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第4章
その5
しおりを挟むあれから一年、日々は矢のように過ぎた。隼は学問所の雇われ先生をしながら、今泉家の別邸を見張った。夜は雨だろうと雪だろうと構わず、学問所が休みの日には昼夜通して。
今泉の別邸は関東に位置する小さな藩の――家老とは言え――家臣の江戸邸としてはあり得ないほどの豪邸であった。遠方の大名であれば、故郷に帰らず、ずっと江戸住まいの家臣もいる。そういった者は、大きな屋敷を構えることもあるが、これは分不相応と言うしかない。昼間、町人に変装して仕入れた話では、紀州の大名から借り受けたものだと言う事だったが。
しかし勢い込んで張り込んだものの、人の出入りはそれほどなく、前田藩士以外では、御用聞きか女子供相手の稽古事くらいで不審なものはいない。夜など静かなものだ。隼の焦れた思いは日々募るばかりだった。
それがようやく実を結んだのは、ついひと月ほど前、残暑厳しい頃だった。深夜、いつものように今泉邸の様子を窺っていると、屋敷の裏手で人の気配がした。屋敷の裏には大きな運河が流れている。そこになにか荷物が付いたようだ。
――――こんな夜中に? 何を運んできたのだ。
気配を消しつつ、隼は裏手に回る。そこには数個の木箱を積んだ船が三艘、連なっていた。裏口からは屋敷の人足と思われる男衆が我先にと出て、その木箱を手際よく運んでいく。それを監督しているのは前田藩の藩士、今泉の家臣たちであった。なかには見覚えのある藩士もいて、月もない暗闇にかがり火だけのなか右往左往している。
隼は箱の中身がなんであるか見極めようと、必死に目を凝らす。だが、見つかってしまったら元も子もないので慎重にするしかなかった。
「よし……全て運び終わったな。ご苦労だった」
しかし、何も見つけられずに荷運びは終わってしまった。胸の中で舌打ちしていた隼の目に、信じられない光景が飛び込んで来た。
「うわああっ」「ひえっ」
――――な、なにっ。
一瞬の出来事だった。隼が飛び出す間もなく、先ほどまで荷を運んでいた者が全て切り捨てられた。船を操る船頭たちは、その様子を見慣れた光景のようにぼんやりと眺めている。既に息の根を止められた人足の遺体を、藩士たちは船に放り込む。船頭たちはそれにもまた何も反応せず、ゆっくりと船を回転させ去っていった。
――――これは一体……。
藩士たちが裏口へと消え、今泉の別邸はまた静けさを取り戻した。いや、先ほどの運搬もほとんど静寂の中で行われていたのだ。悲鳴すら、僅かな間。たとえそれに気付いて屋敷の外に出てきても、その前に全ては終わっていただろう。
――――なんてことしやがる。それでも武士か。前田藩士か。
同郷の武士たち、かつては仲間であったはずの連中の所業に隼の腸は煮えくり返る。要の姿はなかったが、彼とて加担していないとは言えない。
隼は運河と裏口の周りを探る。何か落ちてないかと地面を睨むが、暗すぎてどうにも見えない。仕方なく一旦は長屋に戻った。だが、この荷こそが、今泉の財源であることは間違いない。ついに義父の橘藤十郎が睨んでいたことが真実だと知れたのだ。
――――あとはそれが何かを突き止めるだけだ。
それは案外早く明らかになった。翌朝、土間に行くと草履になにかがくっついていた。乾燥した植物だが、藁ではない。
「これは……ご禁制の……違うか?」
隼も実物を見たことがなかった。だが、隼自身が通っていた前田藩の藩塾で学んだ記憶がある。毒にも薬にもなるこの植物の葉と根は、貴重であるがゆえに、決められた場所でしか栽培できないものだった。そしてこれを裏で取引すれば大層な金額になる。
――――しかし、これは関東では育たないと聞いていたが……。
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