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19 すべては夢だ。

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 今野はヘッドボードの時計でアラームをセットしてあった。
 電子音に起こされた時宗は、首を動かして表示を見る。8時。けっこうちゃんと寝られたな。
 起き上がって目をこする。また一日、車の中か。サービスエリアで何かうまいもの食えるといいな。多分今日もずっと高速で、観光気分はちょっとしか味わえないだろうから。そんなことを考えながら隣を見る。今野も起き上がり、ぼけっとした顔で時宗を見ていた。
「オレ、そっちのベッドでなかったっけ……?」
「全然覚えてないのか?」
「……うん」
 困ったような今野の顔に、時宗は微笑んだ。そうか。よかった。
 夕べのあれは、あざといお誘いじゃなくて純粋に寝ぼけただけだった。やっぱり今野はノンケで、ただ、時宗を警戒しないでくれているだけだ。
「お前、トイレに行った後かなんかで、寝ぼけてそっちのベッドに入り込んできたんだ。狭いから寝にくいだろうし、寝かせておいてやりたくて、俺がこっちに移った」
「あ~、そうなんか。起こして悪い」
「いや、お前だって疲れてんのに、シャワー譲ってもらったし。気にすんな」
 申し訳ない顔。
 今野……ほんとにお前はいい奴だよ。俺は、自分がバカ兄貴みたいに見境なく手を出す人間じゃなかったっていう誇りを胸に生きていくことにするわ。
 という考えはおくびにも出さず話題を変える。
「何時に出るんだ?」
「とりあえず、準備できたら出発する。朝飯はコンビニでなんか買う」
「了解。お前先にバスルーム使うか?」
「ん」
 今野はベッドから降りて、ぺたぺたバスルームに入っていった。
 時宗は立ち上がり、カーテンを開けた。昨日までとは違って、空は綺麗に晴れている。外の気温は低いかもしれないけれど、今野が運転しやすい路面ならいいと時宗は思った。今日一日で、今野との旅路は終わる。東京に着く前に弥二郎に電話をかけて、事務所でじいさんがどこにいるのかを聞いたら、そこに案内して時宗の仕事は終わり。
 俺のことは、今野に話さない方がいい。こうやって意気投合して仲良く旅ができたなら、それ以上は望むべきじゃない。自分の家のことは話せないし、今野の訳ありな生活も、じいさんと今野が話し合ってどうにかするものだ。他の親戚が妨害してきたら一緒に対抗してやりたいけれど、それも結局は今野の一族が話し合わなければならないこと。
 自分ができることなんかない。
 ……連絡先ぐらいは、聞いてもいいだろうか。ごくたまに、声を聞いたりメッセージをやりとりしたりするぐらいは許されるかもしれない。
 それで、金ができたら北海道に旅行に行く。
 うん。それで満足するべきなんだ。
 俺は俺の生活に戻る。今野は今野の生活に戻る。そうしたら、ごくごく普通の友人として長くいられる。
 それが一番いいと思う。
 窓の外には冬の青森が広がっている。高い建物はなく、街の向こうには海がちらりと見えた。
 昨日あの海を渡ってきたんだな。今野の生まれた場所を後にして。冬の海は、夜だったせいであまり見えなかった。次は昼に来たい。できたら夏がいい。穏やかで優しい海が見たい。広くてちょっぴり意地悪で、でも無言の思いやりに溢れた海を渡って、今野に会いに戻れたらいい。
 北への憧れは、いつか叶うだろうか。
 それとも今野が南に憧れて、自分に会いに東京まで来てくれたりしないだろうか。
 時宗は力なく笑った。
 すべては夢だ。時宗自身の今の状況を考えたら、自分はきっとこの先、闘うために今野を忘れなければならなくなる。
 だから東京までの旅路は、せめて楽しいものがいい。尾行やら何やらトラブルなんて、本当はないほうがいい。
 時宗は窓に背を向けると、身支度の準備をするためにリュックを持ち上げた。バスルームの水音が止み、今野が出てくる。
「オレ終わった」
 そう言うと、今野は自分のバッグに手を伸ばした。
 今野の着替えを見ないように、時宗はそそくさとバスルームに入っていった。


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