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44 答と夢と

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 眠いから寝るわ、と言い残して弥二郎が自室に引き上げ、敬樹もおやすみなさいと自室へ入っていった。
 時宗は海斗の腕の中で、じっとしていた。祖父は自分に会いたがっていた。ずっと、ずっと誰にも触れさせないまま、箱は玄関ホールに置かれていた。時宗が手を伸ばすまで、祖父は10年、箱の中に夢を閉じ込め、待ちわびていたのだ。
『箱の中身はなんだ?』
 そこにはすべてが入っていた。幼い時宗の夢と、老いた祖父の夢。母が守り切った夢と、愛情。
 母が元気でよかった。後で弥二郎に、母の写真があるかどうかを聞いてみよう。そして次の休みには会いに行ってみよう。
 静かだった。時宗が鼻をすする音だけだ。外を走る車の音が微かに聞こえる、穏やかな夜だった。
 ずっと海斗の腕の中で泣いていたことに恥ずかしくなり、時宗は顔を上げた。
「ごめん……」
「いや、お前の母さん、幸せみたいでよかった」
 目が合うと、海斗はふんわりと笑った。
「うん。ずっと……俺のせいで母さんは人生ダメにしたんじゃないかって思ってた。よかった……」
「そうだな。じいさんも、お前のことすごく大事にしてたんだってわかった。やっぱり時宗はすごいな……」
「別に……ただ、いつも真面目にやらなきゃって思って……」
 口ごもると、海斗が優しい目を細めた。
「最初に会った時、時宗、言ったべ? 金もらって嘘つくなんて嫌だって。不誠実な仕事したくないって」
「言ったなぁ」
「あの時お前のこと、ただのいいふりこきかと思ったんだ。でも目を見たら、すごく真剣だった。よく知らない人のためにだって、手を抜かねんだなってわかった。あの時、オレ、思ったんだ」
「何を?」
「こいつと一緒なら、オレはまっとうな人生を送れるんでないかって。お前の目はすごく強くて……きれいだった」
 それはお前だろ? 時宗は思った。澄んだ素直な光。孤独を見据え、愛を渇望する瞳。海斗は続けた。
「ひとりぼっちでも、誰が見てなくても、お前は自分のことを信じていて、自分に対してすごく真面目だ。そして……誰に対しても真面目だ。仕事ちゃんとしてる人の名前をすぐ覚えて、その人を大事にする。オレ、じいさんちで箱に強引に触らないで、掃除してる女の人を大事にした時宗が、すごく好きだった。運転手さん……矢代さんのことも大事にしてる。敬樹や弥二郎さんのことも。ものすごい金持ちのうちなのに、お前は誰のこともバカにしない。ヤクザの運び屋だったってのに、オレのことも大事にしてくれる。
 お前はかっこよくて……オレ、お前に触られるとドキってする。こんなすごい奴が、オレを大事にするなんて、信じられないぐらい、すごいことだ」
「いや……お前はすごいだろ? ヤクザ相手に、お前は耐え抜いて自分の人生を掴んだじゃないか」
「それは、時宗に会ったからだ。お前が引っ張り出してくれたからだ。さっきビデオ見て、やっぱり時宗はすごいって思った。じいさんの仕事を『美しい』って言った。じいさんの仕事を尊敬してる。お前を当主にしようって考えるのは、当たり前のことだ」
 言葉を切り、海斗は時宗の目を覗き込んだ。
「オレにはなんもなかった。でも、お前はオレを……見つけて、大事にして、オレにも色んなものがあるって教えてくれた。なぁ時宗……前に言ったべ? 人手不足だから、一人二役でもいいんでないかって。オレ……その……友だち認定したから友だちだけど、こっ……恋人も、いいかなって……あの……」
 途中から恥ずかしくなったらしくて、海斗は耳まで真っ赤になった。うつむく海斗の目が見たくて、首を曲げて下から見上げる。
「海斗、触ってもいいか?」
「えっ、あっ、うん……」
 愛おしさをこめて、時宗は海斗を抱き寄せた。俺たちは出会った。そして遥かなる旅を共に生き抜き、安らぎの場所を一緒に見つけた。大切な人たちに守られながら。
 ふよふよした髪の毛をそっと撫で、口づける。瞳を守っている瞼に口づける。
 そして、自分の言葉で想いを紡ぐ唇に、時宗は口づけた。素朴で、優しい言葉を生み出す唇に。それは柔らかく時宗を受け入れてくれた。時宗は穏やかな波に身を浸し、寄せては返す幸せに目を閉じた。
 静かに時は過ぎる。2人はたゆたうように唇を離した。
「海斗。桜が咲いたら、4人で花見に行こう。じいさんと一緒にのんびり何か食べて、池の周りを散歩する。どうだ?」
「あぁ……いいな。あったかくて、いい気分だと思う。南の方が、やっぱりオレに合ってるかもしれね」
「そうだな」
 それはきっと美しい場所だ。共に生きる時の庭は、桜の花の下にある。俺たちは湧きあがる微笑みに身を任せ、心のままに、互いを想って生きていく。
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