78 / 181
78 【2年前】(55)
しおりを挟む
戦前と変わらぬ繁華街の景色は、2人にとって馴染みの薄いものだった。闇に滲む様々な色の光は、見ているだけで心が浮き立つ。色というものは、こんな風に目に心地よいのだ。それはサキにも不思議だった。
レンが隣できょろきょろしながら歩くのを、サキは楽しんでいた。酔っ払いがふらふら歩いてくるのを、レンはびっくりした顔でよける。合田と会っている間に猪口で3杯程度は飲んでいたが、サキが見る限り、足取りはしっかりしていた。
「疲れただろ? いきなり知らない人と飲むなんて」
「う~ん、けっこう面白かったなぁ」
確かに、退屈した感じではなかった。
「面白かったか?」
「うん。なんていうか……たくさんの人の生活のことを考えると、個人的な感情じゃなくて、もっと大きいバランスをよく考えて、失敗した時もそのバランスが大きく崩れないようにしておかないといけないんだって思った」
サキは目を見張った。あの会合で、レンは抗争の本質を見抜いたのか?
「……どうしてそう思った?」
「え? だって、あの人は群馬を仕切ってるんでしょ? こうやって見ると、街はあんまり戦前と変わってない。それは、あの人や他の人たちが抗争を起こさないようにしてるからだし、ちゃんと色々な物が運ばれてきて、それを皆で分け合ってるからだ。で、薫さんはただ『あいつ』を殺して……復讐して終わりっていうことじゃなくて、その後に変な争いが起こらないように、バランスを考えるのが上手な人に頼んだ。違う?」
「怜」
「何?」
素直な目で見上げてくるレンを、サキはじっと見た。なぜ、彼はタカトオに虐げられたのだろう。母と祖母が死ぬまで、レンは2人を守っていたのだろうか。東京へは? 奴から逃げられなかった理由とは何だったのだろう。家族が死んで心が折れたところにつけ込まれたのか。
サキから見れば、一見華奢な体の中には、しなやかに敵をかわす強靭なバネが仕込まれている。幼くさえ見える澄んだ瞳には、人の本性を瞬時に見抜く怜悧な知恵が潜んでいる。
酔った労働者たちが、楽しそうに声を上げて笑いながら2人とすれ違っていく。あ、これおいしそうだな、という誰かの声がして、そうだな、と答える声が響く。
「……なんでもない」
サキは微笑み、歩き続けた。楽しくて仕方がなかった。ひとりの人間の尊厳を垣間見ることが、こんなにも自分に希望を与えるものだとは思わなかった。自分に言い聞かせる。タカトオへの攻撃は、あくまでもレンの人生を守るためだ。だからこそ、確実に奴の組織を解体できる形で排除する。それ以上の私情に走るべきじゃない。
怒りは、あの時ひとまず箱に入れた。だからきっと、それはもう育たない。レンさえいれば、自分は怒りや憎しみを箱に閉じ込め、日の当たらない場所で枯らすことができるだろう。もう、持て余した感情に狂うかもしれないと思う必要はない。
「そこのコンビニで、何かちょっと買って飲み直さないか?」
「あ、いいかも。さっきは緊張してたから。ねぇ薫さん」
「なんだ?」
「プリンも買っていい?」
声を上げて笑い、レンを抱き寄せて人目も構わず髪に口づける。レンは真っ赤になってサキの腕を振り払い、コンビニに入っていった。
レンが隣できょろきょろしながら歩くのを、サキは楽しんでいた。酔っ払いがふらふら歩いてくるのを、レンはびっくりした顔でよける。合田と会っている間に猪口で3杯程度は飲んでいたが、サキが見る限り、足取りはしっかりしていた。
「疲れただろ? いきなり知らない人と飲むなんて」
「う~ん、けっこう面白かったなぁ」
確かに、退屈した感じではなかった。
「面白かったか?」
「うん。なんていうか……たくさんの人の生活のことを考えると、個人的な感情じゃなくて、もっと大きいバランスをよく考えて、失敗した時もそのバランスが大きく崩れないようにしておかないといけないんだって思った」
サキは目を見張った。あの会合で、レンは抗争の本質を見抜いたのか?
「……どうしてそう思った?」
「え? だって、あの人は群馬を仕切ってるんでしょ? こうやって見ると、街はあんまり戦前と変わってない。それは、あの人や他の人たちが抗争を起こさないようにしてるからだし、ちゃんと色々な物が運ばれてきて、それを皆で分け合ってるからだ。で、薫さんはただ『あいつ』を殺して……復讐して終わりっていうことじゃなくて、その後に変な争いが起こらないように、バランスを考えるのが上手な人に頼んだ。違う?」
「怜」
「何?」
素直な目で見上げてくるレンを、サキはじっと見た。なぜ、彼はタカトオに虐げられたのだろう。母と祖母が死ぬまで、レンは2人を守っていたのだろうか。東京へは? 奴から逃げられなかった理由とは何だったのだろう。家族が死んで心が折れたところにつけ込まれたのか。
サキから見れば、一見華奢な体の中には、しなやかに敵をかわす強靭なバネが仕込まれている。幼くさえ見える澄んだ瞳には、人の本性を瞬時に見抜く怜悧な知恵が潜んでいる。
酔った労働者たちが、楽しそうに声を上げて笑いながら2人とすれ違っていく。あ、これおいしそうだな、という誰かの声がして、そうだな、と答える声が響く。
「……なんでもない」
サキは微笑み、歩き続けた。楽しくて仕方がなかった。ひとりの人間の尊厳を垣間見ることが、こんなにも自分に希望を与えるものだとは思わなかった。自分に言い聞かせる。タカトオへの攻撃は、あくまでもレンの人生を守るためだ。だからこそ、確実に奴の組織を解体できる形で排除する。それ以上の私情に走るべきじゃない。
怒りは、あの時ひとまず箱に入れた。だからきっと、それはもう育たない。レンさえいれば、自分は怒りや憎しみを箱に閉じ込め、日の当たらない場所で枯らすことができるだろう。もう、持て余した感情に狂うかもしれないと思う必要はない。
「そこのコンビニで、何かちょっと買って飲み直さないか?」
「あ、いいかも。さっきは緊張してたから。ねぇ薫さん」
「なんだ?」
「プリンも買っていい?」
声を上げて笑い、レンを抱き寄せて人目も構わず髪に口づける。レンは真っ赤になってサキの腕を振り払い、コンビニに入っていった。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説




男子寮のベットの軋む音
なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。
そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。
ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。
女子禁制の禁断の場所。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる