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1章
市蔵 1
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市蔵
本田忠康からの援軍に先んじて、三郎兵衛の治める領地、黒岩から十数人の援軍が、必要な物資をもって井藤砦に現れた。
因みに「井藤砦」とは、突然本田家に反旗を翻した井藤側が付けた名称で、今ここを守っている者達は、この砦を「三郎兵衛砦」と呼んでいる。
その黒岩からの援軍に、一人の少年がいた。名を加藤市蔵という。
この市蔵は、今では甲四郎の良き参謀役を務めている加藤甚六の養子である。
この市蔵と言う少年の人生は、一言で説明するには難しい。
まず市蔵は、戦場で取り残され吠えるように泣いていた謂わば戦災孤児であり。
その子を三郎兵衛が拾い、子宝に恵まれなかった甚六に預け育てさせたのである。
それもただの孤児であれば、話は簡単なのであるが、市蔵を拾った戦が少し他の戦とは様相が異質なのである。
樋野を含む周辺地域には、「土蜘蛛」と呼ばれ忌み嫌われている集団がおり、土蜘蛛は土地の支配者に従わず、定着した土地も持たず、勝手に土地を開墾し、村人とのいざこざをおこし、村人を殺傷したり、村の娘をさらい、土蜘蛛の男衆が輪姦するという事例も多発し、そのような「異民族」の存在は、領主である本田家の悩みの種なのである。
「土蜘蛛」達にも主張はあるのだが、その主張はあまりにも時代錯誤である。
まず、土蜘蛛は自らを「ヤソタケル」と名乗り、神武天皇がまだイワレビヒコと名乗っていた時代、大和周辺はヤソタケル達の領土であったのであり、その土地を奪い取った者や、奪い取った者に従い、中央政権に擦り寄っていった者達の末裔に、「誇り高きヤソタケルが従う謂われはない」と主張しているのだ。
このような人種が、戦国初期に存在していること自体奇跡といえるが、言い換えれば、樋野とその周辺地域がそれだけ辺境の地であるといえよう。
樋野を治める者達は、何度も土蜘蛛の排除や討伐を試みてきたが、うまく行かず、その中でも、三郎兵衛は二度ほど土蜘蛛討伐戦を指揮したが、戦上手の三郎兵衛でさえ、土蜘蛛討伐には手を焼き、二度目の討伐作戦では、忍山という国境沿いの小山に追いやる事は出来たが、それは成功とはほど遠い結果であった。
その二度目の討伐戦で、両親を亡くし、野獣のように泣き狂っていたのが、当時三歳だった市蔵なのである。
「おとう」
市蔵は甚六の方へ駆け寄ると、表情を緩めた。
「きたか、市」
甚六はそれしか言わず、軽く顎を右隣にいる甲四郎の方へ動かした。
市蔵は、その動きを察して甲四郎に対し丁寧に頭を下げる。
それを返すように甲四郎も軽く頭をさげ、口を開いた。
「市蔵は幾つになる」
「十四に御座います」
甲四郎は内心驚いた。自分より二つ年下にしては背も低いし、容姿や身動きも幼く思えたからだ。
そして何よりも、顔の骨格が明らかに甲四郎等のそれと明かに違っていて、額は四角張って突き出るようで、目の位置が窪んでいてエラもやや張っており、顔の重心が上下に伸びているのでは無く、後頭部の方へ吸い込まれているような人相を持っている。
市蔵達「土蜘蛛」の特徴は、本来日本に土着していた「縄文人」の系譜を色濃く受け継いでいるのだろう。
「土蜘蛛というのはこういうものなのか」
市蔵が甚六の養子になった経緯を知っていた甲四郎は、多少好奇な眼差しで市蔵を眺めていた。
甲四郎は子供の頃から、土蜘蛛はまさしく蜘蛛の如く手足を使い地を這うように歩き、獣を主に喰らい、時には人も襲って喰うと聞かされていた。
しかし、目の前に立っている幼さの残る少年は、そのような化け物には見えなかった。
「甲四郎様、ワシも、おとう、いや父上と共に、この隊に加わってもよろしいでしょうか」
「儂は構わぬが」
甲四郎は甚六を見た。
「どうかよろしければ、この者は血筋のせいもあり、身動きも素早く足腰も丈夫です、必ずや甲四郎様のお役にたてるかと」
「市蔵は自らの出生を知っておるのか」
市蔵は甲四郎の問いかけに、拍子抜けするほど明るい笑顔で頷くと。
「儂は土蜘蛛ですが、おとうの子として育ててもらいましたで、相手が井藤だろうと、土蜘蛛だろうと臆する事なく腕を振るってみせまする」
「ほう、それは、頼もしいことを云ってくれるな」
甲四郎は市蔵を見て微笑みながら頷いた。
土蜘蛛に対しては、訳もわからず嫌悪感を抱いていたが、目の前に居る小柄な少年を見ていると不思議とそんな感情を持てない甲四郎がいた。
市蔵達から遅れる事二日、忠康からの援軍が「三郎兵衛砦」へやってきた。
援軍を指揮するのは、畠中信義(はたなかのぶよし)という三郎兵衛より五つ年配の男だった。
三郎兵衛は、信義が援軍を率いて来た事にも違和感を覚えた。
なぜなら、畠山信義の畠山家は本田家の側近中の側近の家柄で、信義も忠康の政治面と軍事面を支える重要な人物であり、三郎兵衛と信義がここにそろってしまったと言う事は、樋野城が裸城になったも同然であるからだ。
しかも、三郎兵衛と畠山信義は以前から反りが合わず、反目する同士を同じ戦地に置いても、ことが前に進まないのは目にみえている。
「奥本田が何やら不穏な動きをしておる」
信義は、三郎兵衛との挨拶もそこそこに、そういった。「奥本田」とは本田家の分家のことで、つまり、本田清親のことである。
「清親は最近よく城を訪れる。忠康様はそれを警戒し、儂をよこした。つまりは、平野城など素早く落とし、戻らねばならぬ」
「しかし、井藤十兵衛は城に籠もるつもりじゃ、籠城戦となれば、さっさと片を付けるのも困難であるぞ」
「そのようなことは重々わかっておるわ、そこはそれ、先陣を少数にして城を取り囲めば良い」
「それでこちらを甘く見た十兵衛が討って出たときに、叩くと申したいのでしょうが、そううまく行きますかな」
初老の武将は穏やかに笑った。
「儂と三郎兵衛との仲は、井藤十兵衛とて知っておろう、儂が遙か後方で陣を張っておれば、十兵衛の小僧も、あの爺はヘソを曲げて高みの見物を決め込んでおると思い、頭をだしてくるわ」
三郎兵衛は鼻息を深く吐いた。
そんな子供だましの策に井藤十兵衛が乗ってくるはずがない。
すべての人数で城を取り囲み、城自体を孤立化させてしまった方が効果的であるし、逃げることも叶わないと悟った十兵衛が、和睦を持ちかけてくるに違いないのだ。
「儂の策にケチを付けたいのはわかるがな、三郎兵衛、お前は大きな過ちを犯しておるのに気づかぬか」
「過ちですと」
「おおよ、お前は砦を守っていた者共を全て味方にしてしもぉた。それで十兵衛の手駒は減ったかもしれぬが、兵糧を喰らう者も減らし、こちらの食い扶持を増やしたのだぞ」
三郎兵衛は思わず息を吞んで奥歯を噛んだ、確かに、籠城する側からすれば、人数が少なければ兵糧の減りも遅く、籠城の長期化を容易にさせてしまうのだ。
勿論、三郎兵衛が砦を獲った時は、平野城を落とすのに、長期戦を考えてもなんら問題はない状況であった。
忠康の後詰といっても、人数も限られているだろうし、兵員は現地調達すれば良いと、砦を守っていた者を仲間に引き入れたのだ。
しかし、現在の状況を見る限り、信義の指摘は、三郎兵衛には腹立たしいほど意を得ていた。
人が人に対して嫌悪感を抱くことに、明確な理由が必ずしも存在するか、と言われれば、存在しない場合も往々にしてある。
三郎兵衛と畠中信好が、お互いを嫌いあっているのにもさしたる理由が存在するわけではない。
三郎兵衛は慣用で大らかで、上下の身分の隔ても無く付き合うことを心がけている人物である。が、こと畠中信義に対しては、飲み込もうにも、心根の食道がそれを受け付けられないのだ、三郎兵衛の体内が信義を、信義の体内が三郎衛兵を受け入れるのを、何故か拒否しているのであった。
だが、信義からすると、僅かばかり三郎兵衛を嫌う理由がある。
三郎兵衛は、いつの間にか先代の忠信に好かれ、現領主の忠康からは兄のように慕われている。
代々側近を努めている畠中家からすると、三郎兵衛は疎ましい存在であった。
お互いに感情的になり、それを抑えるようなやり取りが続き、結果両者の折衷案をとるかたちとなり、三郎兵衛の隊からごく少人数を選び、斥候とし、その後方を三郎兵衛と信義がかためることに落ち着いた。
戦支度を整えている甲四郎の元に十吉が現れ、甲四郎に話す間も与えずはなし始めた。「甲四郎、此度の平野城への先陣はお前が勤めろとの事なので、儂がついて行く」
「何故じゃ」
「何故も何もあるか、お前に先陣が勤まるはずがない、だから儂がこの隊を引き継ぐ」
甲四郎の顔色が見る見るみる強ばり、父親を睨み付けると、息子は吐き捨てた。
「それは三郎兵衛様がおっしゃったことか」
十吉が口ごもる。
「やはりな、父上が勝手に決めたことなのだろう、三郎兵衛様は儂に先陣を任すとおっしゃったのであろう」
息子はもう父親と視線をあわそうともしない。
「しかしのぉ」
「心配か、儂は井藤砦の時もやりとげたぞ」「なんだ、その口の利き方は!」
「親だとて、自分の任された一団を軽々しく人に引き渡すことなど出来ぬのです、父上がようわかっておるはずではないのですか」
父親は目も合わせてくれない息子をただ睨み付け、そこから動こうとしない。
「父上、わたしはいつになれば一人で物事を進めてよいのですか」
言いながらも、甲四郎は父親に視線を合わさない。
「そこにおる市蔵をごらんなさい、あの者はわたしより二つ年下ですが、父親の甚六からすべてのことを任されております、わたしはいつになれば、父上からすべてを任せて貰えるのですか」
父親の歯の軋む音が、甲四郎には確かに聞こえた。十吉が子供を怒鳴りつける前兆の音である。
しかし、甲四郎は父親に怒鳴り声を上げさせる前に先手を打って切り出した。
「父上、ここはわたしの隊です、お引き取り下され」
「お前はそのような口が良くきけるな!」
「お引き取りあれ!」
「もうよい!好きにせい」
「はじめからそのつもりでありまする」
十吉は、わけのわからない奇声を上げるとその場を立ち去っていった。
十吉とて普段からこのような態度を示す人間では無のだ、平素は穏やかであり、物静かな男なのだが、甲四郎に対しては異常ともいえる心配性が出てしまうのである。
その父の気持ちを、甲四郎は自分を信頼していないのだと受け取り、それが親子の確執に繋がっている。
十吉には息子が五人いて、甲四郎は四番目にあたる。
だが、他の兄弟に対してより何故か甲四郎には手をさしのべたくなるのだ。
それにさしたる理由が存在するわけではなかった。
人間の行動に理由を付ける事は非常に難しい。
翌日、夜が明けきらないうちに、甲四郎達三十人の小部隊は、三郎兵衛砦から出発した。 その後を、三郎兵衛の本隊二百が追った。
市蔵
本田忠康からの援軍に先んじて、三郎兵衛の治める領地、黒岩から十数人の援軍が、必要な物資をもって井藤砦に現れた。
因みに「井藤砦」とは、突然本田家に反旗を翻した井藤側が付けた名称で、今ここを守っている者達は、この砦を「三郎兵衛砦」と呼んでいる。
その黒岩からの援軍に、一人の少年がいた。名を加藤市蔵という。
この市蔵は、今では甲四郎の良き参謀役を務めている加藤甚六の養子である。
この市蔵と言う少年の人生は、一言で説明するには難しい。
まず市蔵は、戦場で取り残され吠えるように泣いていた謂わば戦災孤児であり。
その子を三郎兵衛が拾い、子宝に恵まれなかった甚六に預け育てさせたのである。
それもただの孤児であれば、話は簡単なのであるが、市蔵を拾った戦が少し他の戦とは様相が異質なのである。
樋野を含む周辺地域には、「土蜘蛛」と呼ばれ忌み嫌われている集団がおり、土蜘蛛は土地の支配者に従わず、定着した土地も持たず、勝手に土地を開墾し、村人とのいざこざをおこし、村人を殺傷したり、村の娘をさらい、土蜘蛛の男衆が輪姦するという事例も多発し、そのような「異民族」の存在は、領主である本田家の悩みの種なのである。
「土蜘蛛」達にも主張はあるのだが、その主張はあまりにも時代錯誤である。
まず、土蜘蛛は自らを「ヤソタケル」と名乗り、神武天皇がまだイワレビヒコと名乗っていた時代、大和周辺はヤソタケル達の領土であったのであり、その土地を奪い取った者や、奪い取った者に従い、中央政権に擦り寄っていった者達の末裔に、「誇り高きヤソタケルが従う謂われはない」と主張しているのだ。
このような人種が、戦国初期に存在していること自体奇跡といえるが、言い換えれば、樋野とその周辺地域がそれだけ辺境の地であるといえよう。
樋野を治める者達は、何度も土蜘蛛の排除や討伐を試みてきたが、うまく行かず、その中でも、三郎兵衛は二度ほど土蜘蛛討伐戦を指揮したが、戦上手の三郎兵衛でさえ、土蜘蛛討伐には手を焼き、二度目の討伐作戦では、忍山という国境沿いの小山に追いやる事は出来たが、それは成功とはほど遠い結果であった。
その二度目の討伐戦で、両親を亡くし、野獣のように泣き狂っていたのが、当時三歳だった市蔵なのである。
「おとう」
市蔵は甚六の方へ駆け寄ると、表情を緩めた。
「きたか、市」
甚六はそれしか言わず、軽く顎を右隣にいる甲四郎の方へ動かした。
市蔵は、その動きを察して甲四郎に対し丁寧に頭を下げる。
それを返すように甲四郎も軽く頭をさげ、口を開いた。
「市蔵は幾つになる」
「十四に御座います」
甲四郎は内心驚いた。自分より二つ年下にしては背も低いし、容姿や身動きも幼く思えたからだ。
そして何よりも、顔の骨格が明らかに甲四郎等のそれと明かに違っていて、額は四角張って突き出るようで、目の位置が窪んでいてエラもやや張っており、顔の重心が上下に伸びているのでは無く、後頭部の方へ吸い込まれているような人相を持っている。
市蔵達「土蜘蛛」の特徴は、本来日本に土着していた「縄文人」の系譜を色濃く受け継いでいるのだろう。
「土蜘蛛というのはこういうものなのか」
市蔵が甚六の養子になった経緯を知っていた甲四郎は、多少好奇な眼差しで市蔵を眺めていた。
甲四郎は子供の頃から、土蜘蛛はまさしく蜘蛛の如く手足を使い地を這うように歩き、獣を主に喰らい、時には人も襲って喰うと聞かされていた。
しかし、目の前に立っている幼さの残る少年は、そのような化け物には見えなかった。
「甲四郎様、ワシも、おとう、いや父上と共に、この隊に加わってもよろしいでしょうか」
「儂は構わぬが」
甲四郎は甚六を見た。
「どうかよろしければ、この者は血筋のせいもあり、身動きも素早く足腰も丈夫です、必ずや甲四郎様のお役にたてるかと」
「市蔵は自らの出生を知っておるのか」
市蔵は甲四郎の問いかけに、拍子抜けするほど明るい笑顔で頷くと。
「儂は土蜘蛛ですが、おとうの子として育ててもらいましたで、相手が井藤だろうと、土蜘蛛だろうと臆する事なく腕を振るってみせまする」
「ほう、それは、頼もしいことを云ってくれるな」
甲四郎は市蔵を見て微笑みながら頷いた。
土蜘蛛に対しては、訳もわからず嫌悪感を抱いていたが、目の前に居る小柄な少年を見ていると不思議とそんな感情を持てない甲四郎がいた。
市蔵達から遅れる事二日、忠康からの援軍が「三郎兵衛砦」へやってきた。
援軍を指揮するのは、畠中信義(はたなかのぶよし)という三郎兵衛より五つ年配の男だった。
三郎兵衛は、信義が援軍を率いて来た事にも違和感を覚えた。
なぜなら、畠山信義の畠山家は本田家の側近中の側近の家柄で、信義も忠康の政治面と軍事面を支える重要な人物であり、三郎兵衛と信義がここにそろってしまったと言う事は、樋野城が裸城になったも同然であるからだ。
しかも、三郎兵衛と畠山信義は以前から反りが合わず、反目する同士を同じ戦地に置いても、ことが前に進まないのは目にみえている。
「奥本田が何やら不穏な動きをしておる」
信義は、三郎兵衛との挨拶もそこそこに、そういった。「奥本田」とは本田家の分家のことで、つまり、本田清親のことである。
「清親は最近よく城を訪れる。忠康様はそれを警戒し、儂をよこした。つまりは、平野城など素早く落とし、戻らねばならぬ」
「しかし、井藤十兵衛は城に籠もるつもりじゃ、籠城戦となれば、さっさと片を付けるのも困難であるぞ」
「そのようなことは重々わかっておるわ、そこはそれ、先陣を少数にして城を取り囲めば良い」
「それでこちらを甘く見た十兵衛が討って出たときに、叩くと申したいのでしょうが、そううまく行きますかな」
初老の武将は穏やかに笑った。
「儂と三郎兵衛との仲は、井藤十兵衛とて知っておろう、儂が遙か後方で陣を張っておれば、十兵衛の小僧も、あの爺はヘソを曲げて高みの見物を決め込んでおると思い、頭をだしてくるわ」
三郎兵衛は鼻息を深く吐いた。
そんな子供だましの策に井藤十兵衛が乗ってくるはずがない。
すべての人数で城を取り囲み、城自体を孤立化させてしまった方が効果的であるし、逃げることも叶わないと悟った十兵衛が、和睦を持ちかけてくるに違いないのだ。
「儂の策にケチを付けたいのはわかるがな、三郎兵衛、お前は大きな過ちを犯しておるのに気づかぬか」
「過ちですと」
「おおよ、お前は砦を守っていた者共を全て味方にしてしもぉた。それで十兵衛の手駒は減ったかもしれぬが、兵糧を喰らう者も減らし、こちらの食い扶持を増やしたのだぞ」
三郎兵衛は思わず息を吞んで奥歯を噛んだ、確かに、籠城する側からすれば、人数が少なければ兵糧の減りも遅く、籠城の長期化を容易にさせてしまうのだ。
勿論、三郎兵衛が砦を獲った時は、平野城を落とすのに、長期戦を考えてもなんら問題はない状況であった。
忠康の後詰といっても、人数も限られているだろうし、兵員は現地調達すれば良いと、砦を守っていた者を仲間に引き入れたのだ。
しかし、現在の状況を見る限り、信義の指摘は、三郎兵衛には腹立たしいほど意を得ていた。
人が人に対して嫌悪感を抱くことに、明確な理由が必ずしも存在するか、と言われれば、存在しない場合も往々にしてある。
三郎兵衛と畠中信好が、お互いを嫌いあっているのにもさしたる理由が存在するわけではない。
三郎兵衛は慣用で大らかで、上下の身分の隔ても無く付き合うことを心がけている人物である。が、こと畠中信義に対しては、飲み込もうにも、心根の食道がそれを受け付けられないのだ、三郎兵衛の体内が信義を、信義の体内が三郎衛兵を受け入れるのを、何故か拒否しているのであった。
だが、信義からすると、僅かばかり三郎兵衛を嫌う理由がある。
三郎兵衛は、いつの間にか先代の忠信に好かれ、現領主の忠康からは兄のように慕われている。
代々側近を努めている畠中家からすると、三郎兵衛は疎ましい存在であった。
お互いに感情的になり、それを抑えるようなやり取りが続き、結果両者の折衷案をとるかたちとなり、三郎兵衛の隊からごく少人数を選び、斥候とし、その後方を三郎兵衛と信義がかためることに落ち着いた。
戦支度を整えている甲四郎の元に十吉が現れ、甲四郎に話す間も与えずはなし始めた。「甲四郎、此度の平野城への先陣はお前が勤めろとの事なので、儂がついて行く」
「何故じゃ」
「何故も何もあるか、お前に先陣が勤まるはずがない、だから儂がこの隊を引き継ぐ」
甲四郎の顔色が見る見るみる強ばり、父親を睨み付けると、息子は吐き捨てた。
「それは三郎兵衛様がおっしゃったことか」
十吉が口ごもる。
「やはりな、父上が勝手に決めたことなのだろう、三郎兵衛様は儂に先陣を任すとおっしゃったのであろう」
息子はもう父親と視線をあわそうともしない。
「しかしのぉ」
「心配か、儂は井藤砦の時もやりとげたぞ」「なんだ、その口の利き方は!」
「親だとて、自分の任された一団を軽々しく人に引き渡すことなど出来ぬのです、父上がようわかっておるはずではないのですか」
父親は目も合わせてくれない息子をただ睨み付け、そこから動こうとしない。
「父上、わたしはいつになれば一人で物事を進めてよいのですか」
言いながらも、甲四郎は父親に視線を合わさない。
「そこにおる市蔵をごらんなさい、あの者はわたしより二つ年下ですが、父親の甚六からすべてのことを任されております、わたしはいつになれば、父上からすべてを任せて貰えるのですか」
父親の歯の軋む音が、甲四郎には確かに聞こえた。十吉が子供を怒鳴りつける前兆の音である。
しかし、甲四郎は父親に怒鳴り声を上げさせる前に先手を打って切り出した。
「父上、ここはわたしの隊です、お引き取り下され」
「お前はそのような口が良くきけるな!」
「お引き取りあれ!」
「もうよい!好きにせい」
「はじめからそのつもりでありまする」
十吉は、わけのわからない奇声を上げるとその場を立ち去っていった。
十吉とて普段からこのような態度を示す人間では無のだ、平素は穏やかであり、物静かな男なのだが、甲四郎に対しては異常ともいえる心配性が出てしまうのである。
その父の気持ちを、甲四郎は自分を信頼していないのだと受け取り、それが親子の確執に繋がっている。
十吉には息子が五人いて、甲四郎は四番目にあたる。
だが、他の兄弟に対してより何故か甲四郎には手をさしのべたくなるのだ。
それにさしたる理由が存在するわけではなかった。
人間の行動に理由を付ける事は非常に難しい。
翌日、夜が明けきらないうちに、甲四郎達三十人の小部隊は、三郎兵衛砦から出発した。 その後を、三郎兵衛の本隊二百が追った。
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