そして悲しみは夜を穿つ

夜野綾

文字の大きさ
上 下
43 / 181

43 【2年前】(20)

しおりを挟む
 土埃が漂う中、サキは駅前ロータリーだった広場の反対側から、高架下に開いた大穴を見つめていた。緊迫した雰囲気だ。周囲の建物の中や陰には、狙撃銃やアサルトライフルを持ったメンバーが控えているが、向こうからは誰ひとり見えないはずだった。
 穴を通して見える敵側の陽射しの下には、レンとタケがいた。膝立ちの状態だ。タケは左腕を怪我しているようで、だらりと垂れたまま、右腕を上げさせられている。レンは両腕を頭の後ろで組まされていたが、どこかが切れたのだろう。Tシャツが赤く染まっていた。
 振り向き、全体の配置をざっと確認すると、サキはひとりで穴に向かう。トンネル状に開いた入口まで来ると、サキは声を張り上げた。
「タカトオ! いるんだろう。出てこい」
 奴はいるはずだ。この状況を楽しむために。ついにサキの喉にナイフを突きつけることができる日に、奴が来ないはずがない。
 レンとタケを見る。後頭部に銃口を突き付けられ、2人は遠目で見てもわかるほど震えていた。
 レンに銃を突き付けている男が怒鳴る。
「タカトオさんに会いたきゃ、境界線を越えてこっちに来い。交渉にはお前ひとりが招待されてる」
「トンネルを抜けた途端に後ろから撃たれるのはごめんだ。まずそっちの手勢がいないことを確認させろ」
「うるせぇ、まずお前が来い。この2人の頭に風穴開けるぞ」
 その瞬間、レンが顔を上げた。挑むような顔で声を張り上げる。
「こっちに来ちゃダメだ! サキさん、そのまま帰ってください! 頼むから」
 ゴン、と鈍い音が響いた。後ろの男がレンの後頭部を銃で殴ったのだ。レンはそのまま倒れこんだ。
「この2人を助けたければ、お前ひとりでトンネルを抜けてこい! 武器はすべて捨ててからだからな!」
 わめいている男も殺気だっている。舌打ちをすると、サキはもう一度振り向いた。配置がどうこうより、エトウの到着を待つべきだった。
「わかった。武器を置いてくる。ちょっと待ってろ」
 サキは一旦戻った。副官のヤシマの所へ行くと、アタッチメントから日本刀を外し、足首からバックアップの銃も抜く。
「丸腰で行くつもりですか」
「仕方ないだろ。タカトオの野郎、パニックで簡単に撃っちまいそうな頭の悪い奴に交渉を担当させてる。オツムも人差し指も軽い奴の使い方を完璧に理解してる奴ってのは、厄介なんだ」
 溜息をつくと、腕時計を見る。エトウの到着まで、まだ30分はかかるだろう。
 ポケットから、用意していた物を出す。小さなそれを手の平に包んだままグロックを抜くと、サキはヤシマに渡した。銃に隠れて、何を渡したのか周囲からは見えないはずだ。
「後を頼む」
「わかりました」
 引き継ぎを終らせると、サキはTシャツの首元に手を入れた。鎖の先についた青いペンダントが見えるように外に出すと、ロータリーの真ん中まで歩く。振り向き、全体を見渡す。息を吸いこみ、サキは自分を見ているメンバー全員に語りかける。
「いいか。全員、生きて東京を守り抜け。そしてその後は、自分のために将来の時間を使うんだ」
 たったそれだけを言うと、サキはトンネルに向かって無造作に歩き出す。
 トンネルを抜け、陽射しの下に出た時、後ろから声がした。
「ようこそ。私の街へ」
 振り向く暇もなく、首の後ろで唐突に鎖が引きちぎられ、ペンダントが放り捨てられる。
「ダミーは目障りだ。お前には後でもっといい物を用意しよう。ディナーも準備してあるからな。歓迎の晩餐会といこうじゃないか、薫」
 銃口の冷たい感触が首に当たる。サキはそれを無視して振り向いた。
「そうだな。高遠周たかとおいたる。お前が死ぬところは、酒を飲みながらゆっくり見たい」
「それは私のセリフだ。ようやく肴を手に入れた」
 楽しくてたまらないという声。すべての憎しみを始めた男。タカトオは、女を抱きながらシャンペンを浴びる時のように嗤っていた。哄笑の響きが圧倒的な力で空間を支配する。
「薫、楽しみだったろう? 私と共に過ごす時間を待ち望んでいたんだろう? 私のところに滞在させてやる。好きなだけな」
 酷薄な目が薫を誘う。復讐してみろ。私はお前を組み伏せてやる。屈服したお前に灼けた鉄をねじ込んで、死ぬまで私の晩餐の席に釘付けしてやる。
 血の中で踊れ。それこそがお前を生かしておいた理由。
 男たちの運命を操る支配者が、不気味な口でにぃぃと笑う。じっと睨み据えるサキの目を、黒い喜びを湛えてタカトオが見返す。
「3人とも連れていけ」
 タカトオが冷たく命令した。2人を解放しろ、サキがそう声を上げる前に、タカトオは銃を振りかぶった。強烈な一撃、銃底がサキのこめかみを打つ。
 昏倒したサキの霞んだ視界に最後に映ったのは、白い顔に血を流して横たわるレンだった。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

処理中です...