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2章
八山 4
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八山 4
黒田源兵衛は広間で会った時の印象と多少違い、武力だけでは無く、物事を見聞きし、見聞を広げようとする一面もあり、領民の意見にも耳を傾ける良き領主でもあった。
だが、黒田源兵衛には頑固な一面もあり、親安に八山を子供の教育係にしてみてはどうだと提案されたにも関わらず、黒岩に来てからは、離れの小屋を八山に与えると、息子どころか、黒田家の家人誰一人と顔を会わせてはならぬ、と念押しをしたため、軟禁のように黒田屋敷の隅で暮らすこととなった。
そんな生活が続いて、一月半ほどが経った頃であったろうか、八山が小さな濡れ縁に腰をかけ庭を眺めていると、数人の子供が自分の背丈ほどの木の棒をもって忍び足で歩いている光景が目に入った。
子供達は五人、皆年の頃なら五歳から七歳程度の子供であろう、その中でもひときわ背の低い子供が、残りの四人になにやら指示を出しながらゆっくりと前へ進んでいる。
そのみょうな様子に興味を引かれたのか、八山は身を屈めながらその子達の後ろへつき、そおっと子供の輪の中へ入ると、先頭の背の小さい子に小声で声をかけた。
「おい、小僧・・・何をしておるんじゃ?」
先頭の背の小さな子は、突然現れた妙な僧侶に驚くこともなく、言い放つ。
「戦じゃ・・・お前も加わるか?」
「いくさぁ?なんの戦じゃ?」
「あの木を見ろ!」
「ん?あの木と申すと・・・?」
「いちばん大きな木じゃ・・・あそこに人が隠れているのが分かるか!」
八山は目を懲らして庭の大木を見上げた。「んん?何も見えぬのぉ」
「あの木に五人隠れておる、ワシ等はそこを攻める!わかったか!」
「おぉ左様か」
「で、坊主、ワシに加わるのか!加わらぬと申すならはなれへ帰れ!」
「わかった・・・加わろう、だが、拙僧は戦遊びをしたことがないで・・・要領がわからん」
「要領などない!ワシが大将だ!ワシの言うことに従って動けばよい!」
「そうか・・・大将なぁ」
すると背の小さな子は、何かを思いついたような表情をすると、他の四人の子供の一人に耳打ちをすると、五人の子供は大木の近くにあるおおきな岩まで走った。
それにつられ、八山も身を屈めながら必死に後を追う、その間大木から小石が飛んできて、子供達より二回りほど大きな八山の身体に何度も小石が直撃した。
「よし!」
背の低い子が声をかけると、他の子は両翼に分かれ左右から大木を見上げられる位置まで一気に走って行く。
自然、大きな岩の後ろには、背の小さな「大将」と八山だけが残された。
「坊主はデカイので、いい役回りをつけてやろう」
「いい役回りとはなんです?大将」
惚けた声で訪ねる八山に対し、「大将」は大まじめに視線を返し答える。
「そのへんにある石を拾えるだけ拾って、懐に入れておけ」
八山は怪訝な表情を浮かべながらも、言われるがまま周辺の小石を拾い、懐に入れた。
「坊さんなんだから、大きな声は出せるな!」
「大きな声ですか?まぁ」
「なら、ワシが合図をしたら、あのあたりまで走って、大声を出しながらあの大木に小石を投げ続けろ!よいな!」
「はい・・・」
「よし!行け!」
「あっ・・・はい・・・」
八山は小さな大将の指示通り、大木の前まで走って行くと、絶叫しながら大木に向かって懐の小石を投げつけた。
「行けぇ!行けぇ!」
子供達の叫び声が響く、八山の記憶はその声を最後に、途絶えた。
八山は、大木に隠れていた「敵」の反撃を一斉に受けることになり、石や木の実を全身で受けることとなってしまい、そのまま倒れ込んでしまったのだ。
「坊主・・・起きたか・・・」
八山は、はなれの一室で目を覚ますと、あの背の小さな少年が心配そうに八山をのぞき込み、声をかけた。
「あぁ・・・拙僧はいかがいたしたのか?」
「覚えておらぬか?戦の先陣を飾ったことを」
「あぁ・・・戦・・・あれは夢ではなかったのですな・・・あれは酷い戦で御座った」
八山が言うと、少年はムキになった目つきで答えた。
「なにが酷いものか!あの戦はワシ達の大勝利ぞ!」
八山は少年の興奮を諫めるように、上半身を起こしたが、まだ頭や背骨痛む。
「新参の兵を死地に追いやっての勝利ですか・・・いただけませぬなぁ」
「なにを!」
「戦の大勝とは、自らが先陣を切り、死地に赴く気概がなければ、勤まらぬもの、それをつい先ほど引き入れた者に死地を踏ませるとは・・・そのような戦をしていればいずれ自らの心根が腐りましょう」
少年は痛い所をつかれ、奥歯を噛みしめると、小声で言い返してきた。
「坊主に戦の何がわかる・・・」
「拙僧は戦は見たことは御座いませぬが、人の心根が腐って行く様は幾たびも見て参りました・・・あなたにはそうなって欲しくないだけです」
「坊主・・・」
少年の真っ直ぐな目を見て、八山は微笑んで返した。
「拙僧の名は、八山で御座ります・・・」
「ヤザン?坊主にしても変わった名だな、ワシは松丸、いや次の七つの祝いに貰う名は・・・三郎兵衛であったな・・・黒田三郎兵衛じゃ」
「左様ですか、三郎兵衛殿」
「明日からここへ来てよいか?戦の極意をワシに教えてくれ!」
大まじめな三郎兵衛の表情に八山は思わず笑ってしまった。
「なにが可笑しい?」
「いやいや・・・坊主に戦を教えろとは、愉快な事をもうすご子息じゃなと思いましてな・・・先ほども申したように、拙僧は戦など知りませぬ、ですが、坊主の退屈な説法ならば、いくらでもお相手いたしまするが、どうでしょう?」
「うん、それでよい!ワシは八山の話しがもっと聞きたい!」
それから三郎兵衛は毎日のように八山の泊まるはなれにやって来た。
幾月も時が流れると、三郎兵衛と八山の間に妙な絆が産まれた。
それは、師匠と弟子の関係でもなく、父と子の関係でも無く、まして主従の関係でも無く、一人の武士となるべく家に生まれた少年と、自らの道を切り開こうと模索する僧侶との魂を研磨しあう関係であった。
少年三郎兵衛と、自らの問う道にまだ迷いのあった八山の出会いから三十年余りの年月が経った。
八山は近頃年老いたせいか、少年だった頃の三郎兵衛の事をよく思い出すようになっていた。
「三郎兵衛も立派なモノノフになったと聞くが・・・いかんせん一本気であったからのぉ樋野の地でうまくたち振る舞っておればよいがなぁ」
八山 4
黒田源兵衛は広間で会った時の印象と多少違い、武力だけでは無く、物事を見聞きし、見聞を広げようとする一面もあり、領民の意見にも耳を傾ける良き領主でもあった。
だが、黒田源兵衛には頑固な一面もあり、親安に八山を子供の教育係にしてみてはどうだと提案されたにも関わらず、黒岩に来てからは、離れの小屋を八山に与えると、息子どころか、黒田家の家人誰一人と顔を会わせてはならぬ、と念押しをしたため、軟禁のように黒田屋敷の隅で暮らすこととなった。
そんな生活が続いて、一月半ほどが経った頃であったろうか、八山が小さな濡れ縁に腰をかけ庭を眺めていると、数人の子供が自分の背丈ほどの木の棒をもって忍び足で歩いている光景が目に入った。
子供達は五人、皆年の頃なら五歳から七歳程度の子供であろう、その中でもひときわ背の低い子供が、残りの四人になにやら指示を出しながらゆっくりと前へ進んでいる。
そのみょうな様子に興味を引かれたのか、八山は身を屈めながらその子達の後ろへつき、そおっと子供の輪の中へ入ると、先頭の背の小さい子に小声で声をかけた。
「おい、小僧・・・何をしておるんじゃ?」
先頭の背の小さな子は、突然現れた妙な僧侶に驚くこともなく、言い放つ。
「戦じゃ・・・お前も加わるか?」
「いくさぁ?なんの戦じゃ?」
「あの木を見ろ!」
「ん?あの木と申すと・・・?」
「いちばん大きな木じゃ・・・あそこに人が隠れているのが分かるか!」
八山は目を懲らして庭の大木を見上げた。「んん?何も見えぬのぉ」
「あの木に五人隠れておる、ワシ等はそこを攻める!わかったか!」
「おぉ左様か」
「で、坊主、ワシに加わるのか!加わらぬと申すならはなれへ帰れ!」
「わかった・・・加わろう、だが、拙僧は戦遊びをしたことがないで・・・要領がわからん」
「要領などない!ワシが大将だ!ワシの言うことに従って動けばよい!」
「そうか・・・大将なぁ」
すると背の小さな子は、何かを思いついたような表情をすると、他の四人の子供の一人に耳打ちをすると、五人の子供は大木の近くにあるおおきな岩まで走った。
それにつられ、八山も身を屈めながら必死に後を追う、その間大木から小石が飛んできて、子供達より二回りほど大きな八山の身体に何度も小石が直撃した。
「よし!」
背の低い子が声をかけると、他の子は両翼に分かれ左右から大木を見上げられる位置まで一気に走って行く。
自然、大きな岩の後ろには、背の小さな「大将」と八山だけが残された。
「坊主はデカイので、いい役回りをつけてやろう」
「いい役回りとはなんです?大将」
惚けた声で訪ねる八山に対し、「大将」は大まじめに視線を返し答える。
「そのへんにある石を拾えるだけ拾って、懐に入れておけ」
八山は怪訝な表情を浮かべながらも、言われるがまま周辺の小石を拾い、懐に入れた。
「坊さんなんだから、大きな声は出せるな!」
「大きな声ですか?まぁ」
「なら、ワシが合図をしたら、あのあたりまで走って、大声を出しながらあの大木に小石を投げ続けろ!よいな!」
「はい・・・」
「よし!行け!」
「あっ・・・はい・・・」
八山は小さな大将の指示通り、大木の前まで走って行くと、絶叫しながら大木に向かって懐の小石を投げつけた。
「行けぇ!行けぇ!」
子供達の叫び声が響く、八山の記憶はその声を最後に、途絶えた。
八山は、大木に隠れていた「敵」の反撃を一斉に受けることになり、石や木の実を全身で受けることとなってしまい、そのまま倒れ込んでしまったのだ。
「坊主・・・起きたか・・・」
八山は、はなれの一室で目を覚ますと、あの背の小さな少年が心配そうに八山をのぞき込み、声をかけた。
「あぁ・・・拙僧はいかがいたしたのか?」
「覚えておらぬか?戦の先陣を飾ったことを」
「あぁ・・・戦・・・あれは夢ではなかったのですな・・・あれは酷い戦で御座った」
八山が言うと、少年はムキになった目つきで答えた。
「なにが酷いものか!あの戦はワシ達の大勝利ぞ!」
八山は少年の興奮を諫めるように、上半身を起こしたが、まだ頭や背骨痛む。
「新参の兵を死地に追いやっての勝利ですか・・・いただけませぬなぁ」
「なにを!」
「戦の大勝とは、自らが先陣を切り、死地に赴く気概がなければ、勤まらぬもの、それをつい先ほど引き入れた者に死地を踏ませるとは・・・そのような戦をしていればいずれ自らの心根が腐りましょう」
少年は痛い所をつかれ、奥歯を噛みしめると、小声で言い返してきた。
「坊主に戦の何がわかる・・・」
「拙僧は戦は見たことは御座いませぬが、人の心根が腐って行く様は幾たびも見て参りました・・・あなたにはそうなって欲しくないだけです」
「坊主・・・」
少年の真っ直ぐな目を見て、八山は微笑んで返した。
「拙僧の名は、八山で御座ります・・・」
「ヤザン?坊主にしても変わった名だな、ワシは松丸、いや次の七つの祝いに貰う名は・・・三郎兵衛であったな・・・黒田三郎兵衛じゃ」
「左様ですか、三郎兵衛殿」
「明日からここへ来てよいか?戦の極意をワシに教えてくれ!」
大まじめな三郎兵衛の表情に八山は思わず笑ってしまった。
「なにが可笑しい?」
「いやいや・・・坊主に戦を教えろとは、愉快な事をもうすご子息じゃなと思いましてな・・・先ほども申したように、拙僧は戦など知りませぬ、ですが、坊主の退屈な説法ならば、いくらでもお相手いたしまするが、どうでしょう?」
「うん、それでよい!ワシは八山の話しがもっと聞きたい!」
それから三郎兵衛は毎日のように八山の泊まるはなれにやって来た。
幾月も時が流れると、三郎兵衛と八山の間に妙な絆が産まれた。
それは、師匠と弟子の関係でもなく、父と子の関係でも無く、まして主従の関係でも無く、一人の武士となるべく家に生まれた少年と、自らの道を切り開こうと模索する僧侶との魂を研磨しあう関係であった。
少年三郎兵衛と、自らの問う道にまだ迷いのあった八山の出会いから三十年余りの年月が経った。
八山は近頃年老いたせいか、少年だった頃の三郎兵衛の事をよく思い出すようになっていた。
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