腐れ外道の城

詠野ごりら

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2章

八山 3

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     八山3

 八山は怪訝な顔で見詰める家臣達を一瞥すると、勢いよく裾を払い、その場に座った。 裾を払ったせいで、辺りに土埃が舞い、八山が雲の上に乗った仙人のようにみえた。

 家臣達が眉をひそめ、小声で囁く中、親安がゆっくりとした歩調で、広間に入ってきた。 親安の視線からは、広間の中央に座している泥達磨のような土気色の僧侶の光る瞳が、まるで中空に浮かんでいるようにみえた。

「そちに会ってみたかったのじゃ」
 親安は、まるで親類でも招いたかのように、丸い笑顔を見せ、「ふむぅ」と頷き、ゆっくりと畳の上へ座った。
 八山は思いも寄らない領主の反応に、呆気にとられ、ただ目を見開く事しか出来ずにいた。
「そちは、儂の城下で妙な説法をして回っておるようじゃな・・・」
「これはこれは、領主様のお耳汚しになっておろうとは、感激至極ですな」
 八山は今までの厳しい目つきを解き、やや微笑むような表情に変えると、太く通った声を発した。

「妙な説法と申されましてもいささか困りますなぁ・・・拙僧にはあれしか出来ませぬ故」
  
 人を食ったような言い方に、親安は豪快に笑い、大げさに頷くと、柔らかい口調で語りかけた。
「そうかそうか・・・ではお主は説法をする相手を間違えておるなぁ」
「と、申しますと・・・」
「すでに気づいておろう・・・お主のいう、その「外道」とやらを説くべき相手は、この広間でお主を見やっておる者にすべき論ではないかのぉ」
「それはそうですが」
 
 八山は真意を突かれ息を吞んだ、このような僻地の田舎大名にこれほどの話しが分かる者が居たとは、自分の偏見を恥じた。
「田舎領主がなにをいう。そう言われたとて、旅の僧には、村人や商人に説くより道がないではないか、そう申したいのだろ?ならば儂がそちに場を与えてやろう」

「は?拙僧にここで説法せよと仰せなのですか」
「ふむぅ、いかにも、ここには少し道を踏み間違えれば、お主の言う腐れ外道になりかねぬ者がより集まっておるぞ、よい機会であろう?」
 今からここで説法をしろと言うのか?八山は面を喰らったが、意を決し、親安の目を見据えた。

「しからば、遠慮なく・・・」
 そういうと、八山は居住まいを正し、鼻で呼吸を整え、改めて親安と視線を合わせた。

「外道とは、人の元より通りし道なり、すなわち、神仏は人が正道にあらんが為藻掻き縋る道であり、仏の道は外道を歩む人を正道に導く為の教えであるのです」

「左様か・・・即ち、そちは「性悪説」が人の本分であり、人は産まれながらにして悪であると申したいのか?」

 八山は田舎の小領主から、儒教の流れをくむ「性悪説」という言葉が出てくるとは思いもよらなかった。

「いいえ、確かに人は産まれ出でてより外道を歩むものですが、その道の歩み方にも幾通りもあるのです、ある者は外道の道から逃れようとのたうち回る、ある者は、外道を歩まざるおえないのなら、その中で正しく生きようとする・・・」
 広間はさながら、八山と親安の禅問答の様相になり始めていた。
「ならば、お主の説く外道とは世の常である理不尽とうまく付き合う術だと申すか?」
 結局はそれだけの理論か?そう親安に問われたような気がして、八山は内心、多少の怒りを覚えたが、顔色を変えず続けた。
「否!真の外道の道とは、その行程をよしとする者からすれば、これほど楽な道程は御座いませぬ、そうすると、その楽な道筋から逃れる術が無くなり、人を殺め人の土地を掠め取り、自らの力を大きくさせる事にだけ快楽を覚える。まさにここにおる大名小名、国衆が楽な道筋に容易く陥る恐れのある人々と申せましょうな」

 「何を!」
 一人の家臣の怒鳴り声。
 シュッシュッ!カツッ!
 と衣擦れの音と何かを掴む音。
 広間の隅に座って居た重臣の一人が、素早く半身を起こし、自らの左脇に置かれた刀の柄を掴む音であった。
 重臣は、「ハッ」と気合いの声を上げ、八山を今にも斬ろうという体制になっている。
 それを親安が宥める。
「源兵衛!まあそういきり立つでない」
 親安は穏やかな笑顔で、今にも刀を抜かんとしている重臣を見詰めた。
「しかし・・・この黒田源兵衛、旅の乞食坊主にここまで愚弄されたままでは気が済みませぬ・・・」
 親安は緩やかな微笑みを崩さず、黒田源兵衛を見ると、八山に視線を移した。
「八山とやら・・・この現状は、儂等がお主に図星を突かれたということになるのかのぉ」
 そう言うと親安は、立ち上がり、ゆっくりと八山と黒田源兵衛の間まで歩を進め立ち止まった。
 八山は目の前に立つ、さほど大柄とはいえない領主を見上げ、大まじめにこう答えた。
「左様とも申せましょうし、そうではないとも申せましょうな・・・」
「僧侶らしい言い様だ、皆そう思わぬか?坊主の話しは回りくどぉて、一度では頭に入らぬ物言いをわざと選んでいいおる・・・」
「申し訳ありませぬ、それが坊主の性でしてな」
「また日をあけてここで説法をしては暮れぬか?八山坊主・・・」
「仰せとあらば」
 すると、親安は黒田源兵衛の方を向き、数歩進むといった。
「源兵衛、八山坊主を暫く黒岩で世話してやってくれぬか?」
 源兵衛は親安を見詰めながら、唖然とするしかなかった。
「お主の所には、男児が何人かおったであろう、この坊主の話し相手でもさせれば、面白い男児が育つかもしれぬぞ・・・だが源衛兵、この僧が気に入らんからといって追い出したり、斬り捨ててはならぬぞ!儂はこの坊主の説法をまた聞きたいのだからな」
 それから、八山は黒田源兵衛の領地である急勾配の上にある平地「黒岩」の客人となった。
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