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第28話 火傷

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 どこからか春を告げる鶯の声がする。春? 今はもう初夏なのに、山でもないのに鶯が鳴くことがあるのだろうか。田舎の山では、夏だって連中は春を告げてたけど。

「ここは、こうだろうか……瀬那殿?」

 ハッとする。目の前には湯気を立てる茶釜があり、茶道具の一式が形式美よろしく並べられている。すぐ横には、ポニーテールのように髪を束ねた武人が柄杓を手に座っていた。

「し……失礼しました。鶯の声に気を取られておりました」
「おお。いい声で鳴いておりましたな」
「はい。まことに」

 瀬那は柄杓を持つ真豪に手を添える。

「このまま右手は動かさず……」
「うむ……力は入れない方がいいのですな」
「おっしゃるとおり。左手は添えるだけのお気持ちで」
「むむ……難しいな」

 大柄な真豪が手にすると、柄杓はまるで子供の玩具のように見える。指二本で壊せてしまいそうだ。
 その大きな手に瀬那の細長い指が触れる。小姓と言えど今は戦国の世。剣術もこなすのは当たり前だ。瀬那も刀を持つ手であったが、男性にしては節が目立たない綺麗な指だった。真豪がその指につと目をやったその時のこと。

「あっ!」「うわっ! なにごと!?」

 膝の下から突き上げるような衝撃、それから襖がガタガタと揺れ始めた。

「地震かっ!」

 ガッと片膝をつき臨戦態勢の真豪、瀬那も身構えた。だが、危険は思わぬところにあった。ゆさゆさと家屋を揺らす振動が茶釜の湯を大きく揺らし、溢れて飛び出した。

「はっ!」
「危ないっ!」

 茶釜の湯は熱湯だ。それが瀬那に襲い掛かった。真豪は瀬那の前に身を挺して湯を被る。

「真豪殿っ!」
「大丈夫です。さあ、こちらへ」

 瀬那を抱きかかえるようにして茶釜から離れる。ほどなく揺れは小さくなり、やがて収まった。

「真豪殿、大丈夫でござりますか」
「ああ、大したことはない。少し手にかかったくらいだ」

 見ると手の甲と手首の外側が赤くなっている。現代であれば、本当になんでもない火傷だろう。だが、この時代では水ぶくれになり皮がめくれ化膿したりしたら、大事になりかねない。瀬那は真っ青になった。

「すぐに水で冷やします。こちらへっ!」

 部屋を出ると、先ほどの地震に驚いた衆がうろうろと外に出ている。だが瀬那はそんなもの眼中になく真豪を連れて水場へと走った。そしてそこで、着衣のままの真豪の腕に水を何度もかけ続けた。
 火傷の処置としては最も正しい方法であったが、真豪はその一連の動きに驚きを隠せない。ただ、呆然とされるがままになっていた。

「もう大丈夫ですよ。瀬那殿」

 袖どころか、袴まで水浸しになった真豪が声をかけ、ようやく瀬那は我に返った。

「あ、ああ、申し訳ない。取り乱してしまいました……真豪殿になにかあっては、殿に合わす顔がございません」

 瀬那は部屋に戻ると真豪の腕に自前の塗り薬を塗ってやる。それは稀少なものようで真豪は恐縮していた。

 真豪の火傷は、その後やはり皮がめくれるまでになったが、跡が残る程度で大事には至らなかった。瀬那の処置が良かったのは言うまでもない。



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