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13 【2年前】(2)
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雨は結局9時近くにあがった。グラスを適当に洗い、思い思いに仕事場を後にする。
サキは最後になった。全体を一周し、警備の連中と少し話してからエントランスへ向かうと、フィルターマスクをしたまま、所在なさげにレンが立っていた。
「帰らなかったのか?」
「ちょっとデスクに戻って明日やることを確認していたんですよ。気がついたらミヤギさんもいなくて」
「あぁ……じゃあ一緒に行こう」
フィルターマスクをつけると、サキは懐中電灯で照らしながらエントランスを出た。外は街灯もなく、月も星も見えない。懐中電灯がなければ真の暗闇なのだ。
「宿舎に、懐中電灯がまだあったはずだ。なければ公立マーケットで買える」
「すみません。今までミヤギさんと一緒だったので、ここまで暗いとは思わなくて」
「驚くだろう? この辺はレベル3だからな」
レンが何か呟いたが、フィルターマスクでくぐもっていて、よく聞こえなかった。サキは気にせず、宿舎までの道を歩いていった。道の両脇はまだ取り壊されていない。大小の建物が立ち並ぶ中、ところどころ個人住宅や商店の残骸が積み上がっている。
静かだった。朽ちたアスファルトを踏む2人の足音以外には、伸びた雑草の幽かなざわめきと、時折聞こえる、遥か遠くの車のエンジン音だけだ。
特に話すこともなく、無言で歩き続けた2人は、宿舎の玄関を入るとほっと息を吐いた。曲がりなりにも、そこは彼らの家だった。電気復旧工事が数年前に回ってきてくれたおかげで、鉄の扉が並ぶ外廊下はぼんやり明るい。それを見渡しながら階段を上る。
「あの、さっそくで申し訳ないんですが、シャワーをお借りしてもいいですか?」
「あぁ。部屋の鍵は開けておくよ。俺が寝ていても、気にしなくていい」
「わかりました。ありがとうございます」
礼儀正しく言うと、レンはサキと別れて4階へ上がっていった。
自分の部屋へ入ると、サキはまずキッチンへ向かった。専用のケースにマスクから取り出したフィルターを入れ、錠剤を放り込む。箱の中の錠剤は残り1錠。これがなくなったらフィルターごと新しいものにしなければならない。洗い替えにもう1セットあるが、それでも心もとないことに変わりはなかった。
蛇口をひねってケースに水を入れながら、小さな小さな冷蔵庫を開ける。ミネラルウォーターと古いチーズ、それにジャガイモがあるだけだ。これでもマシな生活だった。防塵マスクやフィルターマスクを売るというのは、今のこの地域では一番手堅い商売だった。
水が入ると、サキはケースを軽く揺すった。錠剤からポコポコと泡が出るのを確認すると、洗面所へ向かう。
歯を磨いている間にレンは来なかったので、サキは手早くシャワーを浴びた。髪や顔のざらざらした感触を流すと、気持ちがほっとする。瓦礫は時を閉じ込めたまま朽ちて砂になり、いつも風に漂っている。
シャワーを浴びながら、ペンダントの青い塗装を何気なく確認する。防水・防塵処理が施された小さな四角い金属片の中には、大事なライセンス・データが入っている。
タオルで乱暴に頭を拭きながらバスルームを出ると、サキはスエットの上下を着てベッドに横になった。
静けさにサキは慣れていた。サイドテーブルに置かれた本を手に取る。仕事場から2週間前に持ってきた本だ。ハクスリーは初めてだったが、それは面白かった。皮肉がきいた新世界の話だ。
続きを読みたい。いつもそう思いながら眠ってしまうので、進み具合は遅かった。やっと中盤だ。今夜も同じで、横になるとすぐに眠気が襲ってきた。レンは来るだろうか。それとも部屋に帰りつくなり寝てしまっただろうか。
できれば来てほしい。
理由もなくそう思いながら、サキは手元のスタンドを消し、眠気に身をまかせた。
サキは最後になった。全体を一周し、警備の連中と少し話してからエントランスへ向かうと、フィルターマスクをしたまま、所在なさげにレンが立っていた。
「帰らなかったのか?」
「ちょっとデスクに戻って明日やることを確認していたんですよ。気がついたらミヤギさんもいなくて」
「あぁ……じゃあ一緒に行こう」
フィルターマスクをつけると、サキは懐中電灯で照らしながらエントランスを出た。外は街灯もなく、月も星も見えない。懐中電灯がなければ真の暗闇なのだ。
「宿舎に、懐中電灯がまだあったはずだ。なければ公立マーケットで買える」
「すみません。今までミヤギさんと一緒だったので、ここまで暗いとは思わなくて」
「驚くだろう? この辺はレベル3だからな」
レンが何か呟いたが、フィルターマスクでくぐもっていて、よく聞こえなかった。サキは気にせず、宿舎までの道を歩いていった。道の両脇はまだ取り壊されていない。大小の建物が立ち並ぶ中、ところどころ個人住宅や商店の残骸が積み上がっている。
静かだった。朽ちたアスファルトを踏む2人の足音以外には、伸びた雑草の幽かなざわめきと、時折聞こえる、遥か遠くの車のエンジン音だけだ。
特に話すこともなく、無言で歩き続けた2人は、宿舎の玄関を入るとほっと息を吐いた。曲がりなりにも、そこは彼らの家だった。電気復旧工事が数年前に回ってきてくれたおかげで、鉄の扉が並ぶ外廊下はぼんやり明るい。それを見渡しながら階段を上る。
「あの、さっそくで申し訳ないんですが、シャワーをお借りしてもいいですか?」
「あぁ。部屋の鍵は開けておくよ。俺が寝ていても、気にしなくていい」
「わかりました。ありがとうございます」
礼儀正しく言うと、レンはサキと別れて4階へ上がっていった。
自分の部屋へ入ると、サキはまずキッチンへ向かった。専用のケースにマスクから取り出したフィルターを入れ、錠剤を放り込む。箱の中の錠剤は残り1錠。これがなくなったらフィルターごと新しいものにしなければならない。洗い替えにもう1セットあるが、それでも心もとないことに変わりはなかった。
蛇口をひねってケースに水を入れながら、小さな小さな冷蔵庫を開ける。ミネラルウォーターと古いチーズ、それにジャガイモがあるだけだ。これでもマシな生活だった。防塵マスクやフィルターマスクを売るというのは、今のこの地域では一番手堅い商売だった。
水が入ると、サキはケースを軽く揺すった。錠剤からポコポコと泡が出るのを確認すると、洗面所へ向かう。
歯を磨いている間にレンは来なかったので、サキは手早くシャワーを浴びた。髪や顔のざらざらした感触を流すと、気持ちがほっとする。瓦礫は時を閉じ込めたまま朽ちて砂になり、いつも風に漂っている。
シャワーを浴びながら、ペンダントの青い塗装を何気なく確認する。防水・防塵処理が施された小さな四角い金属片の中には、大事なライセンス・データが入っている。
タオルで乱暴に頭を拭きながらバスルームを出ると、サキはスエットの上下を着てベッドに横になった。
静けさにサキは慣れていた。サイドテーブルに置かれた本を手に取る。仕事場から2週間前に持ってきた本だ。ハクスリーは初めてだったが、それは面白かった。皮肉がきいた新世界の話だ。
続きを読みたい。いつもそう思いながら眠ってしまうので、進み具合は遅かった。やっと中盤だ。今夜も同じで、横になるとすぐに眠気が襲ってきた。レンは来るだろうか。それとも部屋に帰りつくなり寝てしまっただろうか。
できれば来てほしい。
理由もなくそう思いながら、サキは手元のスタンドを消し、眠気に身をまかせた。
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