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24 この仕事、裏に何がある?

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 押し黙って考え事を続ける時宗を、今野は気にしているようだった。時宗はしばらくの間、それに気づかず考えていた。
 はっきり言って、事務所に押し入って弥二郎を連れていくなんて、悪手でしかない。そんなことをして、じいさんが死んだ後の遺産が増えるとでも思っているんだろうか? 弥二郎に怪我をさせたり殺したりしてみろ、地の果てまで追い詰めてブチ殺してやる。
 敬樹との正確なやり取りを確認する。連中は『海斗と時宗って奴はどこだ』と言った。その言い方からいくと、連中は相続を予定している当人ではない気がする。今野がじいさんに会うのを妨害したい者が別な人間を雇った?
 金で人を雇って違法なことをやらせるという発想をするのは、どういう人間だろう。まず金がある。あるいは大金を使うことに抵抗がない。そして法律を守る精神がない。見つからなければ何をしてもいいというタイプ。さらに、自分が汚れ仕事をするのは嫌だ、あるいは世間体が悪いと考えている。
 ……割と近くに、そういうのがいたな。なんで俺は、またあの人種を相手にしなきゃならないんだ?
 まぁいい。あのテの連中の行動パターンは学習済みだ。それを幸運に思うことにしよう。
 こっちは警察を呼んだわけだが、弥二郎を取り返すには、まずその事実が犯人どもに伝わる必要がある。今野宛の顧問弁護士の手紙は写真に撮ってあるわけだから、顧問弁護士を通してじいさんか、あるいは妨害している奴に渡りをつけて……。
「なぁ」
 今野の控えめな声に、時宗は我に返った。真っすぐ前を向いて運転しながら、今野は心配そうな顔をしている。
「難しそうな顔で考え事してっけど、なんかあったんか?」
「あ~、まぁ……」
 今野に関係のある話だ、言わないわけにはいかない。ただ、自分のせいで誰かにトラブルが勃発したとは、今野に思ってほしくなかった。なんて言うべきか。
「ちょっと、東京の俺の雇い主にトラブルがあって」
「急いで帰りたいんか?」
 今野が少し寂しそうな声を出した。
「いや、もう今更何かに乗り換えたってしょうがないだろ。逆に時間かかる」
「……福島で高速下りて新幹線に乗ればいんでないか? そしたら2時間かかんないで東京着く」
 その手があったか……。でも、今野も心配だ。あの白いセダンがどこから見てるのかわからない。高速を下りて時宗を駅まで送るのは、おそらく「ルートから外れる」と見なされる。時宗が新幹線に乗った後の今野のことを考えると、ぞっとする。高速内バス停から時宗だけが徒歩で下りる手もあるが、連中は情報が洩れるのを恐れて時宗のことも追ってくるはず。
 今野の車に乗り込んだ瞬間から、時宗は今野と一蓮托生。
「いや、このままお前の車に乗ってく。お前、高速から下りられないだろ」
 そう言うと、今野は少しほっとした顔をした。お前を見捨てるわけないだろう?
「お前と一緒の方が、東京のトラブルも解決できると思うし」
 考えながら時宗は言った。ここで今野から離れたら共倒れだ。
「なんでだ?」
「それは……まぁ、お前にも関係あることみたいだし?」
「オレ??」
「う~ん、色々あってな……」
 今野はちょっとだけ嬉しそうに言った。
「しゃべる時間いっぱいあるべや。今度はオレ聞くし、オレに関係あることなら、ちゃんと言ってもらわないと嫌だ。だからしゃべれ」
「そうだな」
 さっきと逆だな。
 時宗が今野を見ると、今野も同じことを思ったらしい。横顔が少し笑っている。
「その~、今回俺が受けた依頼っていうのは、お前をじいさんのところまで連れていくことだ。じいさんは昔、娘さん……お前のお母さんの結婚に反対して喧嘩別れになったのを後悔していて、せめて死ぬ前に孫のお前に会っておきたいと思って依頼を持ってきた。で、じいさんの考えでは、お前と話して和解できたら、遺言を書き換えたりしてお前の遺産の取り分を増やしたいらしい」
「よくわかんねぇ。なんで話したら遺産増えんだ? 普通に分ければいんでないか?」
「実は、それには理由がある。じいさんには、お前のお母さんの他にも息子が何人かいる。で、じいさんの事業を継いだ長男……つまりお前の伯父さんっていうのが、どうやらロクデナシらしいんだ。会社を潰しそうで、じいさんとしては会社を他の奴に任せたいんじゃないかと。つまり……」
 今野はミラーを確認してから車線変更をした。雪はもう路面に残っておらず、速い車も増えてきている。スピードを上げ、遅い車を抜く。見張っているヤクザどもとは違って、今野の運転は本当にきれいで、酔いそうな無駄な揺れは一切ない。
 走行車線に戻ってから、今野は口を開いた。
「つまり、オレに会社継がせたいっていうんか?」
「かもしれない、っていう話だ。これはあくまでも俺の推測でしかない」
「んじゃ、やっぱりオレがじいさんに会っても意味ねぇべ。会社なんかもらったって足抜けできね」
「そうなんだが、うちの事務所の所長は、普通に金で相続できるっぽい言い方だった。税金の話とかしてたしな。だから、まだ会社と決まったわけじゃない。金と会社、両方っていう可能性もあるし。で、問題はここからなんだが……」
 さてどう言ったものか。
「その~、午前中に、俺の働いてる探偵事務所に、訪問者があったっていうんだ。お前と俺の2人がどこにいるのかを教えろって。だいぶ強引なやり方だったらしくて、うちの事務のバイトやってる奴、昨日話した敬樹が、怯えて電話してきた。事務所のパソコンやファイルも勝手に見て、挙句うちの所長……っていっても俺の叔父なんだが、その所長を連れて行った、と」
「はっきり言えや。強盗みたいなことされたんでねぇのか?」
「正直なところ、そんな感じだったらしい」
「まともでねぇ奴のやり方なんて、どこもおんなじだ。その長男ってのが、会社取られたくねぇんだべな」
「多分そうなんだと思う。元々、顧問弁護士が大っぴらにお前を探しに行くと妨害があるかもってんで、こっちが受けた依頼だった。じいさんは俺の叔父のちょっとした昔馴染みだって言ってたしな。で、警察に電話するように敬樹に言ったから、今頃は現場検証やら事情聴取やらが始まってると思う。叔父は……今のところ、どこに連れて行かれたのかわからない」
 今野の顔が曇った。
「オレがどこにいるか吐けって殴られたりしてんでねぇか? 心配だな」
「そうなんだよな……」
 嫌な話だろうな、と時宗は思った。今野には具体的に想像できてしまうはずだ。
「オレ別に会社とかいらねぇのに、もう会社取られるとか思ってんのか」
「そういうもんだろ、断るとは普通思わないんじゃないか?」
「そうか? オレなんにもいらねって誰かに言えば、叔父さん返してもらえんでないか?」
「返してもらえるって言ったって……お前の足抜けのこと考えたら」
 淡々と今野は言った。
「最初っから無理だって言ってたでねぇか。……気にすんな。オレ何にもいらねって連絡すれ。オレなんかより、叔父さん助けてやんないと」
 そういうこと言うなよ。
 俺は弥二郎も大事だけど、お前も大事だ。寂しそうに、諦めた顔するな。
「言ったろ? 最後まで考えるって。お前が生きのびる方法として金が必要なら、自分の甥の相続を妨害するような、ロクでもない奴にくれてやることない。東京に着いたら後ろの荷物をまず届けて、そしたらもうバックレてじいさんのとこに駆け込もうぜ。じいさんも、お前が借金のカタに今の仕事やらされてるって知ったら援助してくれるだろ」
「途中で捕まったら」
「そん時はそん時だ。俺はお前から離れないからな」
 今野は複雑な顔をした。不安と安堵、諦めと期待、疑いと信頼。
「……会ったばっかで、なんでお前そんなにオレのこと真剣なんだ?」
 その質問に、時宗は笑って答えた。
「だって俺は、お前を連れて行かないと報酬がもらえない。仕事は最後までやらないと。それに……お前の友だち認定もまだだ」
「なるほど」
 今野は声をあげて笑った。
「じいさん、金持ちみたいだからな。……ほんとにいるんかどうか、わかんねぇけども」
 あの匿名の手紙なら、確かに信用ならない。でも妨害があったってことは、逆に財産の話は本当っぽくなってきた。
 俺が仕事の報酬目当てだと思ってるなら、今野は少しは安心するだろう。変な説教くさい理由なんかより、よっぽど信用できる。実際は? 俺は金なんか、この際どうでもいい。お前の友だちっていう地位の方がよっぽど大事だ。
 そしてあわよくば恋人認定もしてほしい。
 というのは言わないけども。
 じいさんに連絡がつけば、弥二郎の拉致を指示した奴に直接連絡するだろう。今のところはそれが一番いい方法だ。まず今から顧問弁護士に電話して、あとは東京に行ってからだ。
 時宗は、ひとまずそう結論づけた。


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