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File No. 3 前兆
しおりを挟むただ、2年生の後期になって、僕は少し困ったことになっていた。都市工学科の教授で都市計画が専門の塩谷教授。
女子学生の間ではイケオジとか呼ばれる、50代だけど若く見える教授だ。無駄に太ったりしてないし、本人はジムなんかに通って鍛えてるという噂。講義もわかりやすいし、最初は嫌いじゃなかったんだけど。
「君、美山君だったね」
夏休みが過ぎ、後期のスケジュールを組む頃から、僕はなにかと教授に声をかけられるようになっていた。と言っても大したことではない。
モバイルの設定を頼まれたり、講義に必要な資料や模型を運ぶの手伝うよう言われたり、そんなことだ。
「ありがとう。いつも助かるよ」
その都度、教授は僕の至近距離に寄り、にこやかな笑みを見せる。教授のつけてるオーデコロンが鼻孔に遠慮なく侵入してきたと同時に、軽く手の甲に触れられたこともあった。
――――そのうち、ヤバイことになるんじゃないか。
僕は内心、とても怯えていたんだ。
「美山君、レポートの進み具合はどうだい?」
なるべく声をかけられないように、コソコソしていた僕だけど、捕まってしまうこともある。でも、三年生では彼の講義は受けないつもりでいた。
本当は次の段階も取りたいんだけど、身の安全を優先させたんだよ。これは、塩谷教授の助手である土屋先生の助言でもあった。
秋も深まる頃、ちょうどキャンプの直後のことだ。
『あの先生、ゲイだから気を付けた方がいいわよー。あなた、絶対狙われてるよ。教授はあなたみたいな可愛い感じの子が好きなのよ』
土屋先生は他の大学から移って来た優秀な女性だ。そろそろ助教授になるだろうと言われている。塩谷教授とはいい関係のようだ。
女性にとってはゲイの教授なら、変な関係にもならないし、セクハラも受けなくて居心地いいのかもしれない。
『そ、そうなんですか。ご助言ありがとうございます。肝に銘じます』
可愛いとか言われてもなんも嬉しくない。それにこんなふうに、男性からあからさまなアピールをされたのも初めてのことだ。とにかくそれ以降、教授の目に映らないよう注意したのだけど。
「はい。来週には提出できると思います」
1月末、キャンパスでは連日後期のテストが行われていた。塩谷教授の都市計画は筆記試験はなく、レポート提出だった。
「そうかい。ところで君、来期は私の講義、取らないそうじゃない。しかも入間君のゼミに入るんだって?」
僕はぎょっとした。と同時にゾッとした。そんなことはまだ誰にも言ってない。竜崎にすら言ってないんだ。この教授とのことも彼には言えなかった。男のくせに何言ってる、って笑われそうな気がしたから。
――――事務局が教授に話すものだろうか。後期の成績が決まる前に知られたくないことなのに。
いい印象にならないのは間違いない。
「ま、入間君のやってる分野も面白いよね。君のことだからレポートも完璧だろうし。楽しみに待ってるよ」
「は、はい。よろしくお願いします」
見た目には上機嫌に見える。出来ることなら、僕とは違う『可愛い子』に乗り替えていてくれればいいのだけど。
僕は足取りよく去っていく教授の背中をモヤモヤした胸のまま見送った。
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