時をかける恋~抱かれたい僕と気付いて欲しい先輩の話~

紫紺

文字の大きさ
上 下
7 / 98

第7話 水無瀬冬真の正体

しおりを挟む

 舞踏家。武闘家。武道家。葡萄科。
 最後の一つは明らかに違う。だが、上白石の発音が悪いのか僕の聴力に問題があるのかわからないが、僕は一呼吸おいてから聞きなおした。

「だから武道だって。柔道とか剣道とかそういうのだよ」
「武闘家とは違うのか?」
「それはリングに乗ってる人とか、ゲームの中の人じゃないのか? 俺も良く知らんけど。水無瀬さんは居合抜刀術の師範なんだ」
「はあ……」

 そう言われてもピンとこない。でも、あの姿勢の良さは武術鍛錬の賜物だったのか。それはとても納得できた。

「以前はマイナーだったんだけど、最近、『刀剣女子』とかブームだろ。ゲームや舞台でさ」

 それは確かに聞いたことがある。2.5次元とかいう、あれのことだ。

「だから、雑誌とかいろいろ出版されて。水無瀬さんって滅茶苦茶カッコいいだろ?」

 僕は『うんうん』と犬のように頭を振る。

「雑誌の表紙に載ったり、インタビュー記事が出たりしてるんだよ」
「そうなんだー。いや、僕は単純にモデルさんかと思ってた」
「それはない。超硬派って有名だもの」
「硬派……」

 違和感しかない。僕の顔を見るなり、突進してきた水無瀬先輩。思い出すと泣きそうな顔してた気がする。僕の落とした荷物を拾う時もなんか焦ってたしな。

「室町時代から続く流派とかで、お父さんが現在の当主。テレビの時代劇なんか、時々監修してるよ。クレジットで名前見ることある。先輩は師範の一人だけど、大学進学したから継ぐかどうかはわかんないね」

 道場は神奈川県にあるという。うちの大学に通うにはちょっと遠いので一人暮らしをしているのだろう。

「道場って、やっぱり儲からんのかな。先輩が雑誌に写真載せるのも、生徒欲しさだろうし」
「贅沢はしないってことなんじゃないか? 生活は質素でいい。硬派だけに」

 僕も別にここで十分だ。風呂トイレ付だよ?

「ああ、なるほど。それはあるかも。水無瀬先輩は学業もトップで非の打ち所がないんだ。もしミスターコンテストに出てたら絶対優勝するくらいのイケメンだし。だからこの大学で知らない人はいな……ここに一人いたか」

 呆れた表情で上白石は僕を見る。でも、そんなの武術や武道に興味がなければ知りようがないんじゃ。
 大学を調べるにおいても、僕は学部や学科はもちろん、教授陣の評判やゼミのことなんかは細かく情報を仕入れていた。先輩に有名人がいるかなんて調べてないよ。

「刀剣女子からは、大人気の人なんだけどね。本人は興味なさそうだけど。こんなセキュリティの悪いところで大丈夫なのかな」
「おまえ同様、こんなボロアパートにいるとは思ってないんじゃない」

 嫌味半分、本音半分。

「そうか。そうかもな。ってごめんって」

 ケタケタと笑い声を上げる。水無瀬先輩が安アパートにいる理由はわからないが、それでも不満なく暮らしているように思う。
 隣との壁は厚くないけれど、いつもシンと静まり返っている。上白石の陽気な笑い声がうるさくないか、僕は少し気になった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

紅(くれない)の深染(こそ)めの心、色深く

やしろ
BL
「ならば、私を野に放ってください。国の情勢上無理だというのであれば、どこかの山奥に蟄居でもいい」 広大な秋津豊島を征服した瑞穂の国では、最後の戦の論功行賞の打ち合わせが行われていた。 その席で何と、「氷の美貌」と謳われる美しい顔で、しれっと国王の次男・紅緒(べにお)がそんな事を言い出した。 打ち合わせは阿鼻叫喚。そんななか、紅緒の副官を長年務めてきた出穂(いずほ)は、もう少し複雑な彼の本音を知っていた。 十三年前、敵襲で窮地に落ちった基地で死地に向かう紅緒を追いかけた出穂。 足を引き摺って敵中を行く紅緒を放っておけなくて、出穂は彼と共に敵に向かう。 「物好きだな、なんで付いてきたの?」 「なんでって言われても……解んねぇっす」  判んねぇけど、アンタを独りにしたくなかったっす。 告げた出穂に、紅緒は唐紅の瞳を見開き、それからくすくすと笑った。 交わした会話は 「私が死んでも代りはいるのに、変わったやつだなぁ」 「代りとかそんなんしらねっすけど、アンタが死ぬのは何か嫌っす。俺も死にたかねぇっすけど」 「そうか。君、名前は?」 「出穂っす」 「いづほ、か。うん、覚えた」 ただそれだけ。 なのに窮地を二人で脱した後、出穂は何故か紅緒の副官に任じられて……。 感情を表に出すのが不得意で、その天才的な頭脳とは裏腹にどこか危うい紅緒。その柔らかな人柄に惹かれ、出穂は彼に従う。 出穂の生活、人生、幸せは全て紅緒との日々の中にあった。 半年、二年後、更にそこからの歳月、緩やかに心を通わせていった二人の十三年は、いったい何処に行きつくのか──

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

処理中です...