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第9話
しおりを挟む次のレッスン日。鹿島さんはお休みだった。直前に連絡が来て、事件が起こったみたい。恐れていたことがっ。相手は怖いお兄さんたちかな。僕はお仕事とわかってたけど、出来るだけ危険なことはしないでください。って送ってしまった。
「あれ、今日、鹿島さんお休みですか」
エプロンを付けながら美原さんが言う。
「お仕事のようですよ」
僕が残念そうに言うと、すかさず突っ込まれる。
「ええ? 先生、随分寂しそうやないですか! 僕が休みの時もそんな風にして欲しなあ」
松田さん……。そんなこと言うと、例の二人の視線が。
「松田さんがお休みの時も寂しいに決まってるじゃないですか。誰がいなくても僕は残念ですよ」
と、僕。それは嘘じゃない。生徒さんは会社勤めをしている方がほとんどだ。このクラスの欠席はある程度覚悟していたが、今までお休みした人は皆無だった。みんなよく通ってくれてたんだ。
調理台の一つに三人しかいないのは、やっぱりポカンと穴が開いたようだった。
「先生、鹿島さんがいない間に付け込むわけじゃないですが……」
「はい?」
今日のレシピ、和風餃子を包んでいると、美原さんが声をかけてきた。手先の器用な美原さんの餃子は彼の性格のようにきちんとしていて綺麗だ。
「僕の話を聞いてくれませんか? レッスン後に」
「あ……はい。いいですよ」
そうだ。僕はまだ彼に返事をしていなかった。そう気づいた僕は、お断りをしなくてはと思った。メールなんかじゃなく、きちんと言わないと。鹿島さんとのことも話そう。真剣な表情で告白してくれた美原さんにちゃんとしなくちゃ。そう考えたんだよ。
美原さんは一旦、僕の家から出て、数分後に戻ってきた。他の生徒さんたちのこともあるから、そこはね。
僕は自宅リビングではなく、教室の方へ招き入れた。鹿島さんとの差別化はしなけりゃって思ったんだよ。それでも大きなテーブルの上に、僕は彼のために日本茶を出した。
レッスンの日は、差し入れをくれる生徒さんもいて。今日も餃子を完食した後、ケーキを食べた。だから、大概、食後の珈琲を飲んでいるんだ。それで口直しにと思ってさっぱりした日本茶にした。
「嬉しいです。僕、日本茶が好きなんですよ」
美原さんはそう言って、お茶を飲む。姿勢が良い人だ。弁護士さんなんだけど、教室の日はバッチを付けてこない。わざわざ外してるみたいなんだ。そういうところ、気を使ってくれるのも嬉しいな。
「あの、美原さん。例のお返事なんですが」
僕はテーブルの向かい側に座って話を始めた。
「ああ、大丈夫です。わかっていますから」
「え?」
美原さんは眼鏡のブリッジをつんと指で突き、口角を上げる。
「今日の先生の様子を見てわかりました。やっぱり、先生は鹿島さんのこと好きなんですね」
わ……。なんだか美原さんに言われるとめっちゃ艶めかしい。凄く恥ずかしいよ。でも、そうなんだ。人にわかっちゃうくらい、僕の感情って出ちゃってるんだな。
「ごめんなさい」
「謝らなくていいです。あの日……僕がレッスン後に訪ねた日、鹿島さんの姿を見て気付いていましたから。それでも、ダメ元でもいいと思って告白しました」
美原さんの言葉が胸に刺さる。もっと早く、ちゃんとするべきだった。
「それじゃあ、僕、帰ります。お茶、ありがとうございました」
玄関へと向かう廊下。僕は美原さんの後ろを付いて行く。広い背中が少し小さく見えた。肩を落としているのかな。そう思うとやっぱり申し訳なく感じた。
「あっ! な、なに?!」
気まずさが僕の胸にじわっていた時、突然電気が落ちた。エアコンの稼働音も吹っ切れたから、停電だ。それともブレーカーが落ちたんだろうか。
「美原さん、大丈夫ですか?」
玄関のタタキに向かっていた美原さんに声をかけた。
「ああ……駄目だぁ」
「どうしました!?」
音はしなかったから落ちてないはずなのに。なんだか苦し気な声が聞こえて僕は驚いた。だけど、その後の方がもっと驚いた。真っ暗な中、僕は美原さんに抱きしめられた。
「なんで、暗くなるんだよっ」
そんならしくない乱暴な言葉とともに、僕の唇が塞がれた。
「んんっ! ん!」
必死に振りほどこうとした。だけど、壁に押し付けられた体が動けない。乱暴にキスをする美原さんは、いつものクールさとは全く違い荒々しかった。
そんな行為に、僕は思わず反応してしまったんだ。
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