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第3話
しおりを挟むメバルの煮つけとほうれん草の胡麻和え、お味噌汁といったメニュー。皆さん満足してくれただろうか。
「先生、これ本当に美味しいですね。ウチのにも食べさせてやらんと」
小島さん、嬉しいお言葉!
「是非とも。奥さんを喜ばせてあげてください」
この教室に妻帯者の方は五人。つまり、例のアラサー三人組の他は既婚者なんだ。みなとても愛妻家のようで、この教室にも『少しでもお料理ができるようになって奥様の負担を軽くしたい』という理由で応募した方が多い。そういうの、選びたくなるよね。離婚の準備という人は、ごめんなさいしてしまった。
料理教室といえば、綺麗な女性教師を求める人が多いと思うのに、僕なんかの教室を選んでくれて本当に感謝しかないよ。
でも、男ばかりでお酒も無く食べる料理はどうなんだろう。四回目だし、少しは打ち解けていればよいけど。
「美原さん方は結婚の予定とかないんでっか?」
妻帯者の一人、松田さんが聞く。関西出身なのかイントネーションがそっち系なんだけど、それ、あんまりいい話題じゃないんじゃないかな。僕はハラハラしながら、でも耳を澄ませた。
「ああ、僕は予定ないですね。鹿島さん、沢城さんはどうですか?」
美原さんが相変わらずのポーカーフェイスでそう答えた。
「俺もない。興味ない」
つっけんどんに言うのは鹿島さん。興味ないって、どうとればいいんだろう。
「私も今のところ考えてないなあ。なにより仕事が忙しくて。恋愛もできませんよ」
食事をするときは、キッチンの横にある大きなテーブルでみんなで食べる。女性の教室の時は、天気のいい日、テラスで食べたりもするけど、男性教室は夜なので、ここで食べることになる。
その大きなテーブル、僕の真ん前にはどういうわけかアラサートリオが並んでいる。沢城さんは、目の前にいる僕に微笑みかけながら言った。
沢城さんは三人のなかでは一番柔らかい話し方をする。人懐こいところがある『いい人』って感じだ。
「恋愛ね」
鹿島さんが意味ありげにそう繰り返すと、彼もまた僕を見る。その様子を見て美原さんも僕を見た。なんで、目の前の三人ともが僕をガン見しているのか。魚が背中に入りそうなんだけど。
「先生はどうなんですか? お三方と同世代じゃないですか」
小島さん、ナイス突っ込みと言いたいところだけど、三人の瞳がきらりと光ったよ。
「僕はまだまだです。ようやくこの仕事が楽しくなってきたところなんで」
「でも先生、モテるんやないですか。昼間のクラスの女性陣に」
松田さん、追い打ちかけないで。
「いえいえ。昼間のクラスの生徒さんは、大抵が恋人いらっしゃったり、奥様だったりですので」
ホントにそうなんだけど、何故か彼女たちはそういうことお構いなしなんだよね。
「先生、来週の献立はなんですか? この季節のおススメですよねぇ」
こんな話題はもう結構とばかりに、沢城さんのハスキーボイスが話を変えた。正直ありがたい。
「はい。今が旬のホタルイカを使おうと思っています。美味しいですよ。期待してください」
ようやく三人の視線攻撃が止み、次のレシピについて会話は盛り上がった。
今日のレッスンも終わり。生徒さんを送り出す。一息つきながら、僕は落ち着かない。どうしてもインターホンに目がいってしまうんだ。また鳴らないかと思ってドキドキそわそわしてる。
鹿島さん、先週は何も言わず、逃げるように帰ってしまったし、あれから1週間、何もなかった(連絡先を交換しているわけでないから、あるわけないんだけど)。
今日、僕は盗み見るみたいにしてたけど、彼はどうだったのかな。鹿島さんは彫が深くて外国人みたいなんだ。長い睫毛も素敵なんだよ。
――ピンポーン
「来た!」
僕はインターホンに飛びつく。はしたないけど、めっちゃ待ってた。
『俺です』
予想通り、モニターには鹿島さんの姿が映っていた。黒い薄手のジャケットを羽織って、カメラを睨んでる。僕は、心臓がはためくのを抑えながら扉を開けた。
「先生、先週はいきなりすみませんでした」
ぶっきらぼうなんだけど、このワイルドさが僕のツボだ。どうしよう。生徒さんとこんな関係になっても大丈夫かな。
僕は鹿島さんを家に上げもせず、玄関のタタキで話をした。生徒さんが出入りするからかなり広めの玄関だけど、それでも距離が近い。
「いえ……あ、でも困るって言ったほうがいいのかな」
「もし、良かったら」
「はい」
「もう一度忘れ物もらってもいいかな」
え……それって、そういうことだよね? 僕は真っ赤になったまま、頷いた。鹿島さんの大きな手が僕の顎にかかり、上を向かせる。あの時感じた柔らかい唇が乗せられて……。
この間は驚きすぎてわかんなかったけど、どら焼きみたいな感触だ。甘くて柔らか……。鹿島さんの唇が僕のそれを食みだした。わあ、蕩けそうだよ。
――ピンポーン!
鹿島さんとの甘いキスに僕がうっとりとしたとき、またインターホンの音が玄関に鳴り響いた。僕らは慌てて体を離した。
「だ、誰……?」
僕は玄関のモニターを覗く。そこには、美原さんが立っていた。
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