そして悲しみは夜を穿つ

夜野綾

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17 【2年前】(6)

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 マスクが届くと、数日はグループ全体が忙しくなる。公立マーケットや医療施設など、様々な場所へマスクを分配し、売り上げを管理して記録する。こちらに直接買いに来る住民もいて、エントランスの奥のカウンターは、ちょっとした店としても機能していた。
 今月のカウンターのシフトは第3チームだった。ミヤギが所在なさげにカウンターに座り、ぼんやりとエントランスを眺めている。松葉杖が傍らに置かれているが、ミヤギはそれほど落ち込んではいなかった。死ななかったのだから上出来だ。奥の事務室では、第3と第4チームが伝票や帳簿の仕事をしたり、地図を広げて、マスクや支援物資の配達経路を検討したりしていた。第1は建物の警備専門で、それ以外は配達や周囲の警戒に出払っている。
 レンはガラス扉のすぐ内側で「門番」をしていた。入ってくる者には、必ずボディチェックをしなければならない。マスクが届いてから3日経ち、その仕事にもいい加減慣れた頃、ひとりの男がやってきた。
 男は、正確に言えばひとりではなかった。建物の前にある駐車場に車を止め、ひとりで降りてきたのだ。車の中には2人ほどが残っていた。レンが見る限り、護衛のような雰囲気だった。
 エントランスから入ってくると、男はフィルターマスクを外してレンに微笑んだ。30代だろうか。近くで見ると、男は190センチぐらい、レンより20センチ以上背が高い。彼は持っていた紙袋をテーブルに置くと、ジャケットの前をゆっくりめくり、ショルダーホルスターからジェリコを抜く。テーブルに2丁置いて、今度は腰からバックアップの銃を出し、さらにナイフやら予備弾倉やらを積み上げてから、彼はボディチェックのために両手を上げた。
「君は新人さんかい?」
 快活な話し方だった。いたずらっぽい目で、男はレンに話しかける。Tシャツに適当なジャケット、擦り切れたジーンズといういで立ちだったが、その雰囲気には貫禄があった。整った顔をしている。
「はい。まだ2週間経ってません」
「そうか~。前はどこにいたの?」
「……埼玉の方です」
「そっかそっか」
 男はそれ以上聞かなかった。
「あ、袋の中は差し入れだから、チェックしてもらってもいいかな?」
「はい」
 言われたとおり、紙袋の中身を見る。レトルトのハンバーグやらシチュー、カレー、米などが入っていた。
 男はおとなしくボディチェックを受け、紙袋だけ受け取って中へ歩いて行く。カウンターの奥にいたミヤギが声を上げた。
「エトウさん、おつかれさまです」
 エトウと呼ばれた男は、片手を挙げてミヤギに挨拶をすると、カウンターに腰を預けて話し始めた。
 レンがなんとなくそれを見ていると、同じチームの者が事務室からやってきた。交代の時間だった。レンは軽く引き継ぎをして事務室へ向かう。その姿に、ミヤギが会話を中断して話しかける。
「あ、レン。ちょっと待ってくれ」
 ミヤギは紙袋をレンに差し出した。
「昼飯に皆で食べよう。事務室に持っていってくれ」
「わかりました」
 エトウは、ミヤギとそのまま話していた。彼がミヤギに質問するのがレンにも聞こえる。
「で? 『司書』殿は今日はどこに?」
「あぁ、939って言ってました」
「そう」
 何の番号だろう? そう思いながら、レンは事務室に入っていった。

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