Campus・Case(キャンパス・ケース)番外編追加しました!

紫紺

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File No. 54 欅並木の向こう側

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 いつだったか、学食で出会った時、空の食器の影に無造作に置かれた円筒のもの。緑と白のあれは、リップクリームだったような気がする。
 それに言われてみれば、能代さんが代講してた時、緊張したのか何度も付けてたことがあったような。

「持ってた。覚えがある」

 竜崎は髭を剃ってない顎を引く。

「俺は最初の事件の日、初めて能代さんを認識したんだが。同じゼミ生と話しながら塗ってたのを見かけた」
「じゃあ、あれに毒物が?」

 僕は勢い込んで前のめりになる。

「いやあ。可能性の一つかと思ってさ」

 竜崎に人差し指が、出過ぎた僕のデコをきゅっと抑える。思わず頭を引っ込めた僕は、両手で額を覆った。
 竜崎が目を細め、口元に笑みを湛える。会話の内容はこんなに物騒で色気のイの字もないのに、僕の胸はキュンキュン鳴ってうるさいほどだった。



 ドキドキお泊り会(一方的に名付けた)は、動悸はそれなりにしたけど、大した結果を得られずに終わった。
 でも、あんなに長く竜崎といたことがなかったから、ずっとふわふわしっぱなしだった。少しも嫌な気分にならないってのは、相性がいいからか? それとも竜崎がとてつもなくいい奴だからだろうか。

 ――――竜崎はどう思ったかな? 僕のこと相当鈍いと思ってそうだけど、
付き合いきれんとか思ってないよな?

 月曜日の朝になっても、キャンパスを歩きながら僕は竜崎のことを考えていた。

「あれ……竜崎だ!」

 そんな僕の目に竜崎の姿が飛び込んで来た。研究棟の正門そば、行儀よく並んでいるケヤキ並木の向こう側にいる。
 グレーのストレートパンツに黒シャツのラフなスタイルだけど、高身長にがっしりしてるから何着てもカッコイイ。

 誰かと話してるみたいだけど、ケヤキで相手は見えない。声をかけようとした僕は、それに気付いて振り上げた右手をすごすごと元に戻した。

 ――――え? あれは……田代刑事?

 なんと、竜崎が話をしている相手は田代刑事だった。しかも、田代さんは白い研究棟の壁にほとんど凭れるようにしていて、竜崎との距離が凄く近い!

 ――――な、なんだよ。まさか壁ドンするつもりじゃ。

 なにか聞き出そうとしてるのかもしれないけど、穏やかじゃない! 
 僕は少し手前のケヤキの影に隠れて二人の様子を盗み見る。竜崎の表情はあまりよくわからないし、声も聞こえないから話の内容はわからなかった。

 ――――田代刑事って、あんな感じだったっけ?

 この時の僕の目から見た田代刑事は、今までの真面目でクールな印象を覆すに十分だった。
 いつも縛ってた髪も下ろされてて、時々吹く風にふわりと煽られている。薄目の化粧が彼女自身の整った顔立ちをより浮き上がらせて、率直に言って美人だ。

 ――――なに、なんかすごく嬉しそうに笑うんだけど。頬も赤くないか?

 なんだよ、もう! なに話してるんだよ! 声かけたいのにかけられない。竜崎は年上女性が好きなのか? 
 刑事だけに勘の鋭い賢い女性がいいの? 鈍い僕とは違って!?

 木陰で地団駄を踏みながら、脳内ではあらぬ妄想が駆け巡る僕だった。


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