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第11ー2話 興奮と感動

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 その日、僕は演武会に出かける水無瀬先輩を見かけた。シャツ、ネクタイ、スーツの全てがダークな色合い。黒の長髪を束ねている姿はどこか洋画のマフィアのようだ。
 カラカラとキャリーバックを引くのは旅行に行くようにも見えるが、纏った気配はピンとしてそばに近寄れない。

 僕は2階の窓、そっとカーテンの後ろから盗み見るようにしてたんだけど、先輩にはそれすら気付かれそうで怖かった。先輩は迎えに来た黒塗りのでかい車に乗って行ってしまった。



 若葉眩しい森に囲まれた武道館は、期待に胸弾ませる老若男女が集まっていた。上白石が言うように、昨今の刀剣ブームの力なのか、若い女性が目立っている。
 彼女たちの目当ての全部が水無瀬先輩だとは思わない。けれど、武道の世界には不釣り合いな着飾った女性たちを目にするに、なんだかわけのわからない複雑な胸騒ぎがしてくる。
 この猫の舌を触るようなざわざわした気持ちはいったいなんだろう。

「花宮、こっちだよ。どうした? ほれ、入場券」

 待ち合わせの門の前でぼうっとしてた僕の肩を上白石がとんとんと叩いた。思わず我に返る。

「あ、ありがとう」

 お金は既に払っている。千円だから安いんだけど、こういう演武会でお金を取れるのは滅多にないんだ。これは上白石の受け売りだけどね。

 席は一階席の5列目。割と近い。天井に大きな日の丸が掲げられ、空気が不思議に清く思う。着席を促すアナウンスのあと、いよいよ演武会が始まった。
 会場に集まった人たちの視線を一身に浴び、空手、合気道と演技者が演じ舞う。彼らが場の中央に立つと、シンとした空気が音の全てを遮断してしまう。 

 息を呑むような素晴らしい演技に目が釘付けになった。終演とともに放たれる拍手はまさに万雷。
 そのなか、ついに最終演技者、水無瀬冬真の名が告げられた。歓声があがる。待ちわびた観客の拍手が響いた。

 だが、彼が演技場に姿を現した途端、また場が変わった。紺色の道着と袴。髪は凛々しく束ねられ、黒の鉢巻がきっちりと巻かれていた。水を打ったような静けさが、何千人もの人間が集まっているとは思えない場を席捲する。

 水無瀬冬真は中央へと進み、そしてそこで一旦身を沈めた。腰には愛刀であろう日本刀を携えている。その柄に、ゆっくりと右手を添えた。
 閉じられた切れ長の瞳が一閃、開かれたその瞬間。空間が裂かれた。音もせず、彼が描いた軌道も見えない。けれど、そこで何かが断ち切られたのを僕は見た。

 僕らが息をする間も与えず、水無瀬先輩は次々と斬り捨てていく。そこに悪人を見る人もいただろう。竹や藁束を見た人もいたかもしれない。
 だが僕には……彼が刃で空を切るたびに燃え盛る炎が見えた。飛び散る水が見えた。彼は炎を裂き、雨を斬る。音のない世界で音を斬っていた。
 水無瀬先輩の足音は一切しない。足さばきはまるで舞を踊るようだが、床をこする音すら立てなかった。

 最後に前方に置かれた藁束を鮮やかに斬り捨てた。その軌跡は全く隙がなく、ただただ美しかった。斬られた藁束がするすると斜めにずり落ちていく。 
 それを静かに見送った水無瀬先輩は刀を鞘に納める。そして再び中央に戻ると、ゆっくりと身を沈めた。目を閉じ、呼吸を整える。いや、呼吸は全く乱れてはいなかった。整えたいのは僕たちの方か。

 彼が立ち上がり一礼をすると、止めていた息を一斉に吐きだしたかのような観客たちの大歓声が武道館じゅうに響き渡る。地鳴りのような拍手は鳴りやまない。
 彼が背を向け会場を去っても、堰を切ったような拍手は続いた。

 僕はただそこにいた。必死で手を叩き、訳の分からないことを叫び、興奮して興奮してもうどうしようもないくらい感動して涙を流していた。



 
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