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65 【2年前】(42)
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目を覚ますと同時に、サキは頭を上げて日の光を確認した。ガラス戸から入る光の角度をざっと目で測る。
6時半にしときゃよかった。その方が角度がわかりやすい。
まぁいいか。今の時期、日の出が4時半前後なので、この角度からいくと、時間は5時半を過ぎた辺り。
サーキュレーターを回しガラス戸を開けたまま寝たので、部屋の中の居心地はマシだった。
腕に抱え込んだレンを見下ろす。寝息が胸に当たって暑いけれど、サキはそのままレンの髪を撫で、規則正しく呼吸する若い体の重みを楽しんだ。
レンに触れながら寝られてよかったと、サキは思った。夕べは、レンと一緒に眠ったら、また怒りが湧き上がるのではないかと恐れていた。でもその心配は無用だった。
モールス信号を外に送り、歯を磨いてシャワーを浴びると、サキは恐る恐るレンの隣に横たわった。寝顔を眺め、投げ出された指先を引き寄せて口づけると、サキの心は緩んだ。タカトオへの怒りは二の次になり、まず目の前のレンが健やかに眠ってくれることに意識が向く。
レンに笑って欲しかった。
出会った頃は、自分がレンに与えられるものは何もない、だからレンに近づくべきじゃないと漠然と思った。
それは間違いだった。タカトオの言う庇護欲も違う。
サキは単純に、隣に座ったレンが屈託なく笑う姿を思い描いている。自分が何かを与えるなんて、おこがましいとサキは思った。レンこそが、自分に優しさと安らぎを与えてくれる。そこにいて、一緒に眠ってくれるだけで、レンはサキが生きていくために必要な人生の価値を教えてくれるのだ。
理屈なんかなかった。ただ、肌がほんの少し触れ合っただけで何かがこみ上げてくる。人は、この感情を今だけのものだというだろうか。吊り橋効果だと? なんでもいい。今この一瞬、レンがサキと共にくうくう寝ている。痛々しく傷ついた体を横たえる寝床に、サキの存在を許してくれている。
身を起こし、枕に肘をついてレンの寝顔が見える角度にすると、サキはしばらく眺めた。誰かが一方的に守るだけでは、レンの力は発揮させられない。レン自身が父親を排除することはできないものだろうか。
生きるための純粋な力を、もしレンが本気で使ったら、どんな可能性があるだろう。
色々なことを考える。抑圧ではなく解放をレンが味わえたなら。
レンの瞼が動き、ゆっくりと目が開いた。ぼんやりしている。
「おはよう、よく眠れたか?」
ぱちぱちと数回まばたきをし、レンは腕を上げて伸びをした。しなやかな仕草だ。大あくびをしてから、レンはしばらくサキをぼけっと見た。相手が誰なのかを理解してから、照れたようにふわんと笑う。
「薫さん、おはようございます」
夕べのことは何も聞かず、サキはただ身をかがめ、レンの鼻先にキスをした。柔らかい笑顔が愛おしかった。
辛いことがあっても、一日の最初にレンの顔を見られるのは良いことだ。レンも同じ気持ちであればいい。あってほしい。
「手は大丈夫か? 動かせるか?」
レンは何を言われたかわからない顔をした。驚かさないようにレンの右手を取り、目の前に持ってきてやる。痛みを思い出したように顔をしかめて、レンはそれを見た。
「あ~、そうか、切っちゃったんだ」
「何があったか、言わなくてもいいが……深いのか?」
「えぇと、数針縫ったって医務室の人が説明してくれました。でもまぁ……銃は撃てると思う」
「そうか」
抱き寄せて、耳元で小さく囁く。
「6時になったら、ここを脱出する。計画を話すから、聞いてくれ」
レンは黙ったまま、小さく頷いた。
「身支度をしたら、お前は2階の支援物資倉庫へ向かってくれ。そこに味方がいる。何らかの脱出方法を用意しているはずだ。こっちで俺が騒ぎを起こす。敵方が俺に対処するために動き始めたら、エントランスに向かえ。俺も外からそっちへ行く」
身じろぎをして、レンが顔を上げた。サキの耳元に口を寄せ、同じような囁き声で話しかける。くすぐったさを堪えてそれを聞く。
「一緒に……行ってもいいの?」
思わずレンの顔を見た。この期に及んでまだそんなこと考えてるのか?
「当たり前だろ? お前が一緒じゃないなら、俺はここにいる」
真ん丸い目で、レンはサキをまじまじと見た。微笑んで髪を梳いてやる。
「お前はここに残りたいのか? どうしたい?」
「オレは……サキさんと一緒の方がいい。ここはもう、いやだ」
「決まりだな。ちゃんと生き延びて、のんびりしよう」
「うん」
やけに幼い雰囲気で、レンはこくんと頷いた。唇を触れ合わせて希望を交わし、2人は朝の光に身を起こす。
どんな時も、未来をすべて予測しきることは不可能だ。タカトオの恐るべき罠がどこに潜んでいたのかを、レンも、サキも、この瞬間に知ることはできなかった。
6時半にしときゃよかった。その方が角度がわかりやすい。
まぁいいか。今の時期、日の出が4時半前後なので、この角度からいくと、時間は5時半を過ぎた辺り。
サーキュレーターを回しガラス戸を開けたまま寝たので、部屋の中の居心地はマシだった。
腕に抱え込んだレンを見下ろす。寝息が胸に当たって暑いけれど、サキはそのままレンの髪を撫で、規則正しく呼吸する若い体の重みを楽しんだ。
レンに触れながら寝られてよかったと、サキは思った。夕べは、レンと一緒に眠ったら、また怒りが湧き上がるのではないかと恐れていた。でもその心配は無用だった。
モールス信号を外に送り、歯を磨いてシャワーを浴びると、サキは恐る恐るレンの隣に横たわった。寝顔を眺め、投げ出された指先を引き寄せて口づけると、サキの心は緩んだ。タカトオへの怒りは二の次になり、まず目の前のレンが健やかに眠ってくれることに意識が向く。
レンに笑って欲しかった。
出会った頃は、自分がレンに与えられるものは何もない、だからレンに近づくべきじゃないと漠然と思った。
それは間違いだった。タカトオの言う庇護欲も違う。
サキは単純に、隣に座ったレンが屈託なく笑う姿を思い描いている。自分が何かを与えるなんて、おこがましいとサキは思った。レンこそが、自分に優しさと安らぎを与えてくれる。そこにいて、一緒に眠ってくれるだけで、レンはサキが生きていくために必要な人生の価値を教えてくれるのだ。
理屈なんかなかった。ただ、肌がほんの少し触れ合っただけで何かがこみ上げてくる。人は、この感情を今だけのものだというだろうか。吊り橋効果だと? なんでもいい。今この一瞬、レンがサキと共にくうくう寝ている。痛々しく傷ついた体を横たえる寝床に、サキの存在を許してくれている。
身を起こし、枕に肘をついてレンの寝顔が見える角度にすると、サキはしばらく眺めた。誰かが一方的に守るだけでは、レンの力は発揮させられない。レン自身が父親を排除することはできないものだろうか。
生きるための純粋な力を、もしレンが本気で使ったら、どんな可能性があるだろう。
色々なことを考える。抑圧ではなく解放をレンが味わえたなら。
レンの瞼が動き、ゆっくりと目が開いた。ぼんやりしている。
「おはよう、よく眠れたか?」
ぱちぱちと数回まばたきをし、レンは腕を上げて伸びをした。しなやかな仕草だ。大あくびをしてから、レンはしばらくサキをぼけっと見た。相手が誰なのかを理解してから、照れたようにふわんと笑う。
「薫さん、おはようございます」
夕べのことは何も聞かず、サキはただ身をかがめ、レンの鼻先にキスをした。柔らかい笑顔が愛おしかった。
辛いことがあっても、一日の最初にレンの顔を見られるのは良いことだ。レンも同じ気持ちであればいい。あってほしい。
「手は大丈夫か? 動かせるか?」
レンは何を言われたかわからない顔をした。驚かさないようにレンの右手を取り、目の前に持ってきてやる。痛みを思い出したように顔をしかめて、レンはそれを見た。
「あ~、そうか、切っちゃったんだ」
「何があったか、言わなくてもいいが……深いのか?」
「えぇと、数針縫ったって医務室の人が説明してくれました。でもまぁ……銃は撃てると思う」
「そうか」
抱き寄せて、耳元で小さく囁く。
「6時になったら、ここを脱出する。計画を話すから、聞いてくれ」
レンは黙ったまま、小さく頷いた。
「身支度をしたら、お前は2階の支援物資倉庫へ向かってくれ。そこに味方がいる。何らかの脱出方法を用意しているはずだ。こっちで俺が騒ぎを起こす。敵方が俺に対処するために動き始めたら、エントランスに向かえ。俺も外からそっちへ行く」
身じろぎをして、レンが顔を上げた。サキの耳元に口を寄せ、同じような囁き声で話しかける。くすぐったさを堪えてそれを聞く。
「一緒に……行ってもいいの?」
思わずレンの顔を見た。この期に及んでまだそんなこと考えてるのか?
「当たり前だろ? お前が一緒じゃないなら、俺はここにいる」
真ん丸い目で、レンはサキをまじまじと見た。微笑んで髪を梳いてやる。
「お前はここに残りたいのか? どうしたい?」
「オレは……サキさんと一緒の方がいい。ここはもう、いやだ」
「決まりだな。ちゃんと生き延びて、のんびりしよう」
「うん」
やけに幼い雰囲気で、レンはこくんと頷いた。唇を触れ合わせて希望を交わし、2人は朝の光に身を起こす。
どんな時も、未来をすべて予測しきることは不可能だ。タカトオの恐るべき罠がどこに潜んでいたのかを、レンも、サキも、この瞬間に知ることはできなかった。
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