゅんびゅんと音を立てて突き出される。

「瀬那殿! 貴殿は真豪殿をどう思われておるのでっ?」
「なにっ!」

 ふいに繰り出された礼を欠く問いかけ。

 ――――なんのつもりだっ!

 瀬那は突き出される刀を払い、その瞬間わずかにできた隙を狙って懐に入る。蘭丸の刀に自らの刀で身動きできないよう押さえつけた。

「むう……」

 強力なものなら、撥ね退け、一刀に付されるかもしれない。だが、こう見えて力では瀬那の方が上だ。

「余計なお喋りは不要でしたかな」

 蘭丸の力が抜けたのを知ると同時に、瀬那は体を翻し面と向く。最初から刀での勝負はついてる。蘭丸の狙いは、瀬那の動揺を誘うことだった。

「失礼しました。しかしながら、いつも茶の湯やら剣の修行やら仲睦まじくされてましたので」
「いずれも互いの不得手に教えを請うているだけ。蘭丸殿の邪推されるようなことはございません」
「邪推……ですか。まあ、別に良いではないですか。殿に忠誠を誓っていても、それはまた別の話」

 大奥じゃないので、別の誰かと寝ようと(もちろん相手が男でも女でも)公に罰せられることはない。だが、信永の機嫌を損ねたらそれで終わりでもある。

「香坂家はもとより、真豪殿に迷惑がかかります。そのような戯言を吹聴されるのであれば、私も黙ってはおりませんが」

 険しい表情を向けると、蘭丸は柳が風を受けるように右手を振る。

「そのようなつもりはございません。いえ、言葉が過ぎましたね。稽古をつけていただきありがとうございました」

 蘭丸はわざとらしく深々と頭を下げると、踵を返し去っていった。
 今までも男の嫉妬を何度も目にしてきた瀬那だが、これほどに真っ向から向けられたのは初めてだ。蘭丸の姿が消えてから、深く大きなため息を吐いた。
 

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