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14 【2年前】(3)
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「……さん、サキさん!」
乱暴に揺すられて、サキは飛び起きた。夢を見ていた。遠い昔の夢だ。何かの建物が燃えている夢。
「サキさん」
身を起こしたサキを、レンがのぞきこんでいた。心配そうな顔だ。部屋全体を照らす蛍光灯の光が直接目に入り、サキはまぶしさに顔をしかめた。
「すみません。その、うなされているみたいだったから」
「あぁ……こっちこそすまない」
汗で濡れた額を手の甲でぬぐう。悪夢は最近見ていなかったのだが、よりによってレンがシャワーを浴びにきたタイミングで見てしまったらしい。
「大丈夫なんですか?」
聞いてくるレンに、サキは弱々しく笑った。
「あぁ」
両手で顔を覆い、しばらく息を整える。レンは無言のまま冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを見つけるとそれを持ってきた。
「ありがとう」
水を飲むと、気持ちは楽になった。ベッドの上で壁に右肩をあずけ、ぼんやりと夢をたどる。
夢はいつも同じだ。白い建物が燃えている。中に両親と弟がいることを、なぜかサキは知っている。自分は外で、顔に猛烈な熱風があたっている。家族を助けに行かなくちゃ。でも誰かが怒鳴りながら自分の体を抱え込んでいて、絶対に火の中に入っていくことはできない。どんなに暴れても走ることは許されず、サキはもがく。もがいてもがいて、汗だくで目が覚める。
レンはサキをじっと見ていた。眉間にしわが寄っている。
「すまなかったな。シャワーは浴びたのか?」
「えぇ。ありがとうございました」
そう言ったきり、レンは動く気配がない。サキは夢見のタイミングを恨めしく思いながら、穏やかに言った。
「なんでもない。部屋に戻っても大丈夫だから」
言外に、ほうっておいてくれという意味を込めたつもりだった。だがレンはベッドの足元に座ると、サキの顔を見た。
「さっきあなたは、『ここには全部そろった奴なんかいない』と言った」
「そうだな」
「あなたは……ここで一番良い部屋にいる」
何が言いたい? という顔でサキはレンを見返した。
「オレが前にいたところでは、一番年長の者が一番良い部屋に住んでいた」
あぁ、そういうことか。
「そうだ。このグループの中で、次に『行く』のはおそらく俺だ。そうしたら、ミヤギかタカダ辺りがこの部屋を引き継ぐ。まぁ……順番が決まってるわけじゃないが」
「あなたは……何も思わないんですか?」
レンはぼんやりとハクスリーの表紙を眺めながら言った。
「なぜ。ここはそういう世界だ。もう誰も長生きなんてできないし、子孫を残そうにも、女はほとんどいない。皆、成田の『政府』近くか、安全な地方に引き上げたからな。復興と言いながら、『政府』はただのヤクザ集団に成り果ててる。利益を吸い上げるだけでこっちに寄越す気はさらさらない連中の集まりだ。俺たちは明日食べる物のためにマスクを売り、支援物資をみんなに配り、この地域のささやかな秩序を守る。それだけだ」
溜息をついて、レンは指を組んだ自分の手をじっと見下ろしていた。
「どこへ行っても、皆同じことを言う」
Tシャツを着た肩が、頼りなく落ちていた。あぁ。レンはまだ希望を持っているのだとサキは思った。レンが顔を上げ、サキを見る。自分より、ひとまわり若い顔。
それに気づいて、サキは目を伏せた。
レンに、手を伸ばしてはいけない気がした。何かを与えることができるのは、自分じゃない。
「おやすみなさい」
ぽつりと言うと、レンは立ち上がり、静かに部屋を出ていった。
乱暴に揺すられて、サキは飛び起きた。夢を見ていた。遠い昔の夢だ。何かの建物が燃えている夢。
「サキさん」
身を起こしたサキを、レンがのぞきこんでいた。心配そうな顔だ。部屋全体を照らす蛍光灯の光が直接目に入り、サキはまぶしさに顔をしかめた。
「すみません。その、うなされているみたいだったから」
「あぁ……こっちこそすまない」
汗で濡れた額を手の甲でぬぐう。悪夢は最近見ていなかったのだが、よりによってレンがシャワーを浴びにきたタイミングで見てしまったらしい。
「大丈夫なんですか?」
聞いてくるレンに、サキは弱々しく笑った。
「あぁ」
両手で顔を覆い、しばらく息を整える。レンは無言のまま冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを見つけるとそれを持ってきた。
「ありがとう」
水を飲むと、気持ちは楽になった。ベッドの上で壁に右肩をあずけ、ぼんやりと夢をたどる。
夢はいつも同じだ。白い建物が燃えている。中に両親と弟がいることを、なぜかサキは知っている。自分は外で、顔に猛烈な熱風があたっている。家族を助けに行かなくちゃ。でも誰かが怒鳴りながら自分の体を抱え込んでいて、絶対に火の中に入っていくことはできない。どんなに暴れても走ることは許されず、サキはもがく。もがいてもがいて、汗だくで目が覚める。
レンはサキをじっと見ていた。眉間にしわが寄っている。
「すまなかったな。シャワーは浴びたのか?」
「えぇ。ありがとうございました」
そう言ったきり、レンは動く気配がない。サキは夢見のタイミングを恨めしく思いながら、穏やかに言った。
「なんでもない。部屋に戻っても大丈夫だから」
言外に、ほうっておいてくれという意味を込めたつもりだった。だがレンはベッドの足元に座ると、サキの顔を見た。
「さっきあなたは、『ここには全部そろった奴なんかいない』と言った」
「そうだな」
「あなたは……ここで一番良い部屋にいる」
何が言いたい? という顔でサキはレンを見返した。
「オレが前にいたところでは、一番年長の者が一番良い部屋に住んでいた」
あぁ、そういうことか。
「そうだ。このグループの中で、次に『行く』のはおそらく俺だ。そうしたら、ミヤギかタカダ辺りがこの部屋を引き継ぐ。まぁ……順番が決まってるわけじゃないが」
「あなたは……何も思わないんですか?」
レンはぼんやりとハクスリーの表紙を眺めながら言った。
「なぜ。ここはそういう世界だ。もう誰も長生きなんてできないし、子孫を残そうにも、女はほとんどいない。皆、成田の『政府』近くか、安全な地方に引き上げたからな。復興と言いながら、『政府』はただのヤクザ集団に成り果ててる。利益を吸い上げるだけでこっちに寄越す気はさらさらない連中の集まりだ。俺たちは明日食べる物のためにマスクを売り、支援物資をみんなに配り、この地域のささやかな秩序を守る。それだけだ」
溜息をついて、レンは指を組んだ自分の手をじっと見下ろしていた。
「どこへ行っても、皆同じことを言う」
Tシャツを着た肩が、頼りなく落ちていた。あぁ。レンはまだ希望を持っているのだとサキは思った。レンが顔を上げ、サキを見る。自分より、ひとまわり若い顔。
それに気づいて、サキは目を伏せた。
レンに、手を伸ばしてはいけない気がした。何かを与えることができるのは、自分じゃない。
「おやすみなさい」
ぽつりと言うと、レンは立ち上がり、静かに部屋を出ていった。
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