逃亡騎士と霊体魔法師 ──俺、死んでないからね!──

夜野綾

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第1章

2 カミル、謀反人にされる

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 最悪の瞬間、というのは、最悪だから最悪というのだな。
 この意味のない内容を、カミルはずっと頭の中で繰り返していた。
 物事は、計ったように綺麗に動くものだ。本人が理解するより遥かに速く、その者が属する『種類』は決定される。カミルは「よりによって父親である近衛騎士団長を殺害した上、王を暗殺しようとしていた者を王宮へ引き入れた、近衛騎士にあるまじき大罪を犯した者」となった。『犯罪者』という種類に入れられた以上、本人の弁明を聞く者はいないのだ。
 実のところ、弁明すべき言葉さえ、カミルは持ち合わせていなかった。
 なにせカミル自身、どうして自分が謀反人と言われているのか、さっぱりわからなかったからだ。
 じめじめした石牢の中で、カミルは途方に暮れていたし、悲しみに押しつぶされそうな気分でもあった。
 自分が、父を殺した? それは可能性さえ考えたことのない罪だった。
 子どもの頃から、父は厳格ではあったものの、自分を可愛がってくれた。兄と一緒に剣の鍛錬をしていれば、丁寧に指導してくれた上に、必ずほめてくれた。勉強すればするほど父は嬉しそうな顔をしてくれた。誰よりも公正であり、温かく真面目な父だった。
 父のような高潔な騎士となる。
 それはカミルにとって最も大切な夢であったし、だからこそ、数か月前に初めて部下ができた時には、父のところへ飛んで行ったのだ。
 親の七光りなどという甘えを許さない父であったればこそ、騎士団に入れた時、第3小隊長に任命された時、カミルは素直に喜ぶことができたし、父への憧れを強くした。父に近づきたくて、すべてにおいて手を抜いたことはない。
 その私が、父を、殺した?
 あり得ないし、自分がそんなことをしていないというのは、自分が一番よく知っている。
 天井に近いところにある鉄格子の小窓を見上げながら、カミルは地の底まで落ちた気分で自分の行動を思い返す。
 昨夜は、夜警の任についていた。配置された衛兵たちの間を巡回する任務だ。夜番の時はいつもそうするように、カミルは王宮の城壁の北から西にかけて、つまり城壁がすっぱり断崖絶壁になっている方──を行き来していた。
 休憩で詰め所に戻ると、父である近衛騎士団長が抜き打ちで監督に来ていた。
「団長、おつかれさまです」
 仕事中の習慣として、カミルは父とは呼ばなかった。父はカミルを見返し、重々しく頷いた。
「今宵も気を引き締めて励め。異常は?」
「はい、現時点において、異常はありません」
「ならばよろしい」
 そう答えてから、父は何かを言おうと口を開いた。言葉にはせず思案してから、カミルを手招きする。
「何でしょうか」
「……カミル。本当に、何もないな?」
「今のところは……」
 何だろう? カミルは父と視線を交わした。ためらった後、父は指先を振った。顔を近づけると、父は耳元でそっと囁いた。
「気をつけろ。どのようなことにも、くじけず対処するように」
「はい……」
 父の意図がよくわからないまま、カミルは休憩を終えて持ち場に戻った。
 新月の夜だった。
 一定間隔で置かれた篝火を目当てに、ゆっくり歩く。突っ立っていると眠くなり、不審者に咄嗟に対応できない。
 北に面した城壁の上を、カミルは東の端まで歩き、折り返す。再び西の端へ近づいた時だった。
 篝火がひとつ、ふっと消えた。
 なぜ、と思うより早く、闇よりなお黒いものが、さっと城壁の外縁を乗り越えたのがわかった。
「何者だ!」
 怒鳴ると同時に、カミルは剣を抜いた。腰につけていたランタンに手を伸ばす。
 すべてが一気に起こった。
 ランタンの灯りも不意に消え、同時に何か甘い匂いが鼻に届く。膝が崩れ、意識が深い闇に吸い込まれる。
 次に目覚めた時には、カミルは城壁の上に倒れていて、他の騎士たちがカミルを取り囲んで顔をのぞきこんでいた。
「なんてことだ……」
 同僚のひとりが茫然と呟く。カミルは意識をはっきりさせようと、頭を振りながら起き上がった。がらんと金属の音がする。
 カミルは視線を下ろした。さっきの音は、血まみれの剣が手から落ちた時のものだった。傍らには白い顔の父が横たわり、血だまりの中に2人はいた。

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