114 / 181
114 蒲田にて(34)
しおりを挟む
「はぁ、はぁ……あぁ……もう無理……」
朦朧としながら怜は呟いた。体がぐにゃぐにゃで、腕を上げるのさえ億劫だ。隣では、同じように荒い息をした薫が転がっている。
「俺も……もうだめだ。これ以上は……」
へたりこむように薫の腕が降ってくる。力が入らないくせに、薫は怜を引き寄せようとしていた。やっとの思いで体を動かし、薫の腕の中に潜りこむ。薫は嬉しそうに怜の額やら瞼やらに小さく唇を当て、リラックスした顔で怜を見つめた。
「満足したか?」
「うん。薫さんは?」
「俺? ……あとは、お前のナカを綺麗にして、足の爪を切ったら満足だ」
「……どれだけ欲張りなの?」
不意に薫は怜をぎゅうぎゅう抱き締め、感極まったように囁いた。
「長かった。長かったんだ……ほんとに」
怜はじっとしていた。体全体で包み込むように抱き込まれ、すがるように言われると、怜は不思議な気持ちになった。
2年前は、薫が怜を一方的に保護し可愛がってくれているだけだと思っていた。自分が愛玩動物になったような感覚だったのを覚えている。怜は怯えた兎で、薫は安心する巣穴を提供する者だと。
今こうして抱きあっていると、怜の中には薫を守りたいという欲求のようなものが湧きあがってくる。薫が弱いからというより、弱い人間同士、対等にお互いを支え合いたいという感覚に近い。
「木島さんを演じていたときも、けっこうオレにべたべたしてたよね……考えたら」
「あれは……こうやって実際にセックスしたら俺だとバレるからできなくて……でも、どうしてもお前がそばにいると爆発しそうで、少しガス抜きになるかと……」
「なった?」
「全然だめだったな。かえって煽られて、お前を帰した後が地獄だった。仕事にもならなくて、半泣きでコスってた」
怜はくすくす笑った。
クールなイメージの木島が、泣きながらトイレでコスっている姿はなかなか間が抜けている。
「笑うな。ほら風呂行くぞ。お前のナカを洗わないと」
「多分、2人とも足腰立たないんじゃない?」
「そうかもしれないが、このまま……」
薫の手が、怜の腹を撫でる。耳元で艶めいた声が囁く。
「俺の出したモノを腹の中に入れておいたら、お前の体に悪い」
「残念。最高にヨかったのに」
「ご希望なら、また注いでやる」
恋人同士の淫らな会話。互いの体の奥に官能が灯る。唇を重ね、舌を絡ませ唾液を混ぜる。
「ん……」
唇を離すと、薫がゆったりと怜の腕を引いた。
「風呂に行こう……シャワーの下で、お前のナカに指を挿れて、ゆっくりと……かき混ぜて、お前の腹が、どのくらい俺を呑んだか確認してやる」
薫さんって、とんでもなくエロい。
怜は声を上げて笑うと、けだるい体を持ち上げた。
恥ずかしさに耐えてナカを洗ってもらったご褒美に、怜はダイニングテーブルでプリンを食べていた。このツヤ、何回見てもうっとりする。甘くて滑らかで……。
薫は足元にうずくまるように胡坐をかいていた。念願の爪切りに集中しきっている。ぱちん、ぱちんと切ってから、丁寧に形を整えやすりをかける。
大きな手に裸足が包みこまれるたびに、さざ波のような心地よさが広がって、怜はプリンを飲み込むとほっと息を吐いた。空になった容器をテーブルに置き、壁に寄りかかる。
「……落ち着いたか?」
「うん」
静かな時間。足の親指がするりと撫でられ、怜はとろりとした目で薫を見下ろした。
歯磨きにしても、爪切りにしても、薫はそうした行為をただの身支度のようにはやらない。それは怜の細胞そのものに快感を混ぜ込む性的な接触だった。
普段ならくすぐったいか、大して意識しない部分なのに、今、足の指先は敏感な性感帯になっている。薫がするりと足指の間を撫で、優しく掴んで爪を切る。ぱちん。爪先が手の平に包みこまれ、ゆったりとさすられる。
順番に爪を切り、終わると薫は爪先に口づけた。
「そんなとこ……」
「怜の足は、敬うに値する」
「どういう言い方?」
目を上げ、薫は微笑んだ。
「きれいな足だ」
「そうは思わないけど」
「自分を否定するのは……やめてくれ」
そうか。高遠の罠に引き戻され、自分を無価値だと強固に思い込むのは薫の不安を呼ぶ。言葉として口に出さない方がいいんだ。
「それでも……足を尊敬する人って世の中にあんまりいない気がする」
うん。これは一般的な話としての言い方。
「あまりいない。でも、ここにいるのはお前と俺だけだ。俺たちは対等な価値を持っていて、俺はお前の足が綺麗だと思ったから、そう言っただけだ」
「なるほど……じゃあ、爪を切ってる時の薫さんの指先が綺麗って言っても、薫さんは否定しないってことだよね?」
「まぁ……少し……恥ずかしくはあるがな」
「ふ~ん」
「……悪い。お前も恥ずかしいのはわかるんだが……」
怜は身をかがめ、薫の額にキスした。
「オレを甘やかすのが楽しいんだったら、もうこの話はなし。薫さんは言いたいことをいっぱい言って、オレをべたべた甘やかす。その代わり、オレもいっぱい言いたいことを言う。決まりね?」
「わかった」
唇を触れ合わせる、柔らかいキス。
もう、いらない。権力争いも、搾取も、虐待も、抗争も。
互いが互いの小さな部分に喜びを見出し、穏やかな日常を送ることにこそ、人生の価値がある。
怜は考えていた。
これが最後だ。部屋を出たら、オレと薫さんは最後の仕事を終わらせる。
東京に開いた空洞には、人の悲しみが溜まりすぎた。その沼底を、今度こそ抜いてやる。すべての力で穴を穿て。東京の夜を終わらせるために。
朦朧としながら怜は呟いた。体がぐにゃぐにゃで、腕を上げるのさえ億劫だ。隣では、同じように荒い息をした薫が転がっている。
「俺も……もうだめだ。これ以上は……」
へたりこむように薫の腕が降ってくる。力が入らないくせに、薫は怜を引き寄せようとしていた。やっとの思いで体を動かし、薫の腕の中に潜りこむ。薫は嬉しそうに怜の額やら瞼やらに小さく唇を当て、リラックスした顔で怜を見つめた。
「満足したか?」
「うん。薫さんは?」
「俺? ……あとは、お前のナカを綺麗にして、足の爪を切ったら満足だ」
「……どれだけ欲張りなの?」
不意に薫は怜をぎゅうぎゅう抱き締め、感極まったように囁いた。
「長かった。長かったんだ……ほんとに」
怜はじっとしていた。体全体で包み込むように抱き込まれ、すがるように言われると、怜は不思議な気持ちになった。
2年前は、薫が怜を一方的に保護し可愛がってくれているだけだと思っていた。自分が愛玩動物になったような感覚だったのを覚えている。怜は怯えた兎で、薫は安心する巣穴を提供する者だと。
今こうして抱きあっていると、怜の中には薫を守りたいという欲求のようなものが湧きあがってくる。薫が弱いからというより、弱い人間同士、対等にお互いを支え合いたいという感覚に近い。
「木島さんを演じていたときも、けっこうオレにべたべたしてたよね……考えたら」
「あれは……こうやって実際にセックスしたら俺だとバレるからできなくて……でも、どうしてもお前がそばにいると爆発しそうで、少しガス抜きになるかと……」
「なった?」
「全然だめだったな。かえって煽られて、お前を帰した後が地獄だった。仕事にもならなくて、半泣きでコスってた」
怜はくすくす笑った。
クールなイメージの木島が、泣きながらトイレでコスっている姿はなかなか間が抜けている。
「笑うな。ほら風呂行くぞ。お前のナカを洗わないと」
「多分、2人とも足腰立たないんじゃない?」
「そうかもしれないが、このまま……」
薫の手が、怜の腹を撫でる。耳元で艶めいた声が囁く。
「俺の出したモノを腹の中に入れておいたら、お前の体に悪い」
「残念。最高にヨかったのに」
「ご希望なら、また注いでやる」
恋人同士の淫らな会話。互いの体の奥に官能が灯る。唇を重ね、舌を絡ませ唾液を混ぜる。
「ん……」
唇を離すと、薫がゆったりと怜の腕を引いた。
「風呂に行こう……シャワーの下で、お前のナカに指を挿れて、ゆっくりと……かき混ぜて、お前の腹が、どのくらい俺を呑んだか確認してやる」
薫さんって、とんでもなくエロい。
怜は声を上げて笑うと、けだるい体を持ち上げた。
恥ずかしさに耐えてナカを洗ってもらったご褒美に、怜はダイニングテーブルでプリンを食べていた。このツヤ、何回見てもうっとりする。甘くて滑らかで……。
薫は足元にうずくまるように胡坐をかいていた。念願の爪切りに集中しきっている。ぱちん、ぱちんと切ってから、丁寧に形を整えやすりをかける。
大きな手に裸足が包みこまれるたびに、さざ波のような心地よさが広がって、怜はプリンを飲み込むとほっと息を吐いた。空になった容器をテーブルに置き、壁に寄りかかる。
「……落ち着いたか?」
「うん」
静かな時間。足の親指がするりと撫でられ、怜はとろりとした目で薫を見下ろした。
歯磨きにしても、爪切りにしても、薫はそうした行為をただの身支度のようにはやらない。それは怜の細胞そのものに快感を混ぜ込む性的な接触だった。
普段ならくすぐったいか、大して意識しない部分なのに、今、足の指先は敏感な性感帯になっている。薫がするりと足指の間を撫で、優しく掴んで爪を切る。ぱちん。爪先が手の平に包みこまれ、ゆったりとさすられる。
順番に爪を切り、終わると薫は爪先に口づけた。
「そんなとこ……」
「怜の足は、敬うに値する」
「どういう言い方?」
目を上げ、薫は微笑んだ。
「きれいな足だ」
「そうは思わないけど」
「自分を否定するのは……やめてくれ」
そうか。高遠の罠に引き戻され、自分を無価値だと強固に思い込むのは薫の不安を呼ぶ。言葉として口に出さない方がいいんだ。
「それでも……足を尊敬する人って世の中にあんまりいない気がする」
うん。これは一般的な話としての言い方。
「あまりいない。でも、ここにいるのはお前と俺だけだ。俺たちは対等な価値を持っていて、俺はお前の足が綺麗だと思ったから、そう言っただけだ」
「なるほど……じゃあ、爪を切ってる時の薫さんの指先が綺麗って言っても、薫さんは否定しないってことだよね?」
「まぁ……少し……恥ずかしくはあるがな」
「ふ~ん」
「……悪い。お前も恥ずかしいのはわかるんだが……」
怜は身をかがめ、薫の額にキスした。
「オレを甘やかすのが楽しいんだったら、もうこの話はなし。薫さんは言いたいことをいっぱい言って、オレをべたべた甘やかす。その代わり、オレもいっぱい言いたいことを言う。決まりね?」
「わかった」
唇を触れ合わせる、柔らかいキス。
もう、いらない。権力争いも、搾取も、虐待も、抗争も。
互いが互いの小さな部分に喜びを見出し、穏やかな日常を送ることにこそ、人生の価値がある。
怜は考えていた。
これが最後だ。部屋を出たら、オレと薫さんは最後の仕事を終わらせる。
東京に開いた空洞には、人の悲しみが溜まりすぎた。その沼底を、今度こそ抜いてやる。すべての力で穴を穿て。東京の夜を終わらせるために。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる