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56 【2年前】(33)
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深夜になって、サキは目を覚ました。つけっぱなしの電気がまぶしい。体がまた痛みだしてはいたが、我慢できないほどではなかった。
腕の中でレンがもぞもぞ動いている。
「眠れないか?」
「……なんか、目が覚めちゃった」
「そうか」
サキは身を離してレンの顔をのぞきこんだ。恥ずかしそうな顔で唇を噛んでいる。
「あの、ごめんなさい」
「何が?」
「いっつも、話の途中ですぐ寝ちゃう」
穏やかに抱き締めて、サキは静かに言った。
「気にしなくていい。おそらくストレスで精神が焼き切れないように自動的に電源が落ちるようになってるんだろう。パソコンみたいだな……」
「よく怒られるんです」
「怒ったって解決しないだろう? 悪化するだけだと思うんだけどな。俺は、お前が寝ている時に一緒に寝ると落ち着くから大歓迎だ。いつでも肩を貸すから言ってくれ」
「……サキさんだけです、そういうこと言うの」
「そうなのか?」
驚いてみせると、レンの体から力が抜けた。ゆっくりと背中をさする。
「歯を磨いて、シャワーを浴びて、ちゃんと部屋を暗くして寝直した方がいい。そういえば歯ブラシも調達してきてくれたんだな」
「だって、なんか、口の中が気持ち悪くて」
「そうだな」
並んで歯を磨いている間も、レンは眠そうだった。時折手が止まる。サキはレンの体を引き寄せ、洗面台に座らせた。
「じぶんで、みがく」
舌足らずな言い方を可愛らしく思いながら、サキは優しく歯ブラシを取り上げた。
「いいから、口を開けてみろ」
ぐらぐらする頭をそっと押さえて、サキは無心で歯を磨いてやった。歯並びはいい方だ。歯ブラシ、歯磨き粉、コップにタオル。細々した物を調達するのに、どれだけ神経を使っているのだろうか。レンは父親に振り回され嫌悪しながらなお、したたかに自分の目的を達成する強さを隠している。
その必死さが、サキには愛おしかった。自分の人生がうまくいかないことを、あの父親のせいにすれば楽なのに、レンはそうしない。常に他人にツケを払わせる父親とは大違いだ。
なんとなく思う。今はまだ力が足りていないけれど、誰かが腕に抱いて心ゆくまで眠らせてやれば、きっとレンは父を倒して自分の人生を手に入れられる。
丁寧に奥歯の裏まで磨く間、レンはサキを信頼しきって壁に頭を預け、口を開けたまま寝ている。
動物として最も弱い場所を自分に晒すレンが、サキには面白い。ずいぶん無防備なスパイもいたものだ。経験上、言い寄ってくる敵がサキには体感でわかる。キスを避ける、あるいは舌を軽く噛んだ時にわずかに体を引く。本人さえ意識しないそうした小さな仕草を読み取れば、見抜くのは難しくない。おまけに、敵意は体臭や味に影響を与え、セックスをえぐみのある苦いものにする。
その鋭い感覚ゆえに、サキはこの6年、ほとんど誰とも体を重ねてこなかった。レンは違う。最初から、レンの感覚はサキと交わり合った。甘く滴る欲望は溶け合い、触れ合った粘膜にはうねりのような快楽が生まれた。
サキがレンを最初から信用したのは、そうした動物的な感覚ゆえにだった。だから歯磨きは楽しかった。レンもまた、こうした動物的な勘に優れているからこそ、サキを信頼し、口の中をいじらせたまま、ぐうぐう寝ている。
不思議な交歓だった。
うっとりと目をつぶるレンのために、サキは硬いプラスチックの先端を揺する。ブラシが歯の繊細な隙間に潜りこみ、快感を残して不浄を洗う。
「……レン、起きろ。自分で口をゆすげるか?」
名残惜しい気分で声をかけると、レンは目をこすって洗面台から降りた。
「ん……」
ふらふら立っているレンのために、サキはコップに水を入れて持たせてやる。レンはぼんやりしたまま口をゆすいだ。
「ほら、寝るぞ? 来られるか?」
目が開いていない。サキはレンの手を引いたまま電気を暗くし、マットレスに戻った。
「おいで。一緒に寝よう」
「ん」
促されるまま素直に横たわったレンは、サキにはお馴染みになった仕草で額を胸にこすりつけ、すべての力を抜いてことんと眠りに落ちた。
「おやすみ」
心をこめてそう言うと、サキはやっと包み込めた温もりに安堵の溜息をついた。
腕の中でレンがもぞもぞ動いている。
「眠れないか?」
「……なんか、目が覚めちゃった」
「そうか」
サキは身を離してレンの顔をのぞきこんだ。恥ずかしそうな顔で唇を噛んでいる。
「あの、ごめんなさい」
「何が?」
「いっつも、話の途中ですぐ寝ちゃう」
穏やかに抱き締めて、サキは静かに言った。
「気にしなくていい。おそらくストレスで精神が焼き切れないように自動的に電源が落ちるようになってるんだろう。パソコンみたいだな……」
「よく怒られるんです」
「怒ったって解決しないだろう? 悪化するだけだと思うんだけどな。俺は、お前が寝ている時に一緒に寝ると落ち着くから大歓迎だ。いつでも肩を貸すから言ってくれ」
「……サキさんだけです、そういうこと言うの」
「そうなのか?」
驚いてみせると、レンの体から力が抜けた。ゆっくりと背中をさする。
「歯を磨いて、シャワーを浴びて、ちゃんと部屋を暗くして寝直した方がいい。そういえば歯ブラシも調達してきてくれたんだな」
「だって、なんか、口の中が気持ち悪くて」
「そうだな」
並んで歯を磨いている間も、レンは眠そうだった。時折手が止まる。サキはレンの体を引き寄せ、洗面台に座らせた。
「じぶんで、みがく」
舌足らずな言い方を可愛らしく思いながら、サキは優しく歯ブラシを取り上げた。
「いいから、口を開けてみろ」
ぐらぐらする頭をそっと押さえて、サキは無心で歯を磨いてやった。歯並びはいい方だ。歯ブラシ、歯磨き粉、コップにタオル。細々した物を調達するのに、どれだけ神経を使っているのだろうか。レンは父親に振り回され嫌悪しながらなお、したたかに自分の目的を達成する強さを隠している。
その必死さが、サキには愛おしかった。自分の人生がうまくいかないことを、あの父親のせいにすれば楽なのに、レンはそうしない。常に他人にツケを払わせる父親とは大違いだ。
なんとなく思う。今はまだ力が足りていないけれど、誰かが腕に抱いて心ゆくまで眠らせてやれば、きっとレンは父を倒して自分の人生を手に入れられる。
丁寧に奥歯の裏まで磨く間、レンはサキを信頼しきって壁に頭を預け、口を開けたまま寝ている。
動物として最も弱い場所を自分に晒すレンが、サキには面白い。ずいぶん無防備なスパイもいたものだ。経験上、言い寄ってくる敵がサキには体感でわかる。キスを避ける、あるいは舌を軽く噛んだ時にわずかに体を引く。本人さえ意識しないそうした小さな仕草を読み取れば、見抜くのは難しくない。おまけに、敵意は体臭や味に影響を与え、セックスをえぐみのある苦いものにする。
その鋭い感覚ゆえに、サキはこの6年、ほとんど誰とも体を重ねてこなかった。レンは違う。最初から、レンの感覚はサキと交わり合った。甘く滴る欲望は溶け合い、触れ合った粘膜にはうねりのような快楽が生まれた。
サキがレンを最初から信用したのは、そうした動物的な感覚ゆえにだった。だから歯磨きは楽しかった。レンもまた、こうした動物的な勘に優れているからこそ、サキを信頼し、口の中をいじらせたまま、ぐうぐう寝ている。
不思議な交歓だった。
うっとりと目をつぶるレンのために、サキは硬いプラスチックの先端を揺する。ブラシが歯の繊細な隙間に潜りこみ、快感を残して不浄を洗う。
「……レン、起きろ。自分で口をゆすげるか?」
名残惜しい気分で声をかけると、レンは目をこすって洗面台から降りた。
「ん……」
ふらふら立っているレンのために、サキはコップに水を入れて持たせてやる。レンはぼんやりしたまま口をゆすいだ。
「ほら、寝るぞ? 来られるか?」
目が開いていない。サキはレンの手を引いたまま電気を暗くし、マットレスに戻った。
「おいで。一緒に寝よう」
「ん」
促されるまま素直に横たわったレンは、サキにはお馴染みになった仕草で額を胸にこすりつけ、すべての力を抜いてことんと眠りに落ちた。
「おやすみ」
心をこめてそう言うと、サキはやっと包み込めた温もりに安堵の溜息をついた。
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