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第52話 貴重品
しおりを挟む新幹線の車内はほとんど無音。たまにすれ違う反対列車の風圧に驚くくらいで、揺れも少なく快適な列車だ。
その無音が今、僕と冬真の中で居心地の悪いものになっている。乗客の誰かが自動ドアを開けて入ってきた。その人が通り過ぎ、自分の席に座った気配がしてから冬真が口を開いた。
「ケイがもらったのか? 夢の中で」
「あ、いや、ちょっと違うな。夢の中で、僕は僕じゃないんだ。僕の知らない人になってる」
「へえ。それは興味深いな」
冬真はぐいっと身を乗り出してきた。言葉通り、興味津々といった感じで僕の表情を見る。
「馬鹿にしてる? それとも、頭おかしくなったのか確認か」
僕はむっとして応じた。
「いや、文字通り興味を持ってる。夢で他人になるというのは、実は珍しいことなんだ。例えば自分の理想とする姿や人物になってたとしても……そうだな、ヒーローや映画の主人公、俳優やロックスター等など……全部自分なんだ」
「そう言われれば……そうなんだけど。でも、彼は僕が思ってもいないことを口にするし、出てくる人も僕を違う名で呼ぶんだ。まるで、時代劇を見てるみたいなんだよ」
誰かに聞かれたくない。だから、僕たちの距離はどんどん近くなって、今はもう顔はくっつきそうだ。
「なんて呼ばれてるんだ?」
「せな……どういうわけか、僕の脳内では瀬那になってる」
そのくっつきそうな顔を、冬真は少し離した。あれ、やっぱり頭おかしいと思ってる? 僕はちらりと冬真の顔を見る。彼は真剣な表情で僕を見ていた。
「おかしいよな……わかってる。僕だって……。でも、僕はあの織田信永の小姓で、この茶碗をくれたのは、真豪っていう……」
「待て……落ち着けケイ」
少し声が大きくなっただろうか。冬真が僕の唇を大きな手で軽く塞ぐ。その手に目をやると痣が見えた。
――――そうだ。火傷してたな。真豪さん。
「順序だてて話してもらわないと、どうもわからない。どうやらスケールの大きそうな夢だな」
冬真は口角を上げて僕を見る。やっぱり、冗談としか思ってないんだ。
「そりゃ、信じられないよね」
「いや、言い方が悪かったかな。別にケイが嘘をついてるとか思ってないよ。でも、ここではちょっと……デッキに行こう。次は新横まで止まらないし、化粧室のないデッキなら話ができる」
冬真が僕の腕を取る。『嘘を吐いてるとは思わない』その一言にすがるように、僕は立ち上がる。
「貴重品は持って行こう」
冬真は足元に置いた『茶碗』の入った大きな紙袋を持つ。その動作に、緊張してた僕の頬がようやく緩んだ。
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