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第53話 (幕間)美代子
しおりを挟む人の顔が写るほど磨き込まれた長い廊下。左手には手入れの行き届いた中庭が見える。そこを、乳白色に色鮮やかな毬や御車が差し込まれた着物を着た女性がすたすたと歩いている。
少し小走りになるのは急いでいるからだろうか。中庭には紅白の梅が咲き、良い香りが部屋まで届いていた。
「お父様、入ります」
形だけ膝をつくようにして、言い終わると同時に女性は襖をさっと開いた。
「まだ返事もしないうちになんだ」
そこには、濃い色の和服を着た壮年の男性が呆気にとられたような表情で娘を見ている。
「いつもながら、騒がしいな美代子。これで笠松家の嫁に行けるのか……」
「お生憎様。将也様は、元気がよくていいと仰ってくれてます。そんなことより、お父様。お約束のもの、受け取りに参りましたのよ、私は」
美代子と呼ばれた娘、目鼻立ちのくっきりとした美人だ。色白でお嬢さんとして暮らしてきたに違いない。
「わかっておる。ほら、ここに準備してるだろう」
父親は立派な座卓の上に、よいしょと風呂敷に包まれた四角いものを置く。そして恭しく風呂敷を解いた。中から古い四角い木箱が現れる。
「うわあ。ようやく私のものになるんですね。お母さまからこの逸話をお聞きしたときから、絶対お嫁に持っていこうと思っていたんです」
美代子はそっと、木箱に手を伸ばし、ゆっくりとした動作で中身を取り出す。布も剥がし、姿を見せたのは茶席用の茶碗だ。お世辞にも形が良いとはいえない。
「長女が嫁に行くときに渡すという約束だ。これが気に入ったのなら何よりだよ。飾るにもいまいちだし、使うにも重い」
「お父様にはこの器の良さがわからないんですよ。こうして私のところまで渡ったのだから、女たちにはちゃんとわかってたんです。この器の価値が」
「そうか、そうか……まあ、おまえが言うならそうなんだろう。式ももう近い。元気でいなさい」
式の日取りを思ったのか、父親は少し寂しそうに言った。
「お父様……ありがとうございます」
美代子もはっとして顔を上げる。座卓の上に置かれた手に、美代子は自分の白く美しい手を重ねた。
その日、僕はいつもより早く起きた。冬真とともに、じいちゃんの屋敷や蔵を探索してから、まだ3週間しか経っていない。
今日は、じいちゃんの初盆。いよいよゲームに決着をつける日だ。これまでの3週間は、僕の人生で最も濃く、目まぐるしく衝撃的なことが次々と起きる日々だった。
3週間前、東京への帰路につく僕と冬真は、新幹線のデッキにいた。
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