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はっと目を覚ましたレンは、がばっと頭を上げた。目の前に、サキの寝顔がある。
呆然とサキを見ながら、レンは激しく後悔した。またやってしまった。以前も気をつけろと言われたのだ。眠くなると一瞬で熟睡してしまうのが、レンの癖だった。
周囲を見渡す。図書館の隅の自習用デスクだ。本を持ってこの自分だけの隠れ場所に潜り込んだところは覚えている。眠くなってきたところに、なぜか突然サキが現れたのも。穏やかに会話をしていたのも覚えている。
でも、サキの実家がこの近くだったというのを聞いた辺りで、記憶はすっぱり切れている。
もうこの人には近づかないと誓ったそばから、この体たらくだ。冷や汗が流れる思いでサキの顔を見る。
サキの顔は、初めて見た時から強い印象をレンに与えた。しっかりした顎、男っぽい首筋。相手が眠っているのをいいことに、レンはしげしげ眺める。整っているだけでなく、知的な顔だった。目をつぶっていると優しげに見えるが、レンが惹かれたのは、サキの強い眼差しだった。
この人の前では何ひとつ隠し事などできないと思わせるような、それでいて温かみを残した目は、普段は凪いだ海のように見える。敵を見据えた瞬間、その目は鋭い切れ味を持つ刃のように光る。
眠っているのに、サキはレンを横抱きにし、落ちないように支えていた。動いたら起きてしまうだろうか。
そろそろと足を下ろす。
これ以上、心が引き寄せられるわけにはいかない。サキの顔を見ていたら、また失敗する。この人に迷惑をかけたくなかった。絶対に、関係を深めるようなことはやめないと。
片足の爪先が床につく。ゆっくりと体を離していく。
床に両足がつき、机に手をかけたところで、サキの目が開いた。
固まったまま、サキの様子を伺う。のんびりとアクビをしたサキは、楽しそうにレンを見下ろした。
やばい。
レンはとっさに体重を移動させ、体を離して勢いよく立ち上がった。
「あ、あの、すみません」
伸びをしたサキは、強張った脚を動かし、にやりと笑う。
「お前って、一瞬で爆睡できるんだな。おかげで堪能させてもらった」
かっと頬に熱が上がる。
「ご、ごめんなさい。話の途中で。宿舎に戻って寝ます」
焦って本に手を伸ばす。サキの手が横から伸び、レンの手首を捕まえる。
離れたはずなのに、レンは力強い手にぐいと引き寄せられた。つんのめるようにサキの胸に頬が当たる。大きな手の平がレンの頭を抱え込み、ゆっくりと髪が梳かれる。
だめだ。こんなの。
とくん、とくん、とサキの心臓の音が耳に聞こえる。
うなじが包まれると、顔が勝手に仰向く。
目の前にサキの瞳があった。この間と同じ、欲望に昏く光る眼だ。
「なぁ……今夜、シャワーを使いに俺の部屋に……」
唇が近い。顔が意識せずに傾き、与えられるものを受け取る姿勢になる。
あと一度だけ、触れたい。体の奥でサキを感じて、その匂いに包まれて眠りたい。
すんでのところで、レンは両手でサキの体を押し返した。
「だ、だめです。もう、こういうのやめないと」
「どうして?」
「だって、サキさんに迷惑がかかる、から」
頬が包まれる。耳の後ろをさすられ、レンは喘ぎそうになった。
「誰かに何か言われたのか?」
「いいえ、だ、誰にも何も言われてません、ただ、あんなふうにサキさんに……あんな、あんなことしてごめ……なさい」
「俺は迷惑じゃないんだがな」
「でもこういうの良くないって思って、もうしません」
何を言っているのか、自分でもわからなくなってきた。サキの胸の上で、これ以上体が近づかないように必死で両手を突っ張っているのだが、やわやわと首筋を撫でられると、力が抜ける。
「俺としたのは、ヨくなかった?」
からかうような声。目を上げると、サキの視線とぶつかる。
この人、こんな顔もするんだ。
優しくて、レンのひとつひとつの仕草を慈しむような目。
「あ……」
口の中がカラカラだった。
「ヨくなかったっていうか、すごくヨかったから、あの、だから良くないっていうか……事情があって、これ以上サキさんを好きになっちゃダメだって、思って」
「事情?」
「これ以上はほんと」
「前にいた場所でのことは報告を受けてる。お前を奪い合って修羅場になったんだろう?」
「知ってたんですか?!」
「一応、ここを仕切ってるからな。新入りが来れば身辺調査の報告はざっと受ける。でもそんなのは関係なく、俺は、お前が気になってる」
恥ずかしさで、レンは真っ赤になった。サキにも淫売だと思われていたのか?
流されたら、絶対に悪いことが起こる。サキが好きだから、絶対に好きになってはいけない。
死に物狂いで体を引きはがすと、レンは泣きそうな顔でサキに言った。
「オレ、さいたまでは誰とも付き合ってません。なんか誤解されてるみたいだけど、それは噂だけです。……こっちでも、誰とも寝ない。この間のことは謝ります。あれはその、襲撃でちょっと我慢できなかっただけで、もうしません」
言わなければいけないことだけを早口で言うと、レンは身を翻した。書架の角を曲がり、全力で逃げ出す。
そのままレンは建物を走り抜け、入口を抜けて宿舎まで逃げ帰った。
呆然とサキを見ながら、レンは激しく後悔した。またやってしまった。以前も気をつけろと言われたのだ。眠くなると一瞬で熟睡してしまうのが、レンの癖だった。
周囲を見渡す。図書館の隅の自習用デスクだ。本を持ってこの自分だけの隠れ場所に潜り込んだところは覚えている。眠くなってきたところに、なぜか突然サキが現れたのも。穏やかに会話をしていたのも覚えている。
でも、サキの実家がこの近くだったというのを聞いた辺りで、記憶はすっぱり切れている。
もうこの人には近づかないと誓ったそばから、この体たらくだ。冷や汗が流れる思いでサキの顔を見る。
サキの顔は、初めて見た時から強い印象をレンに与えた。しっかりした顎、男っぽい首筋。相手が眠っているのをいいことに、レンはしげしげ眺める。整っているだけでなく、知的な顔だった。目をつぶっていると優しげに見えるが、レンが惹かれたのは、サキの強い眼差しだった。
この人の前では何ひとつ隠し事などできないと思わせるような、それでいて温かみを残した目は、普段は凪いだ海のように見える。敵を見据えた瞬間、その目は鋭い切れ味を持つ刃のように光る。
眠っているのに、サキはレンを横抱きにし、落ちないように支えていた。動いたら起きてしまうだろうか。
そろそろと足を下ろす。
これ以上、心が引き寄せられるわけにはいかない。サキの顔を見ていたら、また失敗する。この人に迷惑をかけたくなかった。絶対に、関係を深めるようなことはやめないと。
片足の爪先が床につく。ゆっくりと体を離していく。
床に両足がつき、机に手をかけたところで、サキの目が開いた。
固まったまま、サキの様子を伺う。のんびりとアクビをしたサキは、楽しそうにレンを見下ろした。
やばい。
レンはとっさに体重を移動させ、体を離して勢いよく立ち上がった。
「あ、あの、すみません」
伸びをしたサキは、強張った脚を動かし、にやりと笑う。
「お前って、一瞬で爆睡できるんだな。おかげで堪能させてもらった」
かっと頬に熱が上がる。
「ご、ごめんなさい。話の途中で。宿舎に戻って寝ます」
焦って本に手を伸ばす。サキの手が横から伸び、レンの手首を捕まえる。
離れたはずなのに、レンは力強い手にぐいと引き寄せられた。つんのめるようにサキの胸に頬が当たる。大きな手の平がレンの頭を抱え込み、ゆっくりと髪が梳かれる。
だめだ。こんなの。
とくん、とくん、とサキの心臓の音が耳に聞こえる。
うなじが包まれると、顔が勝手に仰向く。
目の前にサキの瞳があった。この間と同じ、欲望に昏く光る眼だ。
「なぁ……今夜、シャワーを使いに俺の部屋に……」
唇が近い。顔が意識せずに傾き、与えられるものを受け取る姿勢になる。
あと一度だけ、触れたい。体の奥でサキを感じて、その匂いに包まれて眠りたい。
すんでのところで、レンは両手でサキの体を押し返した。
「だ、だめです。もう、こういうのやめないと」
「どうして?」
「だって、サキさんに迷惑がかかる、から」
頬が包まれる。耳の後ろをさすられ、レンは喘ぎそうになった。
「誰かに何か言われたのか?」
「いいえ、だ、誰にも何も言われてません、ただ、あんなふうにサキさんに……あんな、あんなことしてごめ……なさい」
「俺は迷惑じゃないんだがな」
「でもこういうの良くないって思って、もうしません」
何を言っているのか、自分でもわからなくなってきた。サキの胸の上で、これ以上体が近づかないように必死で両手を突っ張っているのだが、やわやわと首筋を撫でられると、力が抜ける。
「俺としたのは、ヨくなかった?」
からかうような声。目を上げると、サキの視線とぶつかる。
この人、こんな顔もするんだ。
優しくて、レンのひとつひとつの仕草を慈しむような目。
「あ……」
口の中がカラカラだった。
「ヨくなかったっていうか、すごくヨかったから、あの、だから良くないっていうか……事情があって、これ以上サキさんを好きになっちゃダメだって、思って」
「事情?」
「これ以上はほんと」
「前にいた場所でのことは報告を受けてる。お前を奪い合って修羅場になったんだろう?」
「知ってたんですか?!」
「一応、ここを仕切ってるからな。新入りが来れば身辺調査の報告はざっと受ける。でもそんなのは関係なく、俺は、お前が気になってる」
恥ずかしさで、レンは真っ赤になった。サキにも淫売だと思われていたのか?
流されたら、絶対に悪いことが起こる。サキが好きだから、絶対に好きになってはいけない。
死に物狂いで体を引きはがすと、レンは泣きそうな顔でサキに言った。
「オレ、さいたまでは誰とも付き合ってません。なんか誤解されてるみたいだけど、それは噂だけです。……こっちでも、誰とも寝ない。この間のことは謝ります。あれはその、襲撃でちょっと我慢できなかっただけで、もうしません」
言わなければいけないことだけを早口で言うと、レンは身を翻した。書架の角を曲がり、全力で逃げ出す。
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