そして悲しみは夜を穿つ

夜野綾

文字の大きさ
上 下
69 / 181

69 【2年前】(46)

しおりを挟む
 サキが乗り換え用の車の場所を調べ、これから向かう場所へのルートをあれこれ検索しているうちに、レンは戻ってきた。助手席へ戻ると、ビニール袋に頭を突っ込んでサキに頼まれた物を引っ張り出している。
「すまん、ちょっと開けてもらえるか」
 おにぎりを指差しながら、サキは電話をかける。レンはまたも、番号を滑らかに打ち込むのが信じられないという顔をして横に座っている。
「田嶋か。受け取った。ありがとう」
『いや、何でもない。無事に脱出できてよかった。今どこだ』
「所沢だ。次に言うものを頼む。まず宿。前橋かその周辺で確実に今夜泊まれるように予約を頼む。ツインでもダブルでもいい、男2人で。今日の昼には部屋に一旦入って仮眠できるように交渉してくれ。つまり、チェックインが今日の昼12時、チェックアウトはホテル側のルールで構わない。次にスマホ用に、ハンズフリーのデバイス。それから明日の朝までに、調整済みの狙撃銃。豊和M1500辺り。単眼鏡と双眼鏡、距離測定器。それとヘリコプターを用意してくれ。作戦の細かいところは決まり次第……メールの方がいいか。俺はこれから移動する。何かあればこの番号に連絡を」
『了解した』
 通話を切り、おにぎりを受け取ってかぶりつく。時間は8時になろうとするところだ。ぺろりと一個平らげると、サキは次の相手に電話をかけた。レンは黙ってサンドイッチを食べ、お茶を飲みながら会話を聞いている。
 コール一回でエトウは電話に出た。
「翔也、待たせてすまん。状況は?」
『こっちは全部できてる。あとはお前だけだ』
 無駄が一切ない会話は心地いい。
「よし。俺はこれから前橋へ移動する。ちょっとした交渉をして、今夜はそのまま一泊。明日作戦開始だ。タカトオのケツを引っ叩いてそっちに追い立てたら、速攻で戻る。いいか?」
『なるほど。今回お前が北にほいほい行ったのは、それが狙いだったか』
「そういうことだ。明日の夕方には終わらせる。頼めるか」
『了解。薫、楽しみ過ぎるなよ』
「お前もな。終わったら飲みに行くぞ」
 電話の向こうでエトウが笑った。
『正直なところ、酒なんてずっと飲んでないから、だいぶ弱くなった気がする。薫。お前は?』
「そうだな。俺もずっと飲んでいない」
 エトウが不意に静かな声で言った。
『終わったら、東京にもう一回スタバ呼ぼうぜ』
「……スタバ?」
『そう。俺は抹茶フラペチーノが懐かしいんだ。田嶋も呼んで、3人でだらだら飲む。どうだ?』
 サキは微笑んだ。エトウの奴。
「いいな。でも今の東京じゃ、治安が悪すぎて出店してもらえないんじゃないか?」
『ま、その辺は俺らでなんとかすればいいんじゃないか? そういや大学時代、付き合ってた彼女にスタバの限定タンブラーをプレゼントしたことがある。猫がついたやつ』
「へぇ……翔也、その話なんで今まで黙ってた。彼女はどうなったんだ」
『タンブラーは気に入ったらしいんだが、俺は気に入ってもらえなかったみたいで、半年で別れた。あいつ普通にタンブラー使ってやがんのに、別れたら徹底的に俺を無視したんだぞ』
「そりゃ……話したくないわけだ」
『傷つくわ~』
 声を上げて笑う。
「とりあえず、スタバのコーヒーがまた飲めるまでは死なないでくれよ」
『それは俺のセリフだ。薫。何をしてもいいが、戻ってこいよ』
「あぁ」
 通話を切り、エンジンをかけながら前を見る。
 スターバックスの名前は、『白鯨』の登場人物が由来だ。エトウはあのリストを読み解き、統括ペンダントの場所を突き止め管理下に置いている。
 持つべきものは友だな。
 センターコンソールのポケットにスマホを置くと、サキは微笑みながら車を出した。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

処理中です...