腐れ外道の城

詠野ごりら

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終章

時代4

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 甲四郎と高丞は黒岩奪還計画に供え、日々話し合いを続けていた。
 谷川の土地を高丞が奪い返した事は、その直後に井藤十兵衛に伝わり、本田清親にも伝わっていることはマシラとその仲間からの報告でわかっている。

「アッシにいわせりゃ、今日明日にでも黒岩を攻めなけりゃ、アッシ等はイトジュウとホンキヨに挟み撃ちにされるでゲスよ」

 マシラは不気味に笑った。

「それは十分わかるが、攻める身になってあの土地がどれほど攻めにくいかがわかった」

「守のがイトジュウでも、平野の時のようにゃいかねぇか・・・」

「いや、そうともいえんぞ、沢伝いに今は使われていない連絡通路がある」

 高丞がいうには、その沢伝いの道に少数の精鋭部隊を送り、本隊は正面から攻めるように見せ、できれば由出の部隊を山名と黒岩が接する土地から攻めてもらえば、三方から黒岩を攻められるはずだ。

 高丞は隣にいた家臣に耳打ちをすると、その後すぐに由出がその部屋に現れた。
 あまりにも事の進め方が堂に入っている高丞を見て、甲四郎は、この領主が本物になる瞬間を実感していた。
 しかも高丞は、谷川をとった後は樋野城をとれるだろうと踏んでいる由出に、黒岩の土地をとれば樋野城を落とすなど容易いと実感できるはずです、と柔らかく説明した。

「黒岩の高台から樋野城を見下ろせば、城は手の内に収まったも同然。城を攻める手筈が整った時、山名に控えている別働隊を呼びなされ、その時には皆、由出殿の功労にひれ伏すことでしょう・・・そして城を落とした暁には、斉藤殿は由出殿を樋野の城主に任命せざるおえないのではないでしょうかの」

 高丞は由出の心に渦巻く出世への欲念を探るような言い回しをした。

「由出殿、こちらの地図をご覧あれ」

 甲四郎は作を練る為に簡易的にかかれた地図を広げ、その上に手をかざし高低差をわかりやすく説明した。

 すると由出は明らかに鬱陶しそうな顔を甲四郎に向けると一言。
「栗原、お主はとことん頭がおかしな男だ」
「と、申しますと?」

「この計画を見るに、ワシの部隊が一番遠回りになるではないか、そしてワシは山名領といえども、他人の領地を通り抜けなけらばならぬ・・・その際にはそれなりの仁義を通さねば・・・そうしているうちにお主等は黒岩をとり、ワシは無用な時節に黒岩に現れた厄介者になるのではないか?」

 不審の目を向ける由出に、高丞は高笑いを浴びせかけ、温和な顔を崩さずに世間話でもするように。

「流石は由出殿!そこまで疑心をもって臨むお人であられるから、斉藤様は此度の大役を任されたのでありましょうなぁ」
 
 高丞はそのようなことも十分あり得ます、と前置きすると、由出に幾つかの条件を提示したのだった。

 一つは黒岩を奪った功績は全て由出のものとし、高丞からもその旨を斉藤元行に報告すること。
 もう一つは、樋野城を攻める時は由出を総大将として、全て由出の指示の元動くことであり、その他諸々の条件も、由出にとって圧倒的に有利な条件を提示したのだった。。 

 特に二つ目の条件を耳にしたときには、甲四郎はあまりのことに目を剥いて高丞を見詰めた。
 そんな無茶苦茶な条件があるものか、甲四郎は叫びたかったが、そこは抑えて由出の反応を見るほか無かった。

「黒田高丞、それは確かだな・・・二言は無いな」
 由出はしつこく問うと、ニヤリと笑って見せた。
 すると高丞は、変わらぬ温和な表情で由出を見ると、薄ら笑顔をつくったまま言った。

「由出様、他国の力を借りて領主を追い払うとは、それほどの覚悟で無ければなりませぬぞ」

 高丞言葉は、私怨を原動力としている甲四郎に向けられているようで、甲四郎は高丞の狡猾さに背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 
 話しがまとまると、早速作戦は実行へうつされた。


 正面突破のように見せかけるのは高丞に任され、甲四郎とマシラ等足軽衆は、黒岩から流れる小さな小川に沿った道を登ってゆく。

「栗原の大将、どうやらアッシと大将とは腐れ縁のようでゲスなぁ」
 マシラは含み笑いで甲四郎をみる。
「気味の悪い笑い方をするな!元々気味が悪いのがより気味が悪い」
「ひでぇなぁ大将、そう何度も気味が悪いって言われるとアッシも照れますデ」
「どういう話しの聞き方をすればそうなるのだ」
「へっへっ、大将そう冷たくしないでくださぇよ、アッシを兄と呼ぶ日も来るかもしんねぇんだからよぉ」
 マシラは嫌らしい笑みで、茂みの奥を見ている。
 そうしていると、近くの茂み影がそのまま、甲四郎等の前に降り墜ちてきた。
 その影は身体中に枝葉を巻き付け、周囲となじむように偽装していたアクルであった。

「アニィ!この先には黒岩の者はいないよ」
「そうか、さすがにこんな獣道まで見張りをつけていねぇか」

 突然現れた少女に唖然としている甲四郎に、マシラはニヤニヤと笑い。
「大将、忘れちゃみめぇアッシの妹、アクルですぜ」
「あぁぁ、そうであったか」
 甲四郎はアクルの方へなるべく視線を合わせないように、空返事をした。それをのぞき込むようにアクルが笑った。

「アッシのこと忘れたのかえ」
 悪戯っぽく頬を膨らませると、アクルは甲四郎に顔を近づけ次の瞬間には、闇の中へ消えていってしまった。
 呆気にとられている甲四郎を見上げ、マシラがわらう。

「大将、何も気にすることはねぇぜ、アッシだって馬鹿じゃねぇ、大将とアクルの間に何があったかなんて今更聞かねぇよ」
「なっなに突然」
「照れるなって大将、大将が良けりゃ暮れてやってもいいんだぜ」
「暮れてやるとは、物のようなことを申すな」
「あのアクルがよぉ、よそ者にあんな懐くのは珍しいんだ、いいヨメになるぜ」
「このような時にする話か!」
「へっへっ、アイツを貰ったら、アッシは兄じゃなく大将を兄貴と呼んでやってもいいでゲスよ」

 マシラはいつものように気味の悪い笑いを見せると、前方を見て視線を逸らした。

「勝手に話しを決めるな!先を急ぐぞ」
「あいよ」

 甲四郎達は夕闇の中、細い隘路を静かに登って行った。

 

 井藤十兵衛は相変わらず落ち着きなく、黒岩の広間を右に左へと小刻みに歩き回っていた。
「井藤様、やはり谷川の者どもは谷の下に陣を張っているようです」
「やはりか・・・しかし、谷を上がりここを攻めるなど容易ではあるまい、谷間を登る道の守りを固めよ」

 十兵衛は言い終わるとまた鶏のように首を動かせながら、広間をあるきはじめた。
「清親様は、兵を出してくれるのだろうな」
 祈るような声で家臣に問うと、家臣は鈍い表情で言葉を濁すばかりで、答えらしい答えをいわずにいる。

 清親からすれば、十兵衛には十分な人員を与えているので、谷川の小隊など黒岩だけで防げるだろうというのが本音で、十兵衛には兵を動かすと言っては見たが、樋野城の守りを固めている人員をやや前進させるだけで、様子を見ている。

 正直清親も谷川を奪い返した黒田高丞の手腕と、山名の部隊の数を、この時点では甘く見ている節があった。

 清親の鈍い動きを察知していた高丞の隊は、積極的に谷を昇り始めていた。

「ジリジリと歩を進め、目の前の敵だけに集中すれば、甲四郎の攻める好機を与えられるぞ」
 
 高丞等五百の一隊は、夕闇から宵闇に変わりつつある夏の険しい山道を登っては敵を討ち、登っては押し返ししているうちに山頂近くまであがってきてしまった。
 

 高丞隊がすぐそこまで来ていると知ると、井藤十兵衛は、哀れなまでに取り乱し、全ての家臣に守りを固めるように怒鳴り散らした。
 と、我を失いかけている十兵衛に斥候が近寄り、絶望に近い言葉を告げた。

「裏の沢を登ってくる一団あり、その上山名寄りの谷を上がってくる数百の軍勢あり!」

 井藤十兵衛の顔から一気に血の気が引くのが誰の目にも明かであった。

「お主等、近うよれ」
 十兵衛は広間に残された数人の側近を呼び寄せると、唇と痙攣したかのように何度か動かし、側近を見た。
「すぐ支度をせい!山を下るぞ」
 側近は我が主君に絶望しつつ頷くと、サッと闇に消え、黒岩はあっという間に領主の無い空城と化してしまった。


 呆気ない勝利に、黒岩の夜は明けていった。

 黒岩に残された者の大半は、元々十兵衛の家臣では無かったので、城を捨てた領主の為に命を賭けることなどすることなど当然しないで、高丞や甲四郎に投降していった。

 黒岩は名義上、由出成政の城となり、黒岩並びに谷川地区は、山名領となった。

 黒岩を獲った翌朝、黒岩城とよばれる館の一室に高丞と甲四郎が呼ばれた。

 その部屋からは手に取るように樋野城が見下ろせ、由出がその光景を見下ろすと、二人の居る方へ振り向いた。

「今朝この景色を見て、黒田三郎兵衛がどれだけ本田家に信頼されていたのかが分かった」

 この高台から見下ろせば、樋野城はまるで裸城同然では無いか、しかし樋野を納める本田家の元々の土地は平地であり、小さな領地には国衆とよばれる地域の領主等がいる。
 本田家は樋野の領地の支配者となったからと言って、好き勝手な場所に城を築く事は叶わないのである。
 しかし、本田家の「手」と呼ばれた一翼、黒田家の所領が黒岩にあったことが本田家にとって幸いであった。

 しかも黒田家は古くから本田に従う国衆であり、絶大なる信頼があった。

 なので、城を築くには最適ではあるが、隣国山名に隣接し過ぎている黒岩を黒田家に任せたのであろう。

 由出は館からの風景を見て、一瞬でそれを悟ったのである。

 その一言で甲四郎が抱いていた由出成政への心証がガラリと変わっていった。

 流石、山名の宰相と呼ばれた斉藤元春が人選した人物だけあり、ただ嫌みな器の小さい男では無く、それなりの展望をもった男なのではないか、甲四郎はこれからの作戦を、この男に任せても良いのではないかと思い始めるようになっていた。

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