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第7話 水無瀬冬真の正体
しおりを挟む舞踏家。武闘家。武道家。葡萄科。
最後の一つは明らかに違う。だが、上白石の発音が悪いのか僕の聴力に問題があるのかわからないが、僕は一呼吸おいてから聞きなおした。
「だから武道だって。柔道とか剣道とかそういうのだよ」
「武闘家とは違うのか?」
「それはリングに乗ってる人とか、ゲームの中の人じゃないのか? 俺も良く知らんけど。水無瀬さんは居合抜刀術の師範なんだ」
「はあ……」
そう言われてもピンとこない。でも、あの姿勢の良さは武術鍛錬の賜物だったのか。それはとても納得できた。
「以前はマイナーだったんだけど、最近、『刀剣女子』とかブームだろ。ゲームや舞台でさ」
それは確かに聞いたことがある。2.5次元とかいう、あれのことだ。
「だから、雑誌とかいろいろ出版されて。水無瀬さんって滅茶苦茶カッコいいだろ?」
僕は『うんうん』と犬のように頭を振る。
「雑誌の表紙に載ったり、インタビュー記事が出たりしてるんだよ」
「そうなんだー。いや、僕は単純にモデルさんかと思ってた」
「それはない。超硬派って有名だもの」
「硬派……」
違和感しかない。僕の顔を見るなり、突進してきた水無瀬先輩。思い出すと泣きそうな顔してた気がする。僕の落とした荷物を拾う時もなんか焦ってたしな。
「室町時代から続く流派とかで、お父さんが現在の当主。テレビの時代劇なんか、時々監修してるよ。クレジットで名前見ることある。先輩は師範の一人だけど、大学進学したから継ぐかどうかはわかんないね」
道場は神奈川県にあるという。うちの大学に通うにはちょっと遠いので一人暮らしをしているのだろう。
「道場って、やっぱり儲からんのかな。先輩が雑誌に写真載せるのも、生徒欲しさだろうし」
「贅沢はしないってことなんじゃないか? 生活は質素でいい。硬派だけに」
僕も別にここで十分だ。風呂トイレ付だよ?
「ああ、なるほど。それはあるかも。水無瀬先輩は学業もトップで非の打ち所がないんだ。もしミスターコンテストに出てたら絶対優勝するくらいのイケメンだし。だからこの大学で知らない人はいな……ここに一人いたか」
呆れた表情で上白石は僕を見る。でも、そんなの武術や武道に興味がなければ知りようがないんじゃ。
大学を調べるにおいても、僕は学部や学科はもちろん、教授陣の評判やゼミのことなんかは細かく情報を仕入れていた。先輩に有名人がいるかなんて調べてないよ。
「刀剣女子からは、大人気の人なんだけどね。本人は興味なさそうだけど。こんなセキュリティの悪いところで大丈夫なのかな」
「おまえ同様、こんなボロアパートにいるとは思ってないんじゃない」
嫌味半分、本音半分。
「そうか。そうかもな。ってごめんって」
ケタケタと笑い声を上げる。水無瀬先輩が安アパートにいる理由はわからないが、それでも不満なく暮らしているように思う。
隣との壁は厚くないけれど、いつもシンと静まり返っている。上白石の陽気な笑い声がうるさくないか、僕は少し気になった。
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