2 / 7
第1章
2 カミル、謀反人にされる
しおりを挟む
最悪の瞬間、というのは、最悪だから最悪というのだな。
この意味のない内容を、カミルはずっと頭の中で繰り返していた。
物事は、計ったように綺麗に動くものだ。本人が理解するより遥かに速く、その者が属する『種類』は決定される。カミルは「よりによって父親である近衛騎士団長を殺害した上、王を暗殺しようとしていた者を王宮へ引き入れた、近衛騎士にあるまじき大罪を犯した者」となった。『犯罪者』という種類に入れられた以上、本人の弁明を聞く者はいないのだ。
実のところ、弁明すべき言葉さえ、カミルは持ち合わせていなかった。
なにせカミル自身、どうして自分が謀反人と言われているのか、さっぱりわからなかったからだ。
じめじめした石牢の中で、カミルは途方に暮れていたし、悲しみに押しつぶされそうな気分でもあった。
自分が、父を殺した? それは可能性さえ考えたことのない罪だった。
子どもの頃から、父は厳格ではあったものの、自分を可愛がってくれた。兄と一緒に剣の鍛錬をしていれば、丁寧に指導してくれた上に、必ずほめてくれた。勉強すればするほど父は嬉しそうな顔をしてくれた。誰よりも公正であり、温かく真面目な父だった。
父のような高潔な騎士となる。
それはカミルにとって最も大切な夢であったし、だからこそ、数か月前に初めて部下ができた時には、父のところへ飛んで行ったのだ。
親の七光りなどという甘えを許さない父であったればこそ、騎士団に入れた時、第3小隊長に任命された時、カミルは素直に喜ぶことができたし、父への憧れを強くした。父に近づきたくて、すべてにおいて手を抜いたことはない。
その私が、父を、殺した?
あり得ないし、自分がそんなことをしていないというのは、自分が一番よく知っている。
天井に近いところにある鉄格子の小窓を見上げながら、カミルは地の底まで落ちた気分で自分の行動を思い返す。
昨夜は、夜警の任についていた。配置された衛兵たちの間を巡回する任務だ。夜番の時はいつもそうするように、カミルは王宮の城壁の北から西にかけて、つまり城壁がすっぱり断崖絶壁になっている方──を行き来していた。
休憩で詰め所に戻ると、父である近衛騎士団長が抜き打ちで監督に来ていた。
「団長、おつかれさまです」
仕事中の習慣として、カミルは父とは呼ばなかった。父はカミルを見返し、重々しく頷いた。
「今宵も気を引き締めて励め。異常は?」
「はい、現時点において、異常はありません」
「ならばよろしい」
そう答えてから、父は何かを言おうと口を開いた。言葉にはせず思案してから、カミルを手招きする。
「何でしょうか」
「……カミル。本当に、何もないな?」
「今のところは……」
何だろう? カミルは父と視線を交わした。ためらった後、父は指先を振った。顔を近づけると、父は耳元でそっと囁いた。
「気をつけろ。どのようなことにも、くじけず対処するように」
「はい……」
父の意図がよくわからないまま、カミルは休憩を終えて持ち場に戻った。
新月の夜だった。
一定間隔で置かれた篝火を目当てに、ゆっくり歩く。突っ立っていると眠くなり、不審者に咄嗟に対応できない。
北に面した城壁の上を、カミルは東の端まで歩き、折り返す。再び西の端へ近づいた時だった。
篝火がひとつ、ふっと消えた。
なぜ、と思うより早く、闇よりなお黒いものが、さっと城壁の外縁を乗り越えたのがわかった。
「何者だ!」
怒鳴ると同時に、カミルは剣を抜いた。腰につけていたランタンに手を伸ばす。
すべてが一気に起こった。
ランタンの灯りも不意に消え、同時に何か甘い匂いが鼻に届く。膝が崩れ、意識が深い闇に吸い込まれる。
次に目覚めた時には、カミルは城壁の上に倒れていて、他の騎士たちがカミルを取り囲んで顔をのぞきこんでいた。
「なんてことだ……」
同僚のひとりが茫然と呟く。カミルは意識をはっきりさせようと、頭を振りながら起き上がった。がらんと金属の音がする。
カミルは視線を下ろした。さっきの音は、血まみれの剣が手から落ちた時のものだった。傍らには白い顔の父が横たわり、血だまりの中に2人はいた。
この意味のない内容を、カミルはずっと頭の中で繰り返していた。
物事は、計ったように綺麗に動くものだ。本人が理解するより遥かに速く、その者が属する『種類』は決定される。カミルは「よりによって父親である近衛騎士団長を殺害した上、王を暗殺しようとしていた者を王宮へ引き入れた、近衛騎士にあるまじき大罪を犯した者」となった。『犯罪者』という種類に入れられた以上、本人の弁明を聞く者はいないのだ。
実のところ、弁明すべき言葉さえ、カミルは持ち合わせていなかった。
なにせカミル自身、どうして自分が謀反人と言われているのか、さっぱりわからなかったからだ。
じめじめした石牢の中で、カミルは途方に暮れていたし、悲しみに押しつぶされそうな気分でもあった。
自分が、父を殺した? それは可能性さえ考えたことのない罪だった。
子どもの頃から、父は厳格ではあったものの、自分を可愛がってくれた。兄と一緒に剣の鍛錬をしていれば、丁寧に指導してくれた上に、必ずほめてくれた。勉強すればするほど父は嬉しそうな顔をしてくれた。誰よりも公正であり、温かく真面目な父だった。
父のような高潔な騎士となる。
それはカミルにとって最も大切な夢であったし、だからこそ、数か月前に初めて部下ができた時には、父のところへ飛んで行ったのだ。
親の七光りなどという甘えを許さない父であったればこそ、騎士団に入れた時、第3小隊長に任命された時、カミルは素直に喜ぶことができたし、父への憧れを強くした。父に近づきたくて、すべてにおいて手を抜いたことはない。
その私が、父を、殺した?
あり得ないし、自分がそんなことをしていないというのは、自分が一番よく知っている。
天井に近いところにある鉄格子の小窓を見上げながら、カミルは地の底まで落ちた気分で自分の行動を思い返す。
昨夜は、夜警の任についていた。配置された衛兵たちの間を巡回する任務だ。夜番の時はいつもそうするように、カミルは王宮の城壁の北から西にかけて、つまり城壁がすっぱり断崖絶壁になっている方──を行き来していた。
休憩で詰め所に戻ると、父である近衛騎士団長が抜き打ちで監督に来ていた。
「団長、おつかれさまです」
仕事中の習慣として、カミルは父とは呼ばなかった。父はカミルを見返し、重々しく頷いた。
「今宵も気を引き締めて励め。異常は?」
「はい、現時点において、異常はありません」
「ならばよろしい」
そう答えてから、父は何かを言おうと口を開いた。言葉にはせず思案してから、カミルを手招きする。
「何でしょうか」
「……カミル。本当に、何もないな?」
「今のところは……」
何だろう? カミルは父と視線を交わした。ためらった後、父は指先を振った。顔を近づけると、父は耳元でそっと囁いた。
「気をつけろ。どのようなことにも、くじけず対処するように」
「はい……」
父の意図がよくわからないまま、カミルは休憩を終えて持ち場に戻った。
新月の夜だった。
一定間隔で置かれた篝火を目当てに、ゆっくり歩く。突っ立っていると眠くなり、不審者に咄嗟に対応できない。
北に面した城壁の上を、カミルは東の端まで歩き、折り返す。再び西の端へ近づいた時だった。
篝火がひとつ、ふっと消えた。
なぜ、と思うより早く、闇よりなお黒いものが、さっと城壁の外縁を乗り越えたのがわかった。
「何者だ!」
怒鳴ると同時に、カミルは剣を抜いた。腰につけていたランタンに手を伸ばす。
すべてが一気に起こった。
ランタンの灯りも不意に消え、同時に何か甘い匂いが鼻に届く。膝が崩れ、意識が深い闇に吸い込まれる。
次に目覚めた時には、カミルは城壁の上に倒れていて、他の騎士たちがカミルを取り囲んで顔をのぞきこんでいた。
「なんてことだ……」
同僚のひとりが茫然と呟く。カミルは意識をはっきりさせようと、頭を振りながら起き上がった。がらんと金属の音がする。
カミルは視線を下ろした。さっきの音は、血まみれの剣が手から落ちた時のものだった。傍らには白い顔の父が横たわり、血だまりの中に2人はいた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説


別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる