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終章
時代5
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井藤十兵衛は数人の家臣と共に樋野城へ逃れ、本田清親の冷淡な眼差しの前に晒されることとなった。
「十兵衛・・・」
そう言ったきり清親は言葉を吐き出すのも億劫だと言わんばかりの視線を、十兵衛に浴びせかけるだけ浴びせ、無言で井藤十兵衛の言い逃れを待っている。
樋野城の広間には初夏とは思えぬ冷え切った空気が流れ、その冷気は井藤十兵衛の周りで停滞した。
「殿・・・」
その空気に耐えきれず、十兵衛は喘ぐように言葉を吐き出したが、それ以上の言葉が出ない。
「十衛兵、おのれは何故そうも愚かなのだ」
「殿わたしは」
「私は?なんじゃ?腹を切るか」
「腹を」
「先ほどから阿呆のように、言葉を返しおって、お主はこの戦が終わったら城をでて何処ぞかで腹を切れ!そときはなぁ十衛兵、介錯などださんから、一人で腹を切れよ・・・」
「はい・・・」
井藤十衛兵は生気を失った顔で、清親を見上げた。
その視線の先にあった清親は、もう十衛兵を視界に入れることもせず、広間を後にした。
井藤十兵衛の決定的短所は、圧力に屈しやすい点であろう、平野城攻略戦の時も、今回の黒岩の時であっても、この男は自らの手勢が有利であったにも関わらず、敵の圧力に屈し、戦いを放棄し、自分だけが逃げてしまったのである。
本田清親の最大の失策は、そんな小心な男、井藤十兵衛を、重要な黒岩城に配置してしまったことであろう、つまり清親と十衛兵は、拠点のなんたるかを心得ていないまま、領主と重量拠点を守る城主になってしまったのである。
甲四郎は、黒岩の高台から樋野城を見下ろしていた。「樋野城を攻めずして、この戦は終わらぬか」
だが侵攻を指揮する由出は、黒岩城を取ったことで十分満足してしまっているようで、今こそ樋野城を攻める好機だと進言しても乗り気では無い。
「まだ黒岩の城を取って間もない、暫く本田清親の出方をみてもよいのではないか」
「それはどうでしょう、樋野城の中は今、こちらの攻勢に士気が下がっておるはず、敵もこちら矢継ぎ早に攻め入って来ると思っておらぬはず」
なので、清親を討つには、この勢いがあるうちに進撃すべきだと、由出の目を見た。
だが由出は、斉藤元春から樋野への侵攻は許されているが、樋野の国をとってしまえとまでは命じられていないのだ、つまり、このまま黒岩城で山名からの援軍を待っていれば、この作戦の功績は由出の物となるので、これ以上危険を冒してまでもないのである。
「本田清親をこのまま樋野城に置いたままでよいのですか」
「甲四郎、お主は本田清親に固執しておるようだが、私怨で兵を動かそうとしているのではなかろうな」
「そのようなことは断じて御座いませぬ」
とはいってみたものの、芯を突かれた感覚もある。
由出は甲四郎の反応を見て、なんとも言いようのない表情で口を開いた。
「甲四郎、お主がそれほどいうのなら、兵を率いさせてもよい、お主が責めを負ってもよいならばな」
「はぁ!この栗原甲四郎、必ずや樋野を落とし、本田清親を由出殿の前に引き出しまする」
「わかったわかった、そういきり立つな、だがなこれだけは念押しするぞ、樋野城の反撃が激しいようであれば、即刻引くのだ、元春様に儂が増長してしくじったと思われてはたまらんからなぁ」
(結局この男の本音はそれか、手柄は我が物で、しくじれば、元樋野の将がやったことと言い逃れすればす済むしな)
甲四郎は広間を出てすぐ、千五百余りの兵を編成し、数刻後には樋野城へ向け斜面を下っていた。
夜明け前に樋野城を取り囲んだ甲四郎勢を確認した樋野城側は、明らかに動揺した。
「清親様、敵はすっかり城を取り囲んでおります」
慌てる家臣に、とうの清親は至って冷静であり。
「狼狽えるでない、敵とて無闇に攻めてはくるまい」
清親の目論みとしては、数日城に籠もった後に、和睦を申し出れば、山名の将とて無駄に血を流したくはないだろうから、本田の家だけは残させてくれるに違いない、そう高をくくっていたのだが、城を囲む軍勢は日を増すごとに増えていっているようであった。
それもそのはずで、甲四郎は黒岩をでるのと同時に、平野城の畠中信義に使者を出し、後詰めを申し出て、信義も早急にそれに答え、援軍を送っていたのであった。
甲四郎が率いる樋野城包囲軍は、三千を超す勢力となっていた。
しかし、甲四郎は城を囲むのみで、なにもしようとはしなかった。
清親の手勢は、城を取り囲んでいる軍勢より圧倒的に少なく、樋野城の中には、甲四郎の軍勢に投降してくる者も多くなっていた。
余りにも籠城戦を甘く見ていた清親は、徐々に恐怖にかられ、軍議の席に顔面蒼白で現れた。
「いかにすればよい、わっ儂はいかにすれば良いのじゃ誰ぞ答えよ」
清親の言葉尻は、明らかに震えていた。
「清親殿、一度籠城と決めたからには、あと数日は城に籠もるべきかと」
「なぜじゃ!城外を見てみよ・・・敵はワシらの倍はおる、しかも敵将はもともと樋野の者どもだときいたが、まことか」
「殿、いかにも外にいる兵を率いておるのは、黒田三郎衛兵の配下、栗原甲四郎と増援に入った将は、忠康様の家臣、畠中
それを見かねた家臣が、降伏の使者を送ることを決断するという始末であった。
由出成政の陣中に、清親の使者を迎えたその場には、甲四郎も同席していた。
清親の使者は、樋野の全てを山名に献上するので、どうか本田清親の命だけは助けて欲しいと、ほぼ命乞いのような申し出をしてきた。
清親は元いた山間の館に引っ込み、余生を静かに過ごしたいので、どうか山名領主にその旨を伝えて欲しという。
清親側の出してきた条件は、完全降伏のように聞こえるが、平らに言えば本田清親は、元いた山間の土地に戻り、ひっそりと過ごしたいのだということで、本田家が二百年近く、守り抜いてきた樋野を簡単に放棄するといっているのである。
甲四郎はそんな甘い条件を呑んではならない、と由出に訴えるのだが、由出にしてはこれ以上無い条件で樋野城が落とせるとあって、降伏まで持ち込んだ甲四郎をまるで敵将のように睨め付けた。
「甲四郎よ、つくづくお主は頭がおかしいのぉ、まさか降伏してきた相手に弓を向けよと言うのではないだろうな」
由出は清親の降伏の条件を全て呑み、その経緯を山名の領主斉藤元行に書状と使者を送る。
甲四郎は斉藤元行とは当然面識すらないので、それ以上口出しすることはできない。
清親の悪政に対し、緩やかな隠居生活を与えてしまった事に歯噛みする甲四郎。
その思いは畠中信義も同じであった。
数日後、斉藤元行から返事が届き、こちらから沙汰があるまで樋野の全てを由出に任せる。
由出は本田清親始め、井藤十兵衛等家臣を引き連れ、城を出る清親を見て、樋野侵攻の功労者として樋野全土を任されるのは自分では無いかと、すっかり有頂天になり、領主気取りで降伏してくる将を迎えていた。
清親の家臣団の全てが城を出た少し後、樋野城からパチパチと木の弾けるような音がした。
「お城が燃えとる!」
異常に気づいた甲四郎配下の兵が声を上げた。
「清親!貴様城を取られるのが口惜しくて、火を放ちおったか!」
甲四郎が叫ぶと、清親が叫び返した。
「儂では無い!断じて儂では無いぞ」
清親は怯えてはいるが、真実を述べているようである。
「ならば、誰が」
甲四郎の頭に一人の顔が浮かんだ。
「市蔵か!」
甲四郎の見立て通り、樋野城に火を放ったのは、忍香と市蔵率いる忍山の土蜘蛛衆であった。
「これで樋野も終わりじゃ」
市蔵は燃えさかる城をみて呟いた。
「イチノスネ、後悔しているのか、昔仕えた城を燃やしてしまって」
「それはどうか、わからんが、これで忍山におることも出来ぬし、樋野にもおられん」
「そんなことか、土蜘蛛はどの土地でも生きて行ける、元々この国は、どこも我らの土地なのだからな」
市蔵は意を決したように頷いた。
「行くか、イチノスネ」
「おう」
土蜘蛛衆は煙のようにその場から姿を消した。
「本田清親を儂の前に引っ立てろ!」
由出は、樋野城に火を放ったのは清親だと思い込み、周りの部下に怒りを放った。
「最後の最後でとんでもないことをやりおって!甲四郎も、栗原甲四郎も呼んでこい!彼奴にも責任を負わせてやる」
そんな剣幕の中、甲四郎は涼しい顔で由出の前に現れた。
「由出様、お呼びになりましたか」
「なにを清々とした顔をしおって!甲四郎、このことお主の責任であるからな、元春様の使者が来たときには、お主が申し開きするのだぞ」
「心得ました」
甲四郎の返答はやけに清々しかった。甲四郎の中で何かが弾けたのだ、戦で生きて行くなど馬鹿馬鹿しいことで、土地を守り民を守るだけの度量は、自分にはそなわっていないし、自らの中にある「外道」を旨く操れるなどと、思い上がった自分を恥じた。
(やはり、三郎衛兵様は凄かったな、身の内にある外道を戦場と国主で使いこなし、平然としておった。俺はそうは出来ぬ)
「何をする!」
「この、おとなしくせんか!」
怒号が後方で聞こえた。甲四郎はその方向を見ると、由出の部下が、清親を取り押さえようともみ合いをしていようだ。
「奴」
甲四郎は、叫びともつかない声を上げると、もみ合いの直中へ現場に走った。
「降伏したとて、儂は国主ぞ!何故山名のいち将の前に引き出されねばならぬ!」
清親は怒鳴り散らしながら、力任せに取り押さえようとした兵を押した。
すると、数人の兵がまとまって、道の脇の溝に足を取られた。
それを見逃さず、清親は脱兎の如く走った。
「清親ぁ!」
甲四郎が騒ぎの中へ着いた時には、清親は畑の中を無我夢中に走り、遙か遠くなっていた。
その後ろ姿を見て、甲四郎は心の中でほくそ笑んだ。
(それでよい、俺は彼奴を殺したかったわけではないのだ、こうして生き恥をかかせかったのだ)
「井藤が!井藤十衛兵がおりませぬ!」
甲四郎の横で声があがった。
この騒ぎに乗じて、十衛兵がに逃げだしたのだ。
遠くでは由出が膝から崩れ落ちているのがみえる。
そんな騒動の最中、甲四郎だけは笑っていた。
(そうだそうだ、皆逃げてしまえ、そしてくるしむがいい)
甲四郎はこの瞬間、三郎衛兵の願いが遂行されたのだと感じ、爽快であった。
井藤十兵衛は数人の家臣と共に樋野城へ逃れ、本田清親の冷淡な眼差しの前に晒されることとなった。
「十兵衛・・・」
そう言ったきり清親は言葉を吐き出すのも億劫だと言わんばかりの視線を、十兵衛に浴びせかけるだけ浴びせ、無言で井藤十兵衛の言い逃れを待っている。
樋野城の広間には初夏とは思えぬ冷え切った空気が流れ、その冷気は井藤十兵衛の周りで停滞した。
「殿・・・」
その空気に耐えきれず、十兵衛は喘ぐように言葉を吐き出したが、それ以上の言葉が出ない。
「十衛兵、おのれは何故そうも愚かなのだ」
「殿わたしは」
「私は?なんじゃ?腹を切るか」
「腹を」
「先ほどから阿呆のように、言葉を返しおって、お主はこの戦が終わったら城をでて何処ぞかで腹を切れ!そときはなぁ十衛兵、介錯などださんから、一人で腹を切れよ・・・」
「はい・・・」
井藤十衛兵は生気を失った顔で、清親を見上げた。
その視線の先にあった清親は、もう十衛兵を視界に入れることもせず、広間を後にした。
井藤十兵衛の決定的短所は、圧力に屈しやすい点であろう、平野城攻略戦の時も、今回の黒岩の時であっても、この男は自らの手勢が有利であったにも関わらず、敵の圧力に屈し、戦いを放棄し、自分だけが逃げてしまったのである。
本田清親の最大の失策は、そんな小心な男、井藤十兵衛を、重要な黒岩城に配置してしまったことであろう、つまり清親と十衛兵は、拠点のなんたるかを心得ていないまま、領主と重量拠点を守る城主になってしまったのである。
甲四郎は、黒岩の高台から樋野城を見下ろしていた。「樋野城を攻めずして、この戦は終わらぬか」
だが侵攻を指揮する由出は、黒岩城を取ったことで十分満足してしまっているようで、今こそ樋野城を攻める好機だと進言しても乗り気では無い。
「まだ黒岩の城を取って間もない、暫く本田清親の出方をみてもよいのではないか」
「それはどうでしょう、樋野城の中は今、こちらの攻勢に士気が下がっておるはず、敵もこちら矢継ぎ早に攻め入って来ると思っておらぬはず」
なので、清親を討つには、この勢いがあるうちに進撃すべきだと、由出の目を見た。
だが由出は、斉藤元春から樋野への侵攻は許されているが、樋野の国をとってしまえとまでは命じられていないのだ、つまり、このまま黒岩城で山名からの援軍を待っていれば、この作戦の功績は由出の物となるので、これ以上危険を冒してまでもないのである。
「本田清親をこのまま樋野城に置いたままでよいのですか」
「甲四郎、お主は本田清親に固執しておるようだが、私怨で兵を動かそうとしているのではなかろうな」
「そのようなことは断じて御座いませぬ」
とはいってみたものの、芯を突かれた感覚もある。
由出は甲四郎の反応を見て、なんとも言いようのない表情で口を開いた。
「甲四郎、お主がそれほどいうのなら、兵を率いさせてもよい、お主が責めを負ってもよいならばな」
「はぁ!この栗原甲四郎、必ずや樋野を落とし、本田清親を由出殿の前に引き出しまする」
「わかったわかった、そういきり立つな、だがなこれだけは念押しするぞ、樋野城の反撃が激しいようであれば、即刻引くのだ、元春様に儂が増長してしくじったと思われてはたまらんからなぁ」
(結局この男の本音はそれか、手柄は我が物で、しくじれば、元樋野の将がやったことと言い逃れすればす済むしな)
甲四郎は広間を出てすぐ、千五百余りの兵を編成し、数刻後には樋野城へ向け斜面を下っていた。
夜明け前に樋野城を取り囲んだ甲四郎勢を確認した樋野城側は、明らかに動揺した。
「清親様、敵はすっかり城を取り囲んでおります」
慌てる家臣に、とうの清親は至って冷静であり。
「狼狽えるでない、敵とて無闇に攻めてはくるまい」
清親の目論みとしては、数日城に籠もった後に、和睦を申し出れば、山名の将とて無駄に血を流したくはないだろうから、本田の家だけは残させてくれるに違いない、そう高をくくっていたのだが、城を囲む軍勢は日を増すごとに増えていっているようであった。
それもそのはずで、甲四郎は黒岩をでるのと同時に、平野城の畠中信義に使者を出し、後詰めを申し出て、信義も早急にそれに答え、援軍を送っていたのであった。
甲四郎が率いる樋野城包囲軍は、三千を超す勢力となっていた。
しかし、甲四郎は城を囲むのみで、なにもしようとはしなかった。
清親の手勢は、城を取り囲んでいる軍勢より圧倒的に少なく、樋野城の中には、甲四郎の軍勢に投降してくる者も多くなっていた。
余りにも籠城戦を甘く見ていた清親は、徐々に恐怖にかられ、軍議の席に顔面蒼白で現れた。
「いかにすればよい、わっ儂はいかにすれば良いのじゃ誰ぞ答えよ」
清親の言葉尻は、明らかに震えていた。
「清親殿、一度籠城と決めたからには、あと数日は城に籠もるべきかと」
「なぜじゃ!城外を見てみよ・・・敵はワシらの倍はおる、しかも敵将はもともと樋野の者どもだときいたが、まことか」
「殿、いかにも外にいる兵を率いておるのは、黒田三郎衛兵の配下、栗原甲四郎と増援に入った将は、忠康様の家臣、畠中
それを見かねた家臣が、降伏の使者を送ることを決断するという始末であった。
由出成政の陣中に、清親の使者を迎えたその場には、甲四郎も同席していた。
清親の使者は、樋野の全てを山名に献上するので、どうか本田清親の命だけは助けて欲しいと、ほぼ命乞いのような申し出をしてきた。
清親は元いた山間の館に引っ込み、余生を静かに過ごしたいので、どうか山名領主にその旨を伝えて欲しという。
清親側の出してきた条件は、完全降伏のように聞こえるが、平らに言えば本田清親は、元いた山間の土地に戻り、ひっそりと過ごしたいのだということで、本田家が二百年近く、守り抜いてきた樋野を簡単に放棄するといっているのである。
甲四郎はそんな甘い条件を呑んではならない、と由出に訴えるのだが、由出にしてはこれ以上無い条件で樋野城が落とせるとあって、降伏まで持ち込んだ甲四郎をまるで敵将のように睨め付けた。
「甲四郎よ、つくづくお主は頭がおかしいのぉ、まさか降伏してきた相手に弓を向けよと言うのではないだろうな」
由出は清親の降伏の条件を全て呑み、その経緯を山名の領主斉藤元行に書状と使者を送る。
甲四郎は斉藤元行とは当然面識すらないので、それ以上口出しすることはできない。
清親の悪政に対し、緩やかな隠居生活を与えてしまった事に歯噛みする甲四郎。
その思いは畠中信義も同じであった。
数日後、斉藤元行から返事が届き、こちらから沙汰があるまで樋野の全てを由出に任せる。
由出は本田清親始め、井藤十兵衛等家臣を引き連れ、城を出る清親を見て、樋野侵攻の功労者として樋野全土を任されるのは自分では無いかと、すっかり有頂天になり、領主気取りで降伏してくる将を迎えていた。
清親の家臣団の全てが城を出た少し後、樋野城からパチパチと木の弾けるような音がした。
「お城が燃えとる!」
異常に気づいた甲四郎配下の兵が声を上げた。
「清親!貴様城を取られるのが口惜しくて、火を放ちおったか!」
甲四郎が叫ぶと、清親が叫び返した。
「儂では無い!断じて儂では無いぞ」
清親は怯えてはいるが、真実を述べているようである。
「ならば、誰が」
甲四郎の頭に一人の顔が浮かんだ。
「市蔵か!」
甲四郎の見立て通り、樋野城に火を放ったのは、忍香と市蔵率いる忍山の土蜘蛛衆であった。
「これで樋野も終わりじゃ」
市蔵は燃えさかる城をみて呟いた。
「イチノスネ、後悔しているのか、昔仕えた城を燃やしてしまって」
「それはどうか、わからんが、これで忍山におることも出来ぬし、樋野にもおられん」
「そんなことか、土蜘蛛はどの土地でも生きて行ける、元々この国は、どこも我らの土地なのだからな」
市蔵は意を決したように頷いた。
「行くか、イチノスネ」
「おう」
土蜘蛛衆は煙のようにその場から姿を消した。
「本田清親を儂の前に引っ立てろ!」
由出は、樋野城に火を放ったのは清親だと思い込み、周りの部下に怒りを放った。
「最後の最後でとんでもないことをやりおって!甲四郎も、栗原甲四郎も呼んでこい!彼奴にも責任を負わせてやる」
そんな剣幕の中、甲四郎は涼しい顔で由出の前に現れた。
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「なにを清々とした顔をしおって!甲四郎、このことお主の責任であるからな、元春様の使者が来たときには、お主が申し開きするのだぞ」
「心得ました」
甲四郎の返答はやけに清々しかった。甲四郎の中で何かが弾けたのだ、戦で生きて行くなど馬鹿馬鹿しいことで、土地を守り民を守るだけの度量は、自分にはそなわっていないし、自らの中にある「外道」を旨く操れるなどと、思い上がった自分を恥じた。
(やはり、三郎衛兵様は凄かったな、身の内にある外道を戦場と国主で使いこなし、平然としておった。俺はそうは出来ぬ)
「何をする!」
「この、おとなしくせんか!」
怒号が後方で聞こえた。甲四郎はその方向を見ると、由出の部下が、清親を取り押さえようともみ合いをしていようだ。
「奴」
甲四郎は、叫びともつかない声を上げると、もみ合いの直中へ現場に走った。
「降伏したとて、儂は国主ぞ!何故山名のいち将の前に引き出されねばならぬ!」
清親は怒鳴り散らしながら、力任せに取り押さえようとした兵を押した。
すると、数人の兵がまとまって、道の脇の溝に足を取られた。
それを見逃さず、清親は脱兎の如く走った。
「清親ぁ!」
甲四郎が騒ぎの中へ着いた時には、清親は畑の中を無我夢中に走り、遙か遠くなっていた。
その後ろ姿を見て、甲四郎は心の中でほくそ笑んだ。
(それでよい、俺は彼奴を殺したかったわけではないのだ、こうして生き恥をかかせかったのだ)
「井藤が!井藤十衛兵がおりませぬ!」
甲四郎の横で声があがった。
この騒ぎに乗じて、十衛兵がに逃げだしたのだ。
遠くでは由出が膝から崩れ落ちているのがみえる。
そんな騒動の最中、甲四郎だけは笑っていた。
(そうだそうだ、皆逃げてしまえ、そしてくるしむがいい)
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