67 / 98
第66話 男の嫉妬
しおりを挟む動くたびに汗が首から胸へと伝い、腕からも細かい汗が飛び散っている。
朝とはいえ、雨が近いのか蒸し暑さから空気まで重い。それを厭いもせず、懸命に剣を奮っていた。
「瀬那殿。一本、御手合せ願えませんか」
背後に人の気配があるのを気づいてはいた。それが誰のものかも、当然。ここには限られた者しか出入りできない。
「それは構いませんが……。蘭丸殿が刀を手にするのは珍しいですね」
振り向いた先には予想通り、眉目秀麗の若者が姿勢よく立っていた。
瀬那と同様、薄手の長着、袴姿だ。瀬那は既に片肌を脱ぎ、細いながらも均整のとれた筋肉を見せていたが。
「槍はそれなりに自信はございますが、刀はまだまだ。狭い城内では、やはり刀が勝りますゆえ」
「使い方にもよりますがそれは一理ありますね。私でよければ」
「あなたでなければ務まりません。小姓のなかで随一の使い手の」
――――蘭丸殿。宴の夜以来、私を避けていたように思えたが。これは心してかからねば。
二人は礼をして、刀を合わせる。カツンと乾いた音を聞くや否や、鋭い剣先が瀬那を襲ってきた。まさに鬼気迫る。
重く早い刀捌きを瀬那はいなすように躱し、撥ね退ける。徐々に後ろに下がっていくのを円を描くようにして防いだ。剣先はいつしか彼が得意とする槍のように、びゅんびゅんと音を立てて突き出される。
「瀬那殿! 貴殿は真豪殿をどう思われておるのでっ?」
「なにっ!」
ふいに繰り出された礼を欠く問いかけ。
――――なんのつもりだっ!
瀬那は突き出される刀を払い、その瞬間わずかにできた隙を狙って懐に入る。蘭丸の刀に自らの刀で身動きできないよう押さえつけた。
「むう……」
強力なものなら、撥ね退け、一刀に付されるかもしれない。だが、こう見えて力では瀬那の方が上だ。
「余計なお喋りは不要でしたかな」
蘭丸の力が抜けたのを知ると同時に、瀬那は体を翻し面と向く。最初から刀での勝負はついてる。蘭丸の狙いは、瀬那の動揺を誘うことだった。
「失礼しました。しかしながら、いつも茶の湯やら剣の修行やら仲睦まじくされてましたので」
「いずれも互いの不得手に教えを請うているだけ。蘭丸殿の邪推されるようなことはございません」
「邪推……ですか。まあ、別に良いではないですか。殿に忠誠を誓っていても、それはまた別の話」
大奥じゃないので、別の誰かと寝ようと(もちろん相手が男でも女でも)公に罰せられることはない。だが、信永の機嫌を損ねたらそれで終わりでもある。
「香坂家はもとより、真豪殿に迷惑がかかります。そのような戯言を吹聴されるのであれば、私も黙ってはおりませんが」
険しい表情を向けると、蘭丸は柳が風を受けるように右手を振る。
「そのようなつもりはございません。いえ、言葉が過ぎましたね。稽古をつけていただきありがとうございました」
蘭丸はわざとらしく深々と頭を下げると、踵を返し去っていった。
今までも男の嫉妬を何度も目にしてきた瀬那だが、これほどに真っ向から向けられたのは初めてだ。蘭丸の姿が消えてから、深く大きなため息を吐いた。
2
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
護国の鳥
凪子
ファンタジー
異世界×士官学校×サスペンス!!
サイクロイド士官学校はエスペラント帝国北西にある、国内最高峰の名門校である。
周囲を海に囲われた孤島を学び舎とするのは、十五歳の選りすぐりの少年達だった。
首席の問題児と呼ばれる美貌の少年ルート、天真爛漫で無邪気な子供フィン、軽薄で余裕綽々のレッド、大貴族の令息ユリシス。
同じ班に編成された彼らは、教官のルベリエや医務官のラグランジュ達と共に、士官候補生としての苛酷な訓練生活を送っていた。
外の世界から厳重に隔離され、治外法権下に置かれているサイクロイドでは、生徒の死すら明るみに出ることはない。
ある日同級生の突然死を目の当たりにし、ユリシスは不審を抱く。
校内に潜む闇と秘められた事実に近づいた四人は、否応なしに事件に巻き込まれていく……!
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
孤独な王子は道化師と眠る
河合青
BL
平民として生まれ育ったユリウスは、ある日死んだと聞かされていた父親が実はこの国の国王であったことを知らされ、王城で暮らすこととなる。
慣れない王子としての暮らしの中、隣国との戦でユリウスは隣国の王に関われていた少年ウルを救出する。
人懐っこく明るいウルに心を開いていくユリウス。しかし、男娼として扱われていたウルはユリウスへ抱いて欲しいと迫り、ユリウスはそれを頑なに断っていた。
肌を重ねることなく、何度も夜を過ごす2人の関係は少しずつ変化していく。
道化師×王子の身分差BL
【攻め】ウル 16歳
明るく人懐っこい道化師の少年。芸人としても多才だが、今まで男娼として扱われることのほうが多かった。
自分を助けてくれたユリウスに感謝しており、恩返ししたいと思っている。
【受け】ユリウス 19歳
平民として生まれ育った王子。未だに王子としての実感は薄い。
おおらかでさっぱりとした性格。ウルのことを守ってやりたいと思っている。
11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─
不来方しい
BL
空高くそびえ立つ塀の中は、完全に隔離された世界が広がっていた。
白蛇を信仰する白神学園では、11月11日に11人の贄を決める神贄祭が行われる。絶対に選ばれたくないと祈っていた咲紅だが、贄生に選ばれてしまった。
贄生は毎月、白蛇へ祈りを捧げる儀式が行われるという。
真の儀式の内容とは、御霊降ろしの儀式といい、贄生を守る警備課警備隊──審判者と擬似恋愛をし、艶美な姿を晒し、精を吐き出すこと──。
贄生には惨たらしい運命が待ち構えていた。
咲紅と紫影の関係──。
運命に抗い、共に生きる道を探す──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる