偽夫婦お家騒動始末記

紫紺

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第3章

その6

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 江戸の街には何本もの運河が作られ、ここに住む人々の生活を支えている。豊富な水を湛えた運河には物資や人を運ぶ小舟が行き交う。江戸が水の都と呼ばれる所以だろう。
 二人は陽の光が水に揺蕩う美しい運河沿いの道を歩く。縦に並んで歩いているので黙ったままだ。紫音は少し気まずく、でも彼のする話に期待しながらついていった。

「ここの茶店にしましょう。私はこんな風体でも甘いものが好きでしてね」

 一つの大きな橋のたもとにたどり着くと、軒先に大きな傘と縁台を置いた店を指さした。店内に入るつもりはないのだろう。どこまでも律儀だなと紫音は思った。

「はい。私も甘いものには目がありません」
「そうか、良かった。なんでも好きなものを頼んでください」

 川を眺めながるように、二人は隣り合わせに座った。可愛らしい紺地の前掛けをした女中に各々甘味とお茶を頼み、一息ついた。

「それでは……紫音さんは、隼から何も聞いてはいないのですか?」

 お天気の話などするのも煩わしく、紫音はすぐに本題に入った。

「はい……。私はまあ、押しかけ女房みたいなもんですから、あまり聞くのもと思って……。でも知りたくないわけじゃないんです。あの……隼さんの奥様……佳乃様はどうしてお亡くなりになったのですか? どこか悪いところがあったのでしょうか」

 今の紫音が知りたいことの一つだ。大概のことは探れるが、この一大事が長屋にいてはわからない。間違いなく一条要は知ってるはずと返答を待った。

「う……ん。それは私の口からは言えないなあ」

 なんだとっ。ここまで来て、言えないってどういうことだよ。あからさまに憮然とした表情の紫音に、要は苦笑する。

「勇気を出して、あなたから尋ねた方がいい。それが夫婦というものでしょう」

 ――――わかってるよっ、そんなこと。でも、ホントの夫婦じゃないから、聞けないんじゃないかよ。

 怒りが顔に出そうになった。紫音は慌てて笑みを作って取り繕う。要の言葉遣いが徐々に打ち解けたものになっている。ここは焦らずじっくりいこうと考え直した。

「そうですよね……ごめんなさい。一条様に無理難題を押し付けてしまって……」
「いや、さっと答えてあげたらいいんだけどね。隼が黙っているのは、それなりに理由があるだろうから……」
「やはり、隼さんが江戸に出てきたのは、奥様を失ったからでしょうか」

 歯切れの悪い言い方から、病死のような単純な話でなさそうなのは十分想像できた。今はそれでも十分だ。ここで終わりにするのももったいない。もう少し話を続けるか。紫音は湯飲み茶わんを両手で抱えるようにして持ち、要を見上げる。

「どうだろうか……。いや、時期から考えてそうなのかもしれんな。その頃、我が藩でちょっとしたもめ事があってね。隼の奥方、佳乃さんが亡くなってごたごたしてる間に、隼にとって都合の悪い方に行ってしまったものだから。それもあるかも」
「もめ事……そうでしたか」

 ――――もめ事ね。ものは言いようだな。

 もめ事については、要はこれ以上を語ることはないだろう。自分の藩のゴタゴタをたとえ元藩士の妻であろうと、自分から話すはずがない。『もめ事』というのは、彼なりに紫音の気持ちに配慮して教えてくれたことなのだ。

「佳乃様は、どのような方でしたか?」
「え? それ、聞くんですか?」

 結局、紫音が最も聞きたいことはこれだ。自分でもそれを認めたくなかったが。

「聞きたいです……」

 本当に甘いものが好きなのか、要は団子をお代わりして口に頬張っている。その様が、彼に抱いていた印象とちぐはぐに思えて、紫音は好感を持った。最初から嫌な感触は持っていなかったが。

「そうだね……」

 ほおっと一つ細く長い息を吐きながら、要は話し始めた。



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