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第5章
その6
しおりを挟む「紫音、もしわかったらだが……今泉の側近に若い医師がいたかわからないかな。体格のいい、目つきの鋭い野郎だ」
「ふううん」
紫音は両の目を煌めかせながら、満足そうに微笑む。
「なんだよ、変な奴だな」
「いや、ハヤさんも知ってたんだ。で、俺と同じこと思ってんだなって」
「そうなのか?」
「ああ。実は俺、今日前田藩行ってきたんだよ。さっきのあれ、前田藩所見は俺の見たまんまを言った」
「なんだとっ! それを早く言わないかっ。ああ、でもそうなのか。前田藩の様子は以前とは様変わりしてしまったのか……」
勢いよく膝を立てわめいてみたが、『昔の面影はない』。そう言い切った紫音の言葉を思い出すと、がっくりと肩を落として座り直した。
「そんな酷い有様じゃないよ、まだ。それに俺は昔の姿は知らない。話を聞いた村人の言葉を借りたまでさ。最近はガラの悪い侍が増え、税が増え、物騒な事件が増えたって」
「そうか……」
まるきり治安が良いとは言わないが、少なくとも隼が居た頃は、厄介な事件はなかった。あの、ちんぴら侍どもが斬られたと聞いた時も、珍しいと感じたぐらいだ。
「今泉の片腕に、ハヤさんが言う『目つきの悪い若い男』がいた。武士というより学者的な奴だよ。『片山良斎』って奴」
「ああ、そうだ。確かにそんな名だった」
「何者かは今調べ中だよ。旦那が大通りで会ったあの目の細い奴、市村ってんだけど、俺のお目付け役かな。あいつに調べさせてる」
あの夜、隼が出会ったヤクザ風情の連中は全員大目付、坂上政永の家臣だった。即興の刺青まで用意しやがって、武士の出であるところまでは突き止めていたがまさか芝居とは思わなかった。
隼は苦虫を嚙み潰したような顔になる。連中は紫音と隼が自然な(自然かどうかは疑問だが)出会いの場を提供したようだ。紫音の色香に隼が引っ掛かてくれば御の字。ただ、偽の夫婦を演じるとまでは考えていなかった。
心を許せば隼が請け負っている事実を掴むことが出来るだろうと送り込んだ。それはしかし、大成功だった。
「俺はでも、焦んなかった。ひと月あるんだ。じっくり行こうと思っててね。旦那が自分の益だけのために動く人とは思えなかったこともある。それに何と言っても、ほら、惚れちゃったし」
照れるようすもなく、惚れた腫れたと平気で宣う。隼は知らん顔を決め込んだ。
「まずはハヤさんの信頼を……愛を得なきゃって。そうすりゃ話は早い。そうだろ?」
既に勝ち得たつもりなのか。今度はしてやったりの顔になる。
「馬鹿野郎。愛は得てない。信頼も……まだまだだ。おまえの方に有益な情報がなければ、偽の夫婦も解散だ」
などと反論するが、どうにも落ち着かない。佳乃を裏切ってしまった気持ちになるのは、やはり紫音に心が傾いているからか。ただの策略だと割り切れば、体の関係など吹けば飛ぶような繋がりだ。
「私のところに送り込まれたのはわかった。だが、そもそもなんでおまえはこの稼業をしてるんだ? 陰間の修行中に転職したようなことを言っていたが……」
客を取る前に商売替えをした。そんなふうに言っていた。当たらずとも遠からずだろう。それが本当ならばの話だが。
「そうだよ。政永様が、まだ客を取る前の俺を欲しがったんだよ。だけど、愛人させてるには色々出来が良くてね」
「あ、愛人……」
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