そして悲しみは夜を穿つ

夜野綾

文字の大きさ
上 下
163 / 181

163 『東京』にて(8)

しおりを挟む
「怜さん!」
 沢城の声が響くと同時に、北で爆発音が上がった。
「避難が間に合わない。みんな逃げたくないって言いだしてて」
「対戦車ミサイルを撃つことになるかも。みんなのお店は壊れるけど、生きていればやりなおせる。戦場から民間人は出たほうがいい! 全員退避!」
 怜は腹の底から怒鳴った。今ここでセンチメンタルな御託を並べている時間はない。
 食堂の横に停めてあった自分の小さな車へ歩み寄り、中から発煙筒を持ち出す。食堂の前へ戻ってくると、怜は仁王立ちのまま、発煙筒に火をつけた。
「全員、よく聞いて!」
 動き回っていた人々が止まる。地響きを立てて爆発音がもう一度。だが怜は動じなかった。
「ここにオレがいる限り、戦車は攻撃してこない。いい? 連中の狙いはオレだ。高遠は必ず、オレに偉そうなマウントを取りに来る。顔を見せて一発演説をぶたずにいられないクソ野郎だ。
 オレは絶対にここから動かない。だからここは絶対に燃えない。すべてが終わったら、みんな必ずここに戻ってきて」
 断固とした口調の怜に、住民たちは聞き入っていた。
「街を作るのは人だ。弱い人たちだ。人が集まって街ができる。もしここを壊されたって、人が集まれば街はできる。街にオレたちが集まるんじゃない。オレたちがいる場所が街なんだ。それを忘れないで!」
 赤い光に照らされて、怜はギラギラした目でひとりひとりの目を見据えた。怜の目を見返して、ある者はうなずき、ある者は泣きそうな顔になる。
 決意をこめて、みんなが動き始めた。手近な車に乗れるだけ乗り込み、いっぱいになった順に南へ出発していく。
「怜さんが、ひとりになっちゃう」
 一番泣きそうな顔をしているのは、沢城だった。
「おれ残っても……」
「ダメ。お前が残ってどうするの。戻ってきた時に、お前がいないと店が回らない」
 厳粛な言葉に、沢城の顔が歪む。
「そんなこと言って……怜さんが死んだら終わりじゃないすか」
「オレは死ぬつもりない」
 唇を引き結んだ怜に、沢城はすがりそうな目をした。怜は動かなかった。仁王立ちのまま、北を見据え続ける。
「行って。オレはここにいる」
 以前のような弱い部分は微塵も見せず、背筋を伸ばした怜に、沢城は従う他なかった。
「怜さん、ほんとに、ほんとに死なないでくださいよ。お願いだから」
 そう言うと、沢城は怜の隣にいる竹田をちらりと見た。竹田は最初から怜の副官として防弾ジャケットを着用し、アサルトライフルを持っている。銃も腰に装備していて、丸腰の沢城とは対照的だ。
 そんな竹田にうらやましそうな顔をすると、沢城は「よろしくお願いします」と頭を下げた。そのまま背を向け、やってきた車に乗り込む。
 住民が去っていく道に、ひときわ大きな爆発音が轟く。
「怜さん」
「行け!」
 顔を向けずに怒鳴った怜に、沢城は諦めて窓を閉めた。車は南へ脱出していった。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

処理中です...