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第5話
しおりを挟む美原さんは返事はいつでもいいから。と、言って帰っていった。僕の心は千々に乱れた。もちろん鹿島さんへの気持ちは高まる一方なんだけど、美原さんの真摯な告白にやっぱり心奪われてしまう。僕はそんな尻軽じゃないはずなんだけど。
僕が今まで付き合ってきたパートナーは、どちらかというと強引に迫ってくるタイプだった。つまり、鹿島さんみたいなグイグイくる男っぽい人。だから、あんな風に告白されたのは初めてなんだ。僕はなんだかふわふわしちゃって、結局鹿島さんに連絡を取るのをやめてしまった。
モヤモヤしたまま夜の教室の日が来てしまった。あの二人にどんな顔して教えたらいいんだろう。僕は悩みながら、教室、つまりキッチンルームを軽く掃除していた。
ここは僕の家を増築して作った教室なんだ。これが出来るまでは小さな自宅キッチンと公民館なんかで仕事していた。ネット配信もしたけど、やっぱり僕は目の前に生徒さんがいるスタイルが好きなんだ。
――――ピンポーン
あれ、まだ一時間以上あるけどな。早く来ちゃったのかな。僕はもしかして鹿島さん、それとも美原さんかもと思って、性懲りもなくドキドキしてしまった。
「先生、すみませぇん。早く来てしまったんだけど、大丈夫ですかねぇ」
モニターに映っているのはエリート会社員の沢城さんだった。いつもながらスーツをビシッと着ている。まだ三十前なのに一部上場企業の課長代理だから、きっと出世頭だよね?
沢城さんはアラサートリオの中では、一番若いんだよ。でも、髪型とか七三分けの短髪だからそう見えない、落ち着いた物腰柔らかな人だ。
「いいですよ。どうぞ」
本当は入れたくないんだけど、外は雨だし、まあいいか。って思ってしまった。こういうとこだよね。僕のダメなのは。
沢城さんはいつものニコニコ笑顔で入って来た。傘を傘立てに置き、ハンカチで濡れた個所を吹いている。そして上着をハンガーに掛けた。
「申し訳ない。お詫びになにかお手伝いしますよ」
僕がテーブルを拭いていると、カッターシャツをめくって隣にやってきた。わあ、僕その仕草に弱いんだよ。シャツから覗く腕の筋肉が丁度よい感じでセクシーだ!
「あ、えっと、それでは、そちらのテーブル拭いてもらえますか」
「了解」
雨のせいか、いつもはきっちり止まってる前髪がふわりと額にかかってる。僕の胸がざわざわしてるのは、気のせいじゃないよね。
「どうしました? 顔が赤い。熱あったりして!?」
沢城さんは何の躊躇もなく僕の額に手を当てた。いや、マジで熱上がる!
「熱はないみたいだなぁ。えっ! 先生、大丈夫?!」
僕が今にもぶっ倒れそうになっているのを、沢城さんは慌てて抱き起した。すっごく近い。
「だ、大丈夫ですっ」
「そう? あ、すみません。つい」
僕はテーブルに片手をついて自分の体重を支えた。沢城さんは僕から少し離れてその様子を暖かな双眸で見ている。僕は動悸を整え、背筋を伸ばす。
「先生、最近困ってませんか?」
沢城さんがハスキーボイスで問う。
「え? いえ、別に困りごとはないですよ」
鹿島さんと美原さんのことはちょっと困ってる、というかどうしたらいいのかわかんなくて迷っている。でも、そんなこと言えるわけもないし。
「そうですかぁ? 私の勘違いかな。私で良ければ何でも相談にのりますから、遠慮なく言ってくださいねぇ。まあ、法律と犯罪は別に専門家がいるけど」
今の案件は、その専門家が絡んでます。
「ありがとうございます。沢城さんはお優しいですね」
僕は世辞でもなくそう言った。
「いやあ、そればっかりでね。おかげで彼女もいないんです」
いつもより自由な前髪を掻き上げる。爽やかな風がその笑顔と共に僕の前を横切った。沢城さんはきっとノンケだ。本当に困ったら相談しようかな。彼を見上げながら、僕はそう思った。
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