偽夫婦お家騒動始末記

紫紺

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第6章

その4

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「そうか……前田藩は大目付にまで目をつけられているのだな……。自浄作用が利かないとされたら……」

 要は全てを語らず飲み込んだ。お家断絶、藩は松元家から取り上げられる。今の状態では民にとってそのほうが手っ取り早いかもしれないが、あの地には要にとっても大事な人々が暮らす大事な郷だ。易々と乗っ取られたくはない。

「守親殿がご健勝なうちに、なんとかしなくては」

 尚次の様子がおかしくなり、今泉の一派が幅を利かすようになった城内は、それに対して反発する者も少なからずいた。
 だが、いつの間にか丸め込まれたり、要のように追い出されたり、時には病に落ちたり病死として処理されるものまでいた。

「これが……ご禁制の?」

 半紙に包まれた乾燥した草を眺めた要が独り言のようにつぶやいた。

「そうだ。あいつらはこれを売買して稼いでいるようなんだ。稼いでいるだけならまだしも、前藩主の直親殿や尚次殿に盛ってる様子がうかがえる」
「ま……まさか……いや、そうか。そうだったのか……」

 唖然とし、それからぎりぎりと奥歯を噛む。おかしいと思いながらも、尚次殿が自分を避けたのは、能のない己に愛想を尽かしただけかもしれないと考えていた。まさか薬が盛られているなどとは想像もしなかった。
 しかし、そうとわかれば思い当たることばかりだ。聡明なはずの尚次殿の呆けたような表情。母君である昌子様も同じように操られているだけかもしれない。常習性のある薬であれば、自分の意志に反した言動をとっても不思議ではないだろう。

「なんて外道な……」

 悔しがる要を、隼は無表情で見つめる。自分自身もその可能性に気づいたのはつい最近だ。要を責めることはできないが、悔しがっても後の祭り。

「それで紫音、例の片山良斎の正体はわかったのか?」

 身を屈して呻く要を後目に、隼はさっさと話を進めた。それに気づいた要もまた、居ずまいを正し紫音に目をやる。

「片山良斎は、紀伊梅津藩の人間だね。梅津藩と今泉をつなぐ橋渡し役だろう」
「梅津藩? ではやはり」

 紫音は深く頷いた。

「梅津藩は領地で栽培してるご禁制の植物、『袴鬼はかまおに草』を、幕府にばれないように売買する手段を模索してたんだろうね。そこに、財力を以って前田藩の実権を握ろうと企んでいた今泉が手を貸した」

 梅津藩は、前田藩がそうであるように、大大名家のそばにひっそりと存在する小さな藩だ。紀南州徳川家のご領地、紀南州藩の東側内陸部に位置する。紀南州の属国のような扱いだ。
 林業により国は栄えていたが、幕府よりも紀南州藩の下請け状態であることは否めない。ご禁制の袴鬼草の栽培も、全く収益にはなっていなかった。

 藩主や家老たちは、どうにかしてこの『袴鬼草』を自分たちで精製、流通できないかと考え暗躍していた。その任を担っていた一人が学者であり、医師であった片山良斎だ。

「片山と今泉は江戸で出会ったんじゃないかな。三年前、今泉在良は前藩主直親殿の奥方と江戸にいたから」
「確かに。今泉殿は昌子様、守親、尚次殿とともに江戸詰めにおられた」

 と要が追随する。

「それではそのころにはもう、あのご禁制の薬を手にしてたのか」
「うーん、どうだろう。詳しいことはこれから俺が屋敷に忍び込んで探るから……」
「紫音さんがか? いや、それもお勤めなのだろうが……」

 腰を浮かしかげんに要が叫んだ。その様子を隼は眉間に皺を寄せる。

「あら、ありがとう。でも心配しなくても大丈夫だよ。これが俺の本当のお仕事だから」
「いや……なんか、俺って言われても……」

 姿かたちは絶世の美女なのに、要は困惑顔で頭をかいた。


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