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2章
アクル 2
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アクル 2
あの日から一月以上、甲四郎は八山に声もかけることも出来ず、朝晩と二度出される汁を啜り、日がな一日、山名の街を散策しては寺に戻ってくる日々であった。
「俺は確かに間違った考えを持っている。だが、俺を認め俺の居る場所を作ってくれた三郎兵衛様の仇を討つには、清親の心根を知らねばならぬ、そして奴を討つには、奴を越える外道にならねばならぬのじゃ」
八山の言うことは確かに正論ではある。だが甲四郎の心の中では、自問自答が繰り返される日々である。
「思えば俺の意見は「そうではない」と頭ごなしに言われ続ける人生だった・・・それをはね除ける為、気づかぬうちに俺の口癖は「そんなことはない」になっていたのか、ならば此度の考えも又違うのか・・・イヤ、三郎兵衛様は自らの考えを疑い、他の意見を受け入れる事も大事だが、自らの考えを全て疑っていては己という人間がいなくなると申しておった」
三郎兵衛は、自らの考えを正しい物と間違っている物を常に選り分け続けるのが人というものであり、それを正しく出来る者などこの世にはおらぬのだと、微笑んで答えてくれた。
そして、三郎兵衛はこう締めくくるのが常であった。
「だから、人の考えを聞くときには自らの考えと違っていても、浅はかな考えであっても、頭ごなしに否定してはならぬ、それは、自らを信頼し寄り添って来た者を、刃で切り刻むより残酷な行為なのだ」
「それなのに俺はここでも否定の言葉を吐いていた。思えば、あのような無茶な相談をした時でも八山和尚は俺言ったことを頭ごなしに「違う」とはいわなかった」
「あれが三郎兵衛様が八山和尚から学んだ教えなのか・・・ならば俺が清親を倒す術はここには無いということか・・・」
そうしている間に時は流れ、二ヶ月が経ち三ヶ月が過ぎた頃、八山の元へ訪問者が訪れた。
マシラである。
「坊主いるか!」
甲四郎と戦場を駆けていた頃より更に日焼けした顔を、戸から室内に突っ込むと、マシラはぶっきらぼうに叫んだ。
その声に反応して、土間に現れたのは甲四郎であった。
「おぉぉっ!なんでぇ!アンタは!」
マシラは、茶褐色の顔から目玉だけが飛び出るのではないかと思わせるような表情をすると、白い歯をむき出して、甲四郎の元へ駆け寄ってきた。
「栗原の大将じゃねぇか!アッシは樋野での諸々を噂で聞いて、大将は生きちゃいねぇんじゃねぇかとおもってたぜ」
「しぶとくて悪かったのぉ」
嫌みたっぷりに言うと、甲四郎は何ヶ月ぶりかで心の底から笑った。
「やはりここの坊主を頼って来たでゲスなぁってことは、三郎兵衛様が打ち首になってからすぐここへ来たんでゲスか?」
「ああそういうことになるなぁ」
甲四郎がいうと、マシラは甲四郎を見上げ、首をかしげる。
「あの八山坊主が、そんな長い間、人をここに置いておくなんて・・・大将よほどあの坊主に気に入られたんでゲスねぇ」
「ん?気に入られた?全くその逆だ、あの和尚は俺と話そうともせぬ」
というと、甲四郎は今までの八山との経緯をマシラに話した。
するとマシラは、ニヤリと笑い、こう言った。
「大将はわからねぇんだ・・・あの坊主がどれだけ偏屈なのかを」
「なにやら喧しいと思うたら猿か・・・」
八山が眉間に皺を寄せ、迷惑そうな顔をして奥から現れた。
「サルとはなんでぇ!アッシはマシラでぇ何度いやぁ分かるんだ外道坊主!」
「なにをいう!お主なんぞ畑を荒らす猿とそう変わりゃせん」
八山は素っ気なくも、機嫌の悪い風を装ってマシラに接しているのがわかる。
「で、何をしにきた猿」
「けっ!なんでぇその言い草は!塩と海藻の乾物を持ってきてやったぜ!あっ、これは真っ当な商売の方で手に入れたもんだぜ・・・」
マシラは背負っていた袋の中から小さな巾着袋と、昆布やワカメと見られる物を取り出した。
甲四郎は山深い土地の生まれであるため、海藻類を見たことがないので、マシラが取り出した黒い板状の物体を奇妙な眼差しで見詰め、いぶかしそうにそれを指で摘まんでみた。
「それはワカメって物でさぁ、アッシも見たこたぁねぇが、海の中に草のように生えている物を天日で干すとこうなるらしいですぜ」
「ほぉ・・・」
と、つまみ上げたワカメをマジマジと見ていると、視線の奥に小さな人影があった。
その人影は、戸口の外からこちらをのぞき込んでいた。
その視線に気づき、マシラが大げさに笑って見せた。
「おぉ!あれはアッシの妹でさぁ!さぁさぁ
アクル入ってこい」
アクルと呼ばれた女性は、年の頃にして十五ほどの目つきの鋭い少女で、初めて会う甲四郎を警戒しているのか、こちらを睨み付けるように恐る恐る家の中へ入って来ると、甲四郎を上目遣いに睨み付けている。
その姿は実に野生じみていて、甲四郎はアクルに目を奪われてしまった。
その様子を見てマシラは嫌らしい笑みを浮かべると、話題を変えるように八山の方を見た。
「八山よ、どうやら山の方の雲行きが悪いみてぇだ、今夜はここへ泊めさせててもらうぞ」
八山は訝しそうに戸を開け空を見上げる。
「拙僧にはそのようには見えんが、まぁよい好きにせぇ・・・」
八山はそれだけ言うと、塩の入った袋と、海藻を抱え、奥へと消えた。
アクル 2
あの日から一月以上、甲四郎は八山に声もかけることも出来ず、朝晩と二度出される汁を啜り、日がな一日、山名の街を散策しては寺に戻ってくる日々であった。
「俺は確かに間違った考えを持っている。だが、俺を認め俺の居る場所を作ってくれた三郎兵衛様の仇を討つには、清親の心根を知らねばならぬ、そして奴を討つには、奴を越える外道にならねばならぬのじゃ」
八山の言うことは確かに正論ではある。だが甲四郎の心の中では、自問自答が繰り返される日々である。
「思えば俺の意見は「そうではない」と頭ごなしに言われ続ける人生だった・・・それをはね除ける為、気づかぬうちに俺の口癖は「そんなことはない」になっていたのか、ならば此度の考えも又違うのか・・・イヤ、三郎兵衛様は自らの考えを疑い、他の意見を受け入れる事も大事だが、自らの考えを全て疑っていては己という人間がいなくなると申しておった」
三郎兵衛は、自らの考えを正しい物と間違っている物を常に選り分け続けるのが人というものであり、それを正しく出来る者などこの世にはおらぬのだと、微笑んで答えてくれた。
そして、三郎兵衛はこう締めくくるのが常であった。
「だから、人の考えを聞くときには自らの考えと違っていても、浅はかな考えであっても、頭ごなしに否定してはならぬ、それは、自らを信頼し寄り添って来た者を、刃で切り刻むより残酷な行為なのだ」
「それなのに俺はここでも否定の言葉を吐いていた。思えば、あのような無茶な相談をした時でも八山和尚は俺言ったことを頭ごなしに「違う」とはいわなかった」
「あれが三郎兵衛様が八山和尚から学んだ教えなのか・・・ならば俺が清親を倒す術はここには無いということか・・・」
そうしている間に時は流れ、二ヶ月が経ち三ヶ月が過ぎた頃、八山の元へ訪問者が訪れた。
マシラである。
「坊主いるか!」
甲四郎と戦場を駆けていた頃より更に日焼けした顔を、戸から室内に突っ込むと、マシラはぶっきらぼうに叫んだ。
その声に反応して、土間に現れたのは甲四郎であった。
「おぉぉっ!なんでぇ!アンタは!」
マシラは、茶褐色の顔から目玉だけが飛び出るのではないかと思わせるような表情をすると、白い歯をむき出して、甲四郎の元へ駆け寄ってきた。
「栗原の大将じゃねぇか!アッシは樋野での諸々を噂で聞いて、大将は生きちゃいねぇんじゃねぇかとおもってたぜ」
「しぶとくて悪かったのぉ」
嫌みたっぷりに言うと、甲四郎は何ヶ月ぶりかで心の底から笑った。
「やはりここの坊主を頼って来たでゲスなぁってことは、三郎兵衛様が打ち首になってからすぐここへ来たんでゲスか?」
「ああそういうことになるなぁ」
甲四郎がいうと、マシラは甲四郎を見上げ、首をかしげる。
「あの八山坊主が、そんな長い間、人をここに置いておくなんて・・・大将よほどあの坊主に気に入られたんでゲスねぇ」
「ん?気に入られた?全くその逆だ、あの和尚は俺と話そうともせぬ」
というと、甲四郎は今までの八山との経緯をマシラに話した。
するとマシラは、ニヤリと笑い、こう言った。
「大将はわからねぇんだ・・・あの坊主がどれだけ偏屈なのかを」
「なにやら喧しいと思うたら猿か・・・」
八山が眉間に皺を寄せ、迷惑そうな顔をして奥から現れた。
「サルとはなんでぇ!アッシはマシラでぇ何度いやぁ分かるんだ外道坊主!」
「なにをいう!お主なんぞ畑を荒らす猿とそう変わりゃせん」
八山は素っ気なくも、機嫌の悪い風を装ってマシラに接しているのがわかる。
「で、何をしにきた猿」
「けっ!なんでぇその言い草は!塩と海藻の乾物を持ってきてやったぜ!あっ、これは真っ当な商売の方で手に入れたもんだぜ・・・」
マシラは背負っていた袋の中から小さな巾着袋と、昆布やワカメと見られる物を取り出した。
甲四郎は山深い土地の生まれであるため、海藻類を見たことがないので、マシラが取り出した黒い板状の物体を奇妙な眼差しで見詰め、いぶかしそうにそれを指で摘まんでみた。
「それはワカメって物でさぁ、アッシも見たこたぁねぇが、海の中に草のように生えている物を天日で干すとこうなるらしいですぜ」
「ほぉ・・・」
と、つまみ上げたワカメをマジマジと見ていると、視線の奥に小さな人影があった。
その人影は、戸口の外からこちらをのぞき込んでいた。
その視線に気づき、マシラが大げさに笑って見せた。
「おぉ!あれはアッシの妹でさぁ!さぁさぁ
アクル入ってこい」
アクルと呼ばれた女性は、年の頃にして十五ほどの目つきの鋭い少女で、初めて会う甲四郎を警戒しているのか、こちらを睨み付けるように恐る恐る家の中へ入って来ると、甲四郎を上目遣いに睨み付けている。
その姿は実に野生じみていて、甲四郎はアクルに目を奪われてしまった。
その様子を見てマシラは嫌らしい笑みを浮かべると、話題を変えるように八山の方を見た。
「八山よ、どうやら山の方の雲行きが悪いみてぇだ、今夜はここへ泊めさせててもらうぞ」
八山は訝しそうに戸を開け空を見上げる。
「拙僧にはそのようには見えんが、まぁよい好きにせぇ・・・」
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