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50 【2年前】(27)
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弟が俺より7歳下っていうのは、前に話したことがあったか? 両親が医者だったってのも。
元々、両親は研修を終らせるまで子供を作る予定はなかったんだが、母親曰く『お父さんとちょっと盛り上がっちゃって』俺が生まれた。で、俺を生んだ後に研修を再開した。
その後、両親は祖父の病院を継いで2人で仕事をしていた。俺が7歳の時に弟の陽哉が生まれた。
戦争が始まって空爆がけっこう多くなった頃、両親は要請を受けて、中野の中央軍事病院に移ることになった。都心の病院がどんどんやられたり疎開したりしていた時期だったから、かなり大変で……1カ月帰ってこられないってのもザラだった。
さて、高遠っていう男は、元々両親と同じ医学部の同期だった。というか俺の父親と友人だった。よくある話だ。2人の男が1人の女に惚れた。女は片方をフって、もうひとりと結婚した。
ところが、フラれた方が重度のストーカー気質だった。それがまぁ……すべての始まりだ。
高遠は内心、自分の方が俺の父親より優秀だと思っていたのに、母は父を選んだ。プライドを傷つけられた奴は、ことあるごとに俺の父親を蹴り落とそうとし始めた。同時に、俺の母親を激しく憎むというか、とにかく嫌がらせをしてくるようになった。
どうも何かそこに、もっと深い事情がある気がしてはいるんだ。何か……3人が隠していることが。両親は高遠がなぜあんなにしつこいのか、それを俺に話さないで死んだしな。
卒業後は、それぞれの進路が別々だったんで、ひとまずは平和だった。高遠の方は、性格は悪いが人の本性を見抜いて上手く使うことに天性の才能があって、かなり早く頭角を現した。
母はけっこう負けん気の強い性格で、父はお人好しだった。母はそういう、父の性格の良さが好きだったんだろうな。
そのままいけば、特に何かが起こるってことはなかったと思う。ところが中央軍事病院で、3人は鉢合わせした。よりによって母と高遠が同じ棟に配属になり、大学時代のゴタゴタが再発した。
高遠はまたもや母に付きまとい、母はものすごく怒った。移動願いを出したものの、人員が足りなくてなかなか希望は通らなかった。
そうしたトラブルを、両親は俺と弟には話さなかった。戦後、同じ職場だった人から聞いて、初めて知ったんだ。当時の俺は、この間話した通りまだ大学生で、弟の面倒を見ながら実家で勉強していた。
大学はほぼオンラインだった。江藤が近くのアパートに住んでて……あいつは両親と姉がいるんだが、家族が疎開したんで、ひとりで東京に残ったんだ。それで飯とレポートの手伝いをアテにして、俺の家の近くに部屋を借りた。のんびりしたもんだった。
そしてあの日。
俺はいつもと同じように勉強していた。天気がいい午後で……。そろそろ弟を車で迎えに行こうと思っていた時に、空爆された。都心じゃなかったのに、どこかのアホが計算を間違ったらしい。
俺の家は無事だったが、中学校の方向から爆発音が聞こえた。
嫌な予感っていうのは、当たるものだ。
いつだってそうだ。
誰か先生から連絡が入って。
……中学校の玄関が……。
直撃だった。
陽哉は少し離れた場所にいたから、死にはしなかった。でもかなりの怪我だった。中央軍事病院に搬送されたっていうことだった。
俺は、来てくれた江藤を助手席に乗せて、車で病院に向かった。両親がいるのはわかってたから、まだ冷静だった。
でも、途中のコンビニでネットを見たら、病院が燃えていた。
そこから先は、あまり覚えていない。
江藤が運転を代わってくれた気がする。
覚えているのは、病院が燃えてて……俺は誰かに押さえこまれて……動けないまま、ずっと見ているしかなかったことだ。
俺は──
戦後、両親と同じ職場だった人に偶然会った時、俺は初めて、家族の死の原因が空爆だけじゃなかったことを知った。
話を聞かせてくれた人によれば、患者を入れる準備をしていた新設棟で3人は死んだ。変な話だそうだ。実は、その棟はまだ使われていなくて、職員が何人かいるだけだった。そこに一発落ちたんで、近づかなければ、なんともなかった。
それなのに、その人が見た時、俺の父は焦って行こうとしていたそうだ。呼び止めて聞くと、手違いで弟がそっちに運ばれたらしいと父は言った。
高遠が、と最後にちらりと言って、父は走って行った。
その数分後、今度は母が、受付近くで大騒動を起こした。高遠をぶん殴り、その辺にあったボールペンを高遠の首に刺そうとして、他の職員に止められた。大暴れした母は、全員を振り切って新棟へ走っていった。
建物には大穴が開いて、火が上がっていた。そこに、動けない弟が運び込まれていた。途中まではなんとか、両親は弟を連れて逃げようとしたようだ。廊下の途中で、3人は力尽きた。
……遺体は……3人が折り重なっていて、分けることはできなかったそうだ。そんな状態の家族から指輪を盗る奴の精神状態って、どういうもんなんだろうな。
戦後、俺は元職員に徹底的に話を聞いて証言を集めた。
やはりというか何というか、犯人は高遠だった。奴は戦後、厚労省の復興チームに入っていたが、俺は奴を告発し『政府』立ち上げから2年後に奴を追い出した。
ただ俺は、奴とは違ってとどめを刺さなかった。
それが今回に繋がっている。
高遠は次は俺をターゲットにしている。何年もかけて金を作り、支配権を広げ……。策略を巡らせてきた。俺はもうしょうがないんで、奴に付き合ってとどめを刺してやろうかと今回考えたわけだ。
多分、もう少し調べた方がいいんだろうな。なぜ奴がこんなに時間をかけて、はりきって俺を狙うのか。
奴の底なしのエネルギーはどこから来ているのか。両親と奴との間に昔何があったのか。
ただ、この6年俺は自分のチームをまとめ上げるのに集中していたから、そういった個人的なことはやってこなかった。江藤が時々調べてくれてはいたが、どうしても俺は……当時の記録や記憶にアクセスするのが嫌で、今までほとんど何もしていない。
どうするか……。
弟はけっこうやんちゃだった。ピアノが上手くて、暇さえあれば弾いてた。
ショパンを弾いたかと思えば、適当にアニソンのアレンジをやってみたり、割と適当だったな、あいつは。
それに、よくしゃべった。学校から帰ってきたら、その日あったことを全部話すまで止まらなかった。当時のスマホのデータは壊れたから、写真も残ってない。
両親の写真も……。
探せば、クラウドのバックアップはあるかもしれないんだが。
どっちにしても、俺はまだ、それを探す気になれないでいる。
元々、両親は研修を終らせるまで子供を作る予定はなかったんだが、母親曰く『お父さんとちょっと盛り上がっちゃって』俺が生まれた。で、俺を生んだ後に研修を再開した。
その後、両親は祖父の病院を継いで2人で仕事をしていた。俺が7歳の時に弟の陽哉が生まれた。
戦争が始まって空爆がけっこう多くなった頃、両親は要請を受けて、中野の中央軍事病院に移ることになった。都心の病院がどんどんやられたり疎開したりしていた時期だったから、かなり大変で……1カ月帰ってこられないってのもザラだった。
さて、高遠っていう男は、元々両親と同じ医学部の同期だった。というか俺の父親と友人だった。よくある話だ。2人の男が1人の女に惚れた。女は片方をフって、もうひとりと結婚した。
ところが、フラれた方が重度のストーカー気質だった。それがまぁ……すべての始まりだ。
高遠は内心、自分の方が俺の父親より優秀だと思っていたのに、母は父を選んだ。プライドを傷つけられた奴は、ことあるごとに俺の父親を蹴り落とそうとし始めた。同時に、俺の母親を激しく憎むというか、とにかく嫌がらせをしてくるようになった。
どうも何かそこに、もっと深い事情がある気がしてはいるんだ。何か……3人が隠していることが。両親は高遠がなぜあんなにしつこいのか、それを俺に話さないで死んだしな。
卒業後は、それぞれの進路が別々だったんで、ひとまずは平和だった。高遠の方は、性格は悪いが人の本性を見抜いて上手く使うことに天性の才能があって、かなり早く頭角を現した。
母はけっこう負けん気の強い性格で、父はお人好しだった。母はそういう、父の性格の良さが好きだったんだろうな。
そのままいけば、特に何かが起こるってことはなかったと思う。ところが中央軍事病院で、3人は鉢合わせした。よりによって母と高遠が同じ棟に配属になり、大学時代のゴタゴタが再発した。
高遠はまたもや母に付きまとい、母はものすごく怒った。移動願いを出したものの、人員が足りなくてなかなか希望は通らなかった。
そうしたトラブルを、両親は俺と弟には話さなかった。戦後、同じ職場だった人から聞いて、初めて知ったんだ。当時の俺は、この間話した通りまだ大学生で、弟の面倒を見ながら実家で勉強していた。
大学はほぼオンラインだった。江藤が近くのアパートに住んでて……あいつは両親と姉がいるんだが、家族が疎開したんで、ひとりで東京に残ったんだ。それで飯とレポートの手伝いをアテにして、俺の家の近くに部屋を借りた。のんびりしたもんだった。
そしてあの日。
俺はいつもと同じように勉強していた。天気がいい午後で……。そろそろ弟を車で迎えに行こうと思っていた時に、空爆された。都心じゃなかったのに、どこかのアホが計算を間違ったらしい。
俺の家は無事だったが、中学校の方向から爆発音が聞こえた。
嫌な予感っていうのは、当たるものだ。
いつだってそうだ。
誰か先生から連絡が入って。
……中学校の玄関が……。
直撃だった。
陽哉は少し離れた場所にいたから、死にはしなかった。でもかなりの怪我だった。中央軍事病院に搬送されたっていうことだった。
俺は、来てくれた江藤を助手席に乗せて、車で病院に向かった。両親がいるのはわかってたから、まだ冷静だった。
でも、途中のコンビニでネットを見たら、病院が燃えていた。
そこから先は、あまり覚えていない。
江藤が運転を代わってくれた気がする。
覚えているのは、病院が燃えてて……俺は誰かに押さえこまれて……動けないまま、ずっと見ているしかなかったことだ。
俺は──
戦後、両親と同じ職場だった人に偶然会った時、俺は初めて、家族の死の原因が空爆だけじゃなかったことを知った。
話を聞かせてくれた人によれば、患者を入れる準備をしていた新設棟で3人は死んだ。変な話だそうだ。実は、その棟はまだ使われていなくて、職員が何人かいるだけだった。そこに一発落ちたんで、近づかなければ、なんともなかった。
それなのに、その人が見た時、俺の父は焦って行こうとしていたそうだ。呼び止めて聞くと、手違いで弟がそっちに運ばれたらしいと父は言った。
高遠が、と最後にちらりと言って、父は走って行った。
その数分後、今度は母が、受付近くで大騒動を起こした。高遠をぶん殴り、その辺にあったボールペンを高遠の首に刺そうとして、他の職員に止められた。大暴れした母は、全員を振り切って新棟へ走っていった。
建物には大穴が開いて、火が上がっていた。そこに、動けない弟が運び込まれていた。途中まではなんとか、両親は弟を連れて逃げようとしたようだ。廊下の途中で、3人は力尽きた。
……遺体は……3人が折り重なっていて、分けることはできなかったそうだ。そんな状態の家族から指輪を盗る奴の精神状態って、どういうもんなんだろうな。
戦後、俺は元職員に徹底的に話を聞いて証言を集めた。
やはりというか何というか、犯人は高遠だった。奴は戦後、厚労省の復興チームに入っていたが、俺は奴を告発し『政府』立ち上げから2年後に奴を追い出した。
ただ俺は、奴とは違ってとどめを刺さなかった。
それが今回に繋がっている。
高遠は次は俺をターゲットにしている。何年もかけて金を作り、支配権を広げ……。策略を巡らせてきた。俺はもうしょうがないんで、奴に付き合ってとどめを刺してやろうかと今回考えたわけだ。
多分、もう少し調べた方がいいんだろうな。なぜ奴がこんなに時間をかけて、はりきって俺を狙うのか。
奴の底なしのエネルギーはどこから来ているのか。両親と奴との間に昔何があったのか。
ただ、この6年俺は自分のチームをまとめ上げるのに集中していたから、そういった個人的なことはやってこなかった。江藤が時々調べてくれてはいたが、どうしても俺は……当時の記録や記憶にアクセスするのが嫌で、今までほとんど何もしていない。
どうするか……。
弟はけっこうやんちゃだった。ピアノが上手くて、暇さえあれば弾いてた。
ショパンを弾いたかと思えば、適当にアニソンのアレンジをやってみたり、割と適当だったな、あいつは。
それに、よくしゃべった。学校から帰ってきたら、その日あったことを全部話すまで止まらなかった。当時のスマホのデータは壊れたから、写真も残ってない。
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