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165 『東京』にて(10)
しおりを挟む薫が帰着するのを、怜は待ち受けていた。屋島の運転で薫が食堂に着くと、怜は薫を見上げて嬉しそうに笑った。
「よく撃てたなぁ。薫さん、やっぱり狙撃の腕すごくない?」
「いや……お前が殺されるのを阻止するためなら、なんだってするさ。お前の方は? 被害は出たか?」
「数人怪我したけど、命に別状はない。……ギリギリの作戦で、軍の人たちには申し訳ないなぁと思ってる」
顔を曇らせた怜に、横にいた自衛軍の小隊長が応じる。
「ヒヤヒヤしましたけど、怜さんが体張ってましたからね。俺らも負けられんなと。戦車を相手にして死者が出なかったのは何よりです」
避難の最中だった住民たちが、連絡を受けて少しずつ戻り始めていた。破壊された建物も多いし、まだ消火活動が続いている地域もある。街を立て直すためには嘆いている暇はない。
薫と怜にはまだやることがあった。高遠の死体の回収だ。
万が一のことを考えて、2人は小隊の護衛と共にはしごで建物に上がった。
コンクリートの平らな屋根の縁に、高遠はぽつんと転がっていた。兵たちの撤退の条件として死体を置いていかせたというが、それにしても寂しい最期だと思う。
薫は不思議な感覚の内にいた。
自分の手ですべてに決着をつけたはずなのに、実感がまったくない。頭がぼおっと疲れていて、目の前に高遠が──生まれる前から自分の宿敵だった男が──死んで横たわっているのに、なんの感慨もわかなかった。
部下が銃口を向けて警戒する中で、2人は黙って死体を見下ろした。
「……終わったの?」
「わからん」
怜も同じ感覚なのだと薫は思った。そう、怜もまた生まれる前からこいつに振り回されていた。薫と怜を引き合わせる縁を作った男は、その2人に徹底的に憎まれる男だった。
こいつがいない人生なんて、考えてみれば初めてなんだな。
薫は靴先で高遠をつついてみた。間違いなく、確実に死んでいる。
顔は影になって見えなかった。見たいとは思わなかったが、ライトを当てて一応本人であることを確認する。
「まぁ、よかったんじゃない? こいつは薫さんに殺されたがってたわけだし」
「一方的なやられ方は不本意だろうがな」
「だからいいんじゃない? こいつの思い通りじゃなかったっていうのが、オレは満足だけど?」
「俺もそれは思う」
怜は飽きたように踵を返し、ひとり、はしごの方へ歩き出した。
「死体袋に入れてくれるか?」
薫の指示に、部下が頷く。数人が持ち上げた一瞬、複数のライトに照らされて高遠の顔の陰影がくっきりと見えた。
「……ちょっと待て」
薫はその顔をまじまじと見た。痩せている。まさしくそれは2年前にやりあった時からの同じ顔、なのだが。
「怜!」
振り向き、薫は怒鳴った。
「影武者だ!」
「えっ?!」
こちらへ顔を向けた怜の後ろで、ひとりの男が小銃を振り上げる。自衛軍の装備にヘルメットをかぶり、顔が見えない。
「高遠!!」
薫は咄嗟に動いた。銃を抜き、男を狙う。だが間に合わなかった。男は怜のこめかみに銃底を叩き込むと、昏倒した怜を肩に担ぎ向こう側へ走り出す。
「止まれ!」
怒号にひるまず、男はロープを掴んだ。いつ用意したのか、打ち込まれたアンカーでロープの端が固定されている。怜が担がれているせいで発砲できない!
男はロープを掴み、口を歪めて笑って見せた。走り寄る薫たちの目の前で、男と怜が消える。
駆けつけて下を見る。男は待ち受けていた黒いRV車に怜を放り込むと、自分も乗り込み、あっという間に裏路地の闇へ去った。
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