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70 【2年前】(47)
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車を取り替え、サキとレンは一路北を目指していた。
黙りこくって、レンはさっきサキが狙撃銃を手配したことを考えていた。
サキ自身が、タカトオを狙撃する気なのだろうか。そして自分がそれを手伝う?
あの男が、果してそれで死ぬのだろうか。レンにとって、父親は怪物のような存在だった。たとえ額に大穴を開けても、あいつは笑ってワインを飲んでいるんじゃないだろうか。子供の頃に漫画か何かで見たドラキュラを想像して、レンは変な気分になった。
あれでも父親なんだから、その繋がりは大事にすべきなんだろうか。レンにそうした感覚は正直ない。覚えているのは、ずっと母を虐げて金を巻き上げていた男の姿だ。知らない『政府』の男が待つ部屋に無情にも蹴り込む靴裏の感覚。何を言っても論理を捻じ曲げ、レンを蔑む屁理屈に変える歪んだ口元。14歳まで、レンはあいつに会ったことはなかったわけで、いくらいい思い出を探そうとしても、タカトオは途中から乱入して自分の人生を滅茶苦茶にした他人としか思えなかった。
考え事をしているレンのことを、サキは気にしているらしい。しばらく行くと、サキは前を向いて運転しながらレンに声をかけた。
「すまん、俺の計画を説明していないまま、あれこれ話して」
「……あいつを狙撃するつもりって」
「まぁあんなのでも、お前の父親だ。もし帰るなら……」
レンはしばらく進行方向を見つめ、首を振った。
「オレとあいつとの関係を知らない奴は、お父さんを大事にしろ、殺すなんてやめろって言うと思う。でも……母さんとばあちゃんを大事にしなかったのはあいつで、自分の子供を大事にしなかったのも、あいつだ。薫さんがあいつをブチ殺したいと思う理由だってわかるし、あいつは薫さんだけじゃなくて、たくさんの人の人生を奪ってダメにしてきた。……オレ自身があいつの息子であることを否定したくて、惨めな気分になってる。だから、薫さんがあいつを撃つのは……他の人は悪いことだって言うかもしれないけど、オレは、なんていうか……関係ないって感じがする。それに、あいつが誰にも影響を与えないっていうなら放っておけばいいけど、多分、今の東京でそれは無理だ」
「そうか」
信号待ちで赤信号を見ながら、サキはペットボトルを開け、一口飲んだ。しゅわっという炭酸の音が聞こえる。
「……薫さんって、炭酸好きなの?」
「ん~? いつも飲むわけじゃないが……無性に飲みたくなる時ってないか?」
「あぁ確かに。ねぇ一口もらっていい?」
「ん」
差し出されたペットボトルを受け取って一口飲む。甘いオレンジの味が舌の上で弾け、ぱちぱちした感覚が喉を伝う。蓋を閉めてペットボトルをドリンクホルダーに戻すと、レンはそれを眺めた。信号が青になり、サキが車を発進させる。細かく泡立ちながら、オレンジの液体は楽しそうに揺れた。
「……こういうのが好きっていうのは、子供っぽいのかな」
「はぁ? 味の好みに大人っぽいも子供っぽいもないだろ。自分が気に入ってるかどうかで。好きな物に他からケチをつけられる筋合いはないと思うんだが」
あほくさいなと呟くと、サキはエアコンの温度を下げた。
その答を、レンは噛みしめた。口の中に甘い味が残る。顔を上げ、レンはサキの目を見た。
「オレ、薫さんにつく」
「そうか」
サキは微笑んで、ちらりとレンを見た。進行方向に視線を戻す。
「実のところ、俺は奴を追い込む計画は立てていなかった。行動に移そうと思ったのは……お前が右手を怪我して帰ってきたからだ」
「え?」
傷パッドが貼られた右手を持ち上げ、レンは目で理由を聞いた。
「……まぁ俺の勝手な感情なんだが、俺は、お前の頭を押さえつけているものを取り除いて、お前が心の底から笑う顔を一度だけ見てみたいと思った。だからこれは、俺のエゴだ。だから……終わった後でお前が俺を恨んでも構わない」
「家族のためじゃないの?」
「違うな」
「それって……」
訝しげな顔をしていたのだろう。サキは苦笑し、手を伸ばすとレンの頭をくしゃりとかき回した。
「わからなくていい。忘れてくれ、話し過ぎた」
サキはそのまま車を運転し、それきり何も話さなかった。
黙りこくって、レンはさっきサキが狙撃銃を手配したことを考えていた。
サキ自身が、タカトオを狙撃する気なのだろうか。そして自分がそれを手伝う?
あの男が、果してそれで死ぬのだろうか。レンにとって、父親は怪物のような存在だった。たとえ額に大穴を開けても、あいつは笑ってワインを飲んでいるんじゃないだろうか。子供の頃に漫画か何かで見たドラキュラを想像して、レンは変な気分になった。
あれでも父親なんだから、その繋がりは大事にすべきなんだろうか。レンにそうした感覚は正直ない。覚えているのは、ずっと母を虐げて金を巻き上げていた男の姿だ。知らない『政府』の男が待つ部屋に無情にも蹴り込む靴裏の感覚。何を言っても論理を捻じ曲げ、レンを蔑む屁理屈に変える歪んだ口元。14歳まで、レンはあいつに会ったことはなかったわけで、いくらいい思い出を探そうとしても、タカトオは途中から乱入して自分の人生を滅茶苦茶にした他人としか思えなかった。
考え事をしているレンのことを、サキは気にしているらしい。しばらく行くと、サキは前を向いて運転しながらレンに声をかけた。
「すまん、俺の計画を説明していないまま、あれこれ話して」
「……あいつを狙撃するつもりって」
「まぁあんなのでも、お前の父親だ。もし帰るなら……」
レンはしばらく進行方向を見つめ、首を振った。
「オレとあいつとの関係を知らない奴は、お父さんを大事にしろ、殺すなんてやめろって言うと思う。でも……母さんとばあちゃんを大事にしなかったのはあいつで、自分の子供を大事にしなかったのも、あいつだ。薫さんがあいつをブチ殺したいと思う理由だってわかるし、あいつは薫さんだけじゃなくて、たくさんの人の人生を奪ってダメにしてきた。……オレ自身があいつの息子であることを否定したくて、惨めな気分になってる。だから、薫さんがあいつを撃つのは……他の人は悪いことだって言うかもしれないけど、オレは、なんていうか……関係ないって感じがする。それに、あいつが誰にも影響を与えないっていうなら放っておけばいいけど、多分、今の東京でそれは無理だ」
「そうか」
信号待ちで赤信号を見ながら、サキはペットボトルを開け、一口飲んだ。しゅわっという炭酸の音が聞こえる。
「……薫さんって、炭酸好きなの?」
「ん~? いつも飲むわけじゃないが……無性に飲みたくなる時ってないか?」
「あぁ確かに。ねぇ一口もらっていい?」
「ん」
差し出されたペットボトルを受け取って一口飲む。甘いオレンジの味が舌の上で弾け、ぱちぱちした感覚が喉を伝う。蓋を閉めてペットボトルをドリンクホルダーに戻すと、レンはそれを眺めた。信号が青になり、サキが車を発進させる。細かく泡立ちながら、オレンジの液体は楽しそうに揺れた。
「……こういうのが好きっていうのは、子供っぽいのかな」
「はぁ? 味の好みに大人っぽいも子供っぽいもないだろ。自分が気に入ってるかどうかで。好きな物に他からケチをつけられる筋合いはないと思うんだが」
あほくさいなと呟くと、サキはエアコンの温度を下げた。
その答を、レンは噛みしめた。口の中に甘い味が残る。顔を上げ、レンはサキの目を見た。
「オレ、薫さんにつく」
「そうか」
サキは微笑んで、ちらりとレンを見た。進行方向に視線を戻す。
「実のところ、俺は奴を追い込む計画は立てていなかった。行動に移そうと思ったのは……お前が右手を怪我して帰ってきたからだ」
「え?」
傷パッドが貼られた右手を持ち上げ、レンは目で理由を聞いた。
「……まぁ俺の勝手な感情なんだが、俺は、お前の頭を押さえつけているものを取り除いて、お前が心の底から笑う顔を一度だけ見てみたいと思った。だからこれは、俺のエゴだ。だから……終わった後でお前が俺を恨んでも構わない」
「家族のためじゃないの?」
「違うな」
「それって……」
訝しげな顔をしていたのだろう。サキは苦笑し、手を伸ばすとレンの頭をくしゃりとかき回した。
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