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43 【2年前】(20)
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土埃が漂う中、サキは駅前ロータリーだった広場の反対側から、高架下に開いた大穴を見つめていた。緊迫した雰囲気だ。周囲の建物の中や陰には、狙撃銃やアサルトライフルを持ったメンバーが控えているが、向こうからは誰ひとり見えないはずだった。
穴を通して見える敵側の陽射しの下には、レンとタケがいた。膝立ちの状態だ。タケは左腕を怪我しているようで、だらりと垂れたまま、右腕を上げさせられている。レンは両腕を頭の後ろで組まされていたが、どこかが切れたのだろう。Tシャツが赤く染まっていた。
振り向き、全体の配置をざっと確認すると、サキはひとりで穴に向かう。トンネル状に開いた入口まで来ると、サキは声を張り上げた。
「タカトオ! いるんだろう。出てこい」
奴はいるはずだ。この状況を楽しむために。ついにサキの喉にナイフを突きつけることができる日に、奴が来ないはずがない。
レンとタケを見る。後頭部に銃口を突き付けられ、2人は遠目で見てもわかるほど震えていた。
レンに銃を突き付けている男が怒鳴る。
「タカトオさんに会いたきゃ、境界線を越えてこっちに来い。交渉にはお前ひとりが招待されてる」
「トンネルを抜けた途端に後ろから撃たれるのはごめんだ。まずそっちの手勢がいないことを確認させろ」
「うるせぇ、まずお前が来い。この2人の頭に風穴開けるぞ」
その瞬間、レンが顔を上げた。挑むような顔で声を張り上げる。
「こっちに来ちゃダメだ! サキさん、そのまま帰ってください! 頼むから」
ゴン、と鈍い音が響いた。後ろの男がレンの後頭部を銃で殴ったのだ。レンはそのまま倒れこんだ。
「この2人を助けたければ、お前ひとりでトンネルを抜けてこい! 武器はすべて捨ててからだからな!」
わめいている男も殺気だっている。舌打ちをすると、サキはもう一度振り向いた。配置がどうこうより、エトウの到着を待つべきだった。
「わかった。武器を置いてくる。ちょっと待ってろ」
サキは一旦戻った。副官のヤシマの所へ行くと、アタッチメントから日本刀を外し、足首からバックアップの銃も抜く。
「丸腰で行くつもりですか」
「仕方ないだろ。タカトオの野郎、パニックで簡単に撃っちまいそうな頭の悪い奴に交渉を担当させてる。オツムも人差し指も軽い奴の使い方を完璧に理解してる奴ってのは、厄介なんだ」
溜息をつくと、腕時計を見る。エトウの到着まで、まだ30分はかかるだろう。
ポケットから、用意していた物を出す。小さなそれを手の平に包んだままグロックを抜くと、サキはヤシマに渡した。銃に隠れて、何を渡したのか周囲からは見えないはずだ。
「後を頼む」
「わかりました」
引き継ぎを終らせると、サキはTシャツの首元に手を入れた。鎖の先についた青いペンダントが見えるように外に出すと、ロータリーの真ん中まで歩く。振り向き、全体を見渡す。息を吸いこみ、サキは自分を見ているメンバー全員に語りかける。
「いいか。全員、生きて東京を守り抜け。そしてその後は、自分のために将来の時間を使うんだ」
たったそれだけを言うと、サキはトンネルに向かって無造作に歩き出す。
トンネルを抜け、陽射しの下に出た時、後ろから声がした。
「ようこそ。私の街へ」
振り向く暇もなく、首の後ろで唐突に鎖が引きちぎられ、ペンダントが放り捨てられる。
「ダミーは目障りだ。お前には後でもっといい物を用意しよう。ディナーも準備してあるからな。歓迎の晩餐会といこうじゃないか、薫」
銃口の冷たい感触が首に当たる。サキはそれを無視して振り向いた。
「そうだな。高遠周。お前が死ぬところは、酒を飲みながらゆっくり見たい」
「それは私のセリフだ。ようやく肴を手に入れた」
楽しくてたまらないという声。すべての憎しみを始めた男。タカトオは、女を抱きながらシャンペンを浴びる時のように嗤っていた。哄笑の響きが圧倒的な力で空間を支配する。
「薫、楽しみだったろう? 私と共に過ごす時間を待ち望んでいたんだろう? 私のところに滞在させてやる。好きなだけな」
酷薄な目が薫を誘う。復讐してみろ。私はお前を組み伏せてやる。屈服したお前に灼けた鉄をねじ込んで、死ぬまで私の晩餐の席に釘付けしてやる。
血の中で踊れ。それこそがお前を生かしておいた理由。
男たちの運命を操る支配者が、不気味な口でにぃぃと笑う。じっと睨み据えるサキの目を、黒い喜びを湛えてタカトオが見返す。
「3人とも連れていけ」
タカトオが冷たく命令した。2人を解放しろ、サキがそう声を上げる前に、タカトオは銃を振りかぶった。強烈な一撃、銃底がサキのこめかみを打つ。
昏倒したサキの霞んだ視界に最後に映ったのは、白い顔に血を流して横たわるレンだった。
穴を通して見える敵側の陽射しの下には、レンとタケがいた。膝立ちの状態だ。タケは左腕を怪我しているようで、だらりと垂れたまま、右腕を上げさせられている。レンは両腕を頭の後ろで組まされていたが、どこかが切れたのだろう。Tシャツが赤く染まっていた。
振り向き、全体の配置をざっと確認すると、サキはひとりで穴に向かう。トンネル状に開いた入口まで来ると、サキは声を張り上げた。
「タカトオ! いるんだろう。出てこい」
奴はいるはずだ。この状況を楽しむために。ついにサキの喉にナイフを突きつけることができる日に、奴が来ないはずがない。
レンとタケを見る。後頭部に銃口を突き付けられ、2人は遠目で見てもわかるほど震えていた。
レンに銃を突き付けている男が怒鳴る。
「タカトオさんに会いたきゃ、境界線を越えてこっちに来い。交渉にはお前ひとりが招待されてる」
「トンネルを抜けた途端に後ろから撃たれるのはごめんだ。まずそっちの手勢がいないことを確認させろ」
「うるせぇ、まずお前が来い。この2人の頭に風穴開けるぞ」
その瞬間、レンが顔を上げた。挑むような顔で声を張り上げる。
「こっちに来ちゃダメだ! サキさん、そのまま帰ってください! 頼むから」
ゴン、と鈍い音が響いた。後ろの男がレンの後頭部を銃で殴ったのだ。レンはそのまま倒れこんだ。
「この2人を助けたければ、お前ひとりでトンネルを抜けてこい! 武器はすべて捨ててからだからな!」
わめいている男も殺気だっている。舌打ちをすると、サキはもう一度振り向いた。配置がどうこうより、エトウの到着を待つべきだった。
「わかった。武器を置いてくる。ちょっと待ってろ」
サキは一旦戻った。副官のヤシマの所へ行くと、アタッチメントから日本刀を外し、足首からバックアップの銃も抜く。
「丸腰で行くつもりですか」
「仕方ないだろ。タカトオの野郎、パニックで簡単に撃っちまいそうな頭の悪い奴に交渉を担当させてる。オツムも人差し指も軽い奴の使い方を完璧に理解してる奴ってのは、厄介なんだ」
溜息をつくと、腕時計を見る。エトウの到着まで、まだ30分はかかるだろう。
ポケットから、用意していた物を出す。小さなそれを手の平に包んだままグロックを抜くと、サキはヤシマに渡した。銃に隠れて、何を渡したのか周囲からは見えないはずだ。
「後を頼む」
「わかりました」
引き継ぎを終らせると、サキはTシャツの首元に手を入れた。鎖の先についた青いペンダントが見えるように外に出すと、ロータリーの真ん中まで歩く。振り向き、全体を見渡す。息を吸いこみ、サキは自分を見ているメンバー全員に語りかける。
「いいか。全員、生きて東京を守り抜け。そしてその後は、自分のために将来の時間を使うんだ」
たったそれだけを言うと、サキはトンネルに向かって無造作に歩き出す。
トンネルを抜け、陽射しの下に出た時、後ろから声がした。
「ようこそ。私の街へ」
振り向く暇もなく、首の後ろで唐突に鎖が引きちぎられ、ペンダントが放り捨てられる。
「ダミーは目障りだ。お前には後でもっといい物を用意しよう。ディナーも準備してあるからな。歓迎の晩餐会といこうじゃないか、薫」
銃口の冷たい感触が首に当たる。サキはそれを無視して振り向いた。
「そうだな。高遠周。お前が死ぬところは、酒を飲みながらゆっくり見たい」
「それは私のセリフだ。ようやく肴を手に入れた」
楽しくてたまらないという声。すべての憎しみを始めた男。タカトオは、女を抱きながらシャンペンを浴びる時のように嗤っていた。哄笑の響きが圧倒的な力で空間を支配する。
「薫、楽しみだったろう? 私と共に過ごす時間を待ち望んでいたんだろう? 私のところに滞在させてやる。好きなだけな」
酷薄な目が薫を誘う。復讐してみろ。私はお前を組み伏せてやる。屈服したお前に灼けた鉄をねじ込んで、死ぬまで私の晩餐の席に釘付けしてやる。
血の中で踊れ。それこそがお前を生かしておいた理由。
男たちの運命を操る支配者が、不気味な口でにぃぃと笑う。じっと睨み据えるサキの目を、黒い喜びを湛えてタカトオが見返す。
「3人とも連れていけ」
タカトオが冷たく命令した。2人を解放しろ、サキがそう声を上げる前に、タカトオは銃を振りかぶった。強烈な一撃、銃底がサキのこめかみを打つ。
昏倒したサキの霞んだ視界に最後に映ったのは、白い顔に血を流して横たわるレンだった。
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