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第12話
しおりを挟むこの間のレッスンは、中も後も何事もなかった。鹿島さんは僕と会おうとしてくれたけど、職場から電話があって速攻向かってしまった。美原さんはもちろん真っすぐ帰宅(多分)。その後も鹿島さん、忙しくなってしまって、たまにくるメッセージだけの日々が続いた。少し寂しい……。
そんなある日のことだ。僕は公民館の料理教室を終えて帰宅を急いでいた。もう外部での教室はここだけ。そろそろ外の教室は止めたいんだけど、お世話になった場所なので無碍にはできない。公民館だと授業料が安いので人気だし、もう少し続けるしかないかな。
「先生ぇ! 先生じゃないですかぁ」
駐車場で車に乗ろうとしたとき、聞き覚えのあるハスキーボイスを掛けられた。沢城さんだ。
「あ、沢城さん、どうしたんですか? こんなところで」
沢城さんは会社員だけど営業じゃなかったはずだ。確か某一流メーカーの技術者。こんなところで会うとは驚きだった。しかも随分目立つ車から出てきた。
「いえね。ちょっと先のところにウチの研究所があるんですよ。で、行きにこの道を通った時にこの車を見つけてて。戻ってきたらまだあったんもんだから、少し待ってました」
マジか。僕の車は確かに珍しい欧州車だ。沢城さんは、帰路、まだ僕の車があるのを見つけて、駐車場の中に入って待つことにしたらしい。テヘペロみたいな表情してるけど、なんかちょっと怖いな。何か用でもあったのかな。
「お急ぎですか? 良かったらあそこのカフェでお茶でもどうですか?」
どう応えよう。今日はもう仕事終わったので急いではいない。舞が教室にいる日なので、食材なんかも受け取ってもらえるし。
「少しなら」
と、またこんな曖昧な返事を……。でも、折角待っててくれた? 沢城さんに少しくらいは付き合うべきかと。言い訳かな。
僕は有名カフェに沢城さんと入る。キャラメルマキアートなんてものを頼み、席についた。
郊外のカフェは人も少なく、僕らは窓際の席に着くことができた。外の街路樹の緑が眩しい。気持ちがとても良くなって、お茶するのも悪くないな、なんて思っていた。
「先生、鹿島さんと美原さん、先回の緊張感、半端なかったですねえ」
世間話を交わした後、すかさず沢城さんは言ってきた。話には出ると覚悟してたし、実際聴きたくもあった。そうか、やっぱり気付いてたんだ。
「緊張感なんてありましたか? いつも通りと思いましたが」
と、一応バックレてみた。でも、カップを持つ手が微妙に震える。
「先生は嘘吐けないですねぇ」
鼻で笑ってる。ああ、そうですよ。え、じゃあ、鹿島さんにも不信感与えちゃったかな。
「何があったんです? 悩みがあるなら、私に話してしまうと楽ですよぉ」
茶目っ気たっぷりに沢城さんが迫る。楽になるだろうか。いや、そんな気は全くしないのだが。でも、ここが居酒屋でなくてよかった。お酒でも飲んでたら、思わず言ってしまいそうだ。
僕は笑みを浮かべて返す。沢城さんの笑顔には勝てないけど。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「そうですかぁ。残念」
沢城さんは、前髪をつといじる。整髪料でふわりと固めてあったものを手櫛で取るようにして、少し額にかかる。それを何とはなしに僕は見つめていた。
「先生、ちょっと僕とドライブしませんか?」
「え? なんで……? ドライブしても、何も話しませんよ」
沢城さん、仕事中なんじゃないのか。あの車は沢城さんのかな。随分カッコいい外車なんだ。実はそれには少し気になっていた。僕は料理の次にロックと車が好きなんだよ。
「そんなこと思ってませんよ」
ホントかよ。
「先生、車好きでしょ。あんなマニアックな車乗ってるから、そうかなぁって。ご存知と思いますが、僕は自動車メーカーの技術者で。あれはモニター車なんですよ。海外の高級車を乗り回すにはいい立場でねぇ。どうです? 乗ってみませんか?」
僕は駐車場に停まっている沢城さんの車を見る。高級スポーツカー。僕もディーラーで色々試乗させてもらうけど、あれはまだだ。
「運転は、無理ですよね」
「ふふぅ。本当は駄目ですけど。N市にウチと提携しているコースがあるんで、そこなら運転もOKですよ」
運転できる! してみたい! そう思いだすと、もう僕を止めることは出来ない。大丈夫だ。沢城さんはノンケだし、少なくともヤバいことにはなりようもない。
「お願いします」
僕の答えに、沢城さんは満足そうに頷いた。
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