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第8話 近いです。

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 上白石はそのまま僕のアパートに泊まっていった。
 あいつが持ってきたゲームで夜中まで遊んでいたので、翌日の講義は、ほとんど居眠り状態。僕もゲーム機だけは手放さなかったから、久しぶりの対戦ゲームは楽しかった。


 講義中の居眠りだけでは睡眠不足は解消できず、僕はあくびをしながらアパートに帰り着いた。階段を上がって廊下に出ると、水無瀬先輩がドアのカギを閉めているところだ。

「水無瀬先輩、あの……」

 僕はハッとして駆け寄った。昨日、うるさかったんじゃないかと、僕は密かに心配してたんだ。

「あ、花宮君、こんにちは」

 けど、先輩は僕を見るなり花が咲いたような笑顔になった。硬派……の文字が僕の頭の中でまた霞んでいく。

「昨日、うるさくなかったですか? 友達が来てて……」

 それでも僕は、申し訳なさそうに尋ねてみた。実際申し訳なかった。

「ああ。いや、あれくらいなら私は気にしないから大丈夫だよ。友人が出来たのならそれはいいことだ。彼はどんな人?」

 気にしないとは言ってくれたが、やっぱり聞こえてたんだ。まさか内容まで聞こえないよな? 
 反対隣の学生も時々友達と一緒に騒いでる。盛り上がった歓声がたまに聞こえてくるけど、話す内容までは聞こえなかった。

「あ、はい。同級生で……実家住みの奴です」
「そうなんだ。いいね。同級生の友達」

 なにがいいのか。いや、それよりも水無瀬さん。話しながらどんどん僕に近づいてくる。僕は少しずつ後退りし、ついには壁に背中が付いてしまった。

「バイトとかするのかな?」
「はい……えっと……その、水無瀬先輩」
「なに?」
「ち……近いです」

 壁に押し付けられて、綺麗な顔がすぐそこにまで近づいていた。ここに手を突かれたら、まさに壁ドン状態になる。
 ドキドキタイムならまだしも、どう見ても、恐喝されてるビビりな後輩だ。

「あ、これは失礼」

 キョトンとした目。けど微動だにしない。

「ですからその」

 失礼と言いながら、全然どかないのなんでっ? もう壁にめり込みそうな勢いで僕は背中で壁を押す。すると、先輩はふふふと柔らかく笑った。

「ごめん、ごめん。ちょっと揶揄っちゃった」
「か、からかったって!」

 ようやく一歩下がった先輩に、僕は思わずムッとした表情で返す。

「ん? 怒った?」

 口にすると同時に、ふわりと僕の顎の先に指が触れた。節はくっきりとしているが、太くもなく長い。広げると相当大きそうな手だった。

「いえ……怒ってはいませんが……」
「君は自炊はするのかな」

 ようやく体を階段の方へと向けた先輩。本日は黒シャツにダークグレーのジャケットを羽織り、このままバーに行っても大丈夫な感じだ。

「いえ……これから練習していこうかと」
「そうなんだ。良かったら、今度私の部屋に来ないか。失礼の詫びに手料理を御馳走するよ」
「え……あ、はい。是非」

 断ることはさすがにできなかった。水無瀬先輩は嬉しそうに口角を上げ、額のあたりに指をあて目くばせを一つする。固まる僕を後目にスタスタと行ってしまった。


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