29 / 98
第28話 火傷
しおりを挟むどこからか春を告げる鶯の声がする。春? 今はもう初夏なのに、山でもないのに鶯が鳴くことがあるのだろうか。田舎の山では、夏だって連中は春を告げてたけど。
「ここは、こうだろうか……瀬那殿?」
ハッとする。目の前には湯気を立てる茶釜があり、茶道具の一式が形式美よろしく並べられている。すぐ横には、ポニーテールのように髪を束ねた武人が柄杓を手に座っていた。
「し……失礼しました。鶯の声に気を取られておりました」
「おお。いい声で鳴いておりましたな」
「はい。まことに」
瀬那は柄杓を持つ真豪に手を添える。
「このまま右手は動かさず……」
「うむ……力は入れない方がいいのですな」
「おっしゃるとおり。左手は添えるだけのお気持ちで」
「むむ……難しいな」
大柄な真豪が手にすると、柄杓はまるで子供の玩具のように見える。指二本で壊せてしまいそうだ。
その大きな手に瀬那の細長い指が触れる。小姓と言えど今は戦国の世。剣術もこなすのは当たり前だ。瀬那も刀を持つ手であったが、男性にしては節が目立たない綺麗な指だった。真豪がその指につと目をやったその時のこと。
「あっ!」「うわっ! なにごと!?」
膝の下から突き上げるような衝撃、それから襖がガタガタと揺れ始めた。
「地震かっ!」
ガッと片膝をつき臨戦態勢の真豪、瀬那も身構えた。だが、危険は思わぬところにあった。ゆさゆさと家屋を揺らす振動が茶釜の湯を大きく揺らし、溢れて飛び出した。
「はっ!」
「危ないっ!」
茶釜の湯は熱湯だ。それが瀬那に襲い掛かった。真豪は瀬那の前に身を挺して湯を被る。
「真豪殿っ!」
「大丈夫です。さあ、こちらへ」
瀬那を抱きかかえるようにして茶釜から離れる。ほどなく揺れは小さくなり、やがて収まった。
「真豪殿、大丈夫でござりますか」
「ああ、大したことはない。少し手にかかったくらいだ」
見ると手の甲と手首の外側が赤くなっている。現代であれば、本当になんでもない火傷だろう。だが、この時代では水ぶくれになり皮がめくれ化膿したりしたら、大事になりかねない。瀬那は真っ青になった。
「すぐに水で冷やします。こちらへっ!」
部屋を出ると、先ほどの地震に驚いた衆がうろうろと外に出ている。だが瀬那はそんなもの眼中になく真豪を連れて水場へと走った。そしてそこで、着衣のままの真豪の腕に水を何度もかけ続けた。
火傷の処置としては最も正しい方法であったが、真豪はその一連の動きに驚きを隠せない。ただ、呆然とされるがままになっていた。
「もう大丈夫ですよ。瀬那殿」
袖どころか、袴まで水浸しになった真豪が声をかけ、ようやく瀬那は我に返った。
「あ、ああ、申し訳ない。取り乱してしまいました……真豪殿になにかあっては、殿に合わす顔がございません」
瀬那は部屋に戻ると真豪の腕に自前の塗り薬を塗ってやる。それは稀少なものようで真豪は恐縮していた。
真豪の火傷は、その後やはり皮がめくれるまでになったが、跡が残る程度で大事には至らなかった。瀬那の処置が良かったのは言うまでもない。
12
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます
松本尚生
BL
「お早うございます!」
「何だ、その斬新な髪型は!」
翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。
慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!?
俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる